第20話 キュウに引っ張られて素材屋へ

 そろそろ日がかげってきた。

 夕方かと思うと、どっと疲れが出てきた。なんか今すぐ横になりたい感じ。


 もういい加減、部屋に戻ってゴロゴロしたいんだけど。今日はちょっと盛りだくさんだったし。


 問題は、このお婆さんなんだよなー。

 だけど――。


「なんじゃ? ワシになんか言いたいのか?」


 これ。この鋭さよ。


 適当に言い含めて逃げるようなスキルは持っていないし、走ったところで、お婆さんの方が俺より体力ありそうな気がする。


 うーん。こうなったらお金で解決か? お金で済むなら楽だ。


 そうか。「金持ち喧嘩せず」っていうのは、こういうことだったのか。

 まあ、ちょっと違うか。


 よし。せめて好きなものを好きなだけ食べられるように、大金をあげよう。


「あの、お婆さん。今日は色々とお世話になりました。さすがに一生分とはいかないまでも――おぉうわー」


 ちょっとキュウ! 何してんの!


「キュッ。キュッ。キュウウウ!」

「お、おわっ」


 あ、あのね。引っ張らないでね。服がね、ビヨーンてなってると、変だから。ね? ね?


「う、嘘でしょ。キュウ、ちょっと。うわあ」


 俺はキュウに必死に抵抗したけど、結局つんのめりながら歩かされた。いや、マジでキュウ、力強すぎ。


「あのね。キュウ、キュウちゃん! おぅおー」


 ああ。ほら、アホみたいに前に後ろに揺れながら歩いているから、周りの人に白い目で見られてるでしょ。


 キュウの運動量と俺の体力とで勝負した結果――俺が負けた。

 



 キュウが俺を連れてきたかったのは、大通りの向かいにある店だった。「素材屋」と看板が掲げられている。

 なんだ。やっぱ素材屋ってあるんだ。道具屋とは別なのね。



 店の前に立っただけで、キュウはポケットの中で興奮して暴れ回っている。

 いったい何事!?


「とりあえず店に入ってくれってことだな。でも素材屋って……?」


 ニヤニヤしながらついてきた老婆が独り言のように言った。


「お主、とんでもないやつと契約したかもしれんな」

「え? それってどういう意味ですか?」


 老婆は俺の質問には答えずにプイと横を向いた。

 なんだよー。


「いらっしゃいませ。ささ、どうぞご自由にご覧になってください」


 これまでにない新しいパターンだ。

 店主が店から出てきて、「ささ、どうぞ」と、俺を店の中へ入れようとしている。


「キュ」


 キュウが声を出したので、俺は慌ててポケットの口を押さえたが、それでも、くぐもったような「クー」という鳴き声が漏れてしまう。



 キュウの鳴き声を聞きつけた店主の目が光った。


「なるほど。そういうことでございましたか。どうぞどうぞ。遠慮は入りませんから。さ、さ」


 確かに、こんな人通りの多い往来でキュウの鳴き声を聞かれるのはマズい。

 店主は事情を汲んでくれたみたいだし、ちょっと甘えさせてもらおう。


「すみません。それじゃあ、ちょっとだけ」

「はいはい。どうぞ」





 店内は、一言で言うなら「キラッキラ」だった。

 なんか、至る所で光っている。


 店に入ってすぐのテーブルには、きちんと仕切られた木枠があって、そこにいろんな種類の素材が山盛りになっていた。

 サラサラとパウダー状のようなものもあれば、砂粒大から石ころサイズまで。

 色とりどりに取り揃えられいる。


 もしかしたら、女子なら知っている素材があるのかもしれないけど、俺にはさっぱり分かんない。



 壁も一面棚になっていて、蓋付きのガラスの瓶が並んでいる。実家の母親が漬けていた梅干しの瓶くらいある大きさだ。



「お? おお?」


 キュウの動きがいよいよ激しくなってきて、もう押さえていれそうにない。


「キュウウウウーー!」

「うわあっ!」


 


 キュウがばうんと飛び出してしまった。

 勝手に元の大きさに戻ってるし。もう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る