第10話 国の外へ出てみよう

 森から街へ戻って、人に聞きながら国境門とやらにたどり着いた。空港の入国審査の列みたいに、人が一列に並んでいる。


 ――なんというか。思っていたのと違った。


 もっとこう、なんか高い城壁に囲まれていて、出入りは“門”からしかできない、っていうような感じなのかと思っていた。

 でも目の前にあるのは、本当に大きな門だけ。三メートルくらいの高さのアーチ型の門が、右半分だけ開かれている。

 まあ右半分って言っても、馬車が通れるくらいの幅があるんだけど。



 門の周囲は、城壁の代わりに(?)がっしりとした太い幹を伸ばしている大木が植わっている。一軒家の敷地を囲っている生垣みたいな感じかな。


 いやあ。でも大木っていったって――。その気になれば簡単に侵入できるんじゃないの?

 ものすごく気になって、最後尾に並んでいる男性に聞いてみた。


「あのう。初めて国境に来たんですけど、この国って城壁とかないんですね」

「あははは。そりゃそうさ。なんたってこの国には賢者様がいらっしゃるんだからな」

「賢者――様?」

「ああ。元々は先代の大賢者様が国全体を結界で包んでくださったんだが、代替わりした今も、賢者様がその結界を維持してくださっているのさ」


 ほうー? がねー。思い出したもくない顔が浮かんできそうになって、慌てて打ち消した。

 なんか自慢げに言っているけど、この国の人たちにとっては、賢者様が自慢なのかな。


「あんた、この国の人間じゃないのかい?」

「ああ、ええと――」


 おっと。俺は今じゃ、この国の平民じゃないか。


「そのー。世間知らずというか、あんまり出歩かないもんで」

「ああ、なるほどね」


 何がなるほどなのか分からないけど、男性は、ふんふんとうなずいて納得している。そういう暮らしをしている人もいるってことなのか?



「兄ちゃん。並んでんのかい?」


 背後から野太い声をかけられた。


「あ、いや。ちょっと話をしていただけです。どうぞどうぞ」

「ふんっ。紛らわしい!」

「す、すみません」


 声の主は、もろ戦士って感じの――ああ異世界だと冒険者か――とにかくいかつい男性だった。身長も百八十は優に超えていそうで、ガタイもいいから圧迫感がある。

 それでも顔の感じからすると、歳は二十代前半くらいかな? 目つきが怖いけど。


 おっと。ここでぶらぶらしていると本当に邪魔になる。どうしよう。

 まだあの門を出るとは決めていない。いや、いったんは決心して来たんだけど。なんか、ちょっと……。



「うう」


 低い唸り声が聞こえて振り返ると、ちっちゃい老婆がいた。俺の腹くらいまでしか背がない。その背も丸まっていて、木の枝を杖代わりに持っている。


 ええ? こんなお婆さんでも出ていけるものなの?

 老婆は枝で前を指した。間を空けずに並べと言いたいのか?


「あの。お一人ですか?」

「ほえ?」


 ん? なんだって? 歯がないのかな?


「大丈夫ですか?」


 老婆は聞こえないのか、半開きの目で眠たそうに俺を見ている。

 はあ。ま、いっか。こんな老婆が出歩くくらいなら、門の周辺をちょちょっと歩くくらい、問題ないよね。


「すみませんね。ちゃんと並びますから」


 結局、いかつい男性の後ろに並ぶはめになってしまった。目の前の背中に担がれている太い剣が恐ろしい。相当重そうだ。




 自分の順番が近づいてくると、門番とのやりとりが見えた。どうやら身分証を改めているらしい。手配リストでも持ってて照合してんのかな。


 俺の番になり身分証を渡すと、門番はそれを開きながら言った。


「目的地は?」

「あ。いえ。なにか珍しい素材でもないか、その辺をちょっとだけ歩いてみようかと。なので、すぐに戻ります」

「は?」


 俺、そんなおかしなことを言った? もしかして素材集めとかって、やらない世界なのか。あ、そうだ。商業ギルドの登録証を見せよう。商人なら不思議じゃないかも。


「あの、俺……。うわあ」


 突然、老婆に枝で背中を小突かれた。と思ったら、俺の体はぶわんと弾かれたように前に押し出されていた。


「おい、こら! 勝手に行くんじゃない」


 門番はそう言うけど、いや、見てたでしょ? 見てたよね? 今。俺が小突かれたの。


 老婆は何事もなく自分の順番が来たような顔で、身分証を出している。

 門番は、老人に優しい人だったみたいで、「やれやれ」と言いながらも老婆の対応を始めた。

 俺の身分証を、「ほらよ!」と投げ返して。

 ま、いいんだけど。それじゃあ出てもいいんだね? 行って来まーす。

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