次はどうする?

 華々しいデビューを飾った瘴気域攻略からすでに一週間が経っていた。しかし、俺たち『明望の狼牙』は、次なる冒険の地を決めあぐねていた。


 ここのところ、休息を兼ねて装備を整えたり、この世界の勉強をしたりで冒険には出ていなかった。そろそろ動き出そうかと話し合いを始めたはいいものの、瘴気域攻略後の一発目となるとどこに行くのが適格なのか分からなかったのだ。


「うーん……次はどこ行くかなぁ~いくら影響がないとはいえ、もっかい瘴気域にいくのは勘弁願いたいし……行くならやっぱり遺構か?」


「今って復活してる遺構ってあるんだっけ」


「今は行けるところないってクレアが言ってた」


 ルダニア国の地図を眺めながら三人でうんうん唸って頭を悩ませる。


 現在、ルダニア国周辺には二つの瘴気域と四つの遺構が分布している。


 隣国との境界に横たわる危険な大森林、ドルボォズの森。そしてその森に隣接するウラクの湖。どちらも瘴気域だが、聞く限り攻略の難易度が高い。


 以前攻略したソーカス遺構をはじめとする遺構群は、そのどれもがダンジョン内部の再構築、つまり復活を待っている状態らしい。


「あーダメだ! せっかく装備を整えたってのに!」


 手に握っていた筆記用具を放り投げる。さっきから手慰みにペン回しばかりして、一文字も書いていないので、最初から必要はなかったのだが。


「おいこら、作戦立てるのはあんたでしょ? 私たちより先に投げ出してどうするの」


 望海ノゾミはまだ手放していない筆記用具でアキラの額を叩く。ちょっとしたお仕置きというか、ツッコミ程度の軽い一撃だ。


「あだっ」


 それをマネして、ユーシェが同じように彼の額を叩く。


「がっ……!」


 途切れたような悲鳴を上げて、ベッドの上に吹っ飛んでしまった。どうやら力加減を間違えてしまったらしい。まあ、血とかは出てないみたいだし詩片サームの力ですぐに直せる。傷を任意で治せるという点は、この世界のいいところだ。


【コード:ヒール】


 白目をむいていた明が意識を取り戻す。額を撫でてみるが、たんこぶなども見当たらない。

 ユーシェは魔物の血を引いているのせいか、大人すら軽く凌駕する怪力を持ち合わせている。たまに力加減が利かずに今みたいなことになるのだ。


「頭部も鍛えなくちゃいけないのか……?」


 ここで矛先がユーシェに向かわないのは立派なのかなんなのか。しかし、甘やかすばかりではユーシェの教育に悪い。こうなってしまったら、私から注意するしかない。


「ユーシェ、今のはツッコミっていうものでね……なんというか、明をケガさせようと思って叩いたわけじゃないの。とりあえず、力の加減も少しずつ覚えていきましょうか」


「……ごめんなさい」


 どうにもばつが悪いようで、うつむいてしまった彼女の頭を優しく撫でてやる。


「いいのいいの。明はこんな事じゃへこたれないし、ユーシェを嫌ったりしないわ」


「そうそう。ユーシェのその力はみんなを助けられる力だからな。使い方はこれから覚えて行けばいいんだ」


 体を起こした明もかわりばんこみたいにユーシェの頭に手を乗せる。それでようやく、ユーシェは顔を上げてくれた。


「かえって頭がすっきりしたぜ。冒険者つっても毎回冒険してるわけじゃないんだ。明日は組合の方に行って、依頼を見繕ってもらおう」


 冒険者としての活動から離れすぎていたと明は自省する。何も、瘴気域や遺構の攻略だけが冒険ではない。薬草集めや商隊の護衛、果ては使い走りまで冒険者組合には様々な依頼が持ち寄られている。


 この国は冒険者の国王が興したという成り立ちもあり、町を回すためのシステムの一部に冒険者が食い込んでいる。そのため、依頼内容は戦闘を伴うようなものだけではなく、その種類は千差万別、多種多様なのだ。


「確かに。受付のシンシェさんならちょうどいい仕事を回してくれるかも」


 明日の方針が決まったので、作戦会議は解散してさっさと寝る準備に入る。国王から贈られた屋敷は寝具一つとっても一級品のため、三人とも布団に入った瞬間に眠りについていた。



***



 翌朝。肌寒い冬の空気のせいで、布団を深く被ろうとする己との戦いが長引いてしまった。起きたころには望海とユーシェが朝食を食卓を並べ終えてしまったところだった。


「おはよ。皿洗いはそっちでよろしくね」


「アキラ、起きるの遅いの、少し珍しいね」


「おはよう。望海、ユーシェ。ちょっと布団と格闘してて……」


 ユーシェは頭に『?』を浮かべている。さすがに比喩は伝わりづらいか。きっと彼女の頭の中では俺と布団が殴り合いのけんかを繰り広げているに違いない。


 新しい屋敷に移ってからは、おもに望海が調理を担当していた。この世界の調理器具の多くは詩片を使用する。そのため、俺やユーシェは火を使ったりする作業ができないのだ。もちろん、詩片を使わず調理できる魔道具もこの世には存在しているらしいが、大変貴重なものらしく、この豪華な屋敷にさえ取り揃えられてはいなかった。


 市場で昨日買ってきたパンと望海お手製のスープとサラダ、獣肉のソテーが並ぶ食卓は、それだけで食欲を掻き立てた。この世界で米に類するものにはお目にかかれていないのが残念だが、国々を回ればそのどこかにはあるかもしれない。


「それじゃあ、いただきます」


 食事の時は三人で手を合わせるのがすっかり習慣になっていた。他の人と食事をとるときに、こちらの世界の作法を忘れそうになって少し焦る。


「そういえばこのパン、店の人におまけしてもらったの。私たちの偉業を記念したパンを試作したから、食べてみてだってさ」


「それは商魂たくましいというかなんというか……まあ、あそこのお店は贔屓にしてるしなぁ」


「ショーコンって?」


「商売を成功させようとする気持ちみたいなもの……かな? どう、明」


「大体そんな感じじゃないか? そういえば、数学はだいぶ厳しかったけど国語はそれなりだったよな」


「今は関係ないでしょーが」


 口をとがらせる望海が取り出したのは、木の形を模したパン。俺たちが倒した怪樹をモチーフにしたのだろう。見た目だけならばそれほど変わったところはないように感じるが……?


「どれどれ……?」


 一つ手に取って口に含むと、予想外の刺激が口の中に広がった。よく見るとパンの生地に香辛料が練りこまれている。この意外性はあの魔物の切り札だった種子から着想を得たのだろうか。


「うん……美味しい。けど、ちょっと辛みが強すぎるかな……っと水水」


 隣に座るユーシェを見ると、舌を突き出して手で仰ぐようなしぐさをしている。コップに注いだ水を彼女に渡してやると、勢いよく一気に飲み干した。


「商品化はもう少し先になりそうね」


 他愛のない会話をしながら、今日の予定を緩く決める。といっても、ここ最近はそれぞれ別行動することがめったにない。理由は簡単。誰かが一人になれば、町の人たちに囲まれてしまった時に、身動きできなくなってしまうからだ。


 朝食を終えた俺たちは身支度を整えて、屋敷を出る。天気はあいにくの曇り空で、普段よりも寒さが体の芯まで届くような感じがした。


 教会や組合のある広場もこころなしか人が少ない。どうにも落ち着かない気分ながら冒険者組合の建物の中に入り、暖房の恩恵を最大限に受ける。


「シンシェさん。おはようございます」


 ロビーに人が少なくとも、受付のシンシェさんはいつもの場所で俺たち冒険者の来訪を待っていた。


「おはよう、アキラ。英雄御一行は今日はどういう用事で来たの?」


 にやにや顔で迎えられ、望海は居心地悪そうに俺の後ろに隠れてしまった。

 シンシェさんは、一言で表すなら姐御。元冒険者で腕っぷしが強いらしいことも理由の一つだが、それ以上に、遠慮のない明け透けな感じからそんな風に心の中で呼んでいた。ちなみに、そんな感じで積極的にいじりに来るので望海は彼女が苦手らしい。


「まだまだ俺たちは新人ですよ。名前だって決まったのはついこの間ですし。というか、今日来た用事なんですけど」


 話題が脇に逸れないうちに俺たちの本題を切り出す。


「遺構の復活しそうな時期って分かります?」


 俺の切り出した話題を聞いて、シンシェさんは表情を仕事モードに切り替える。


「おっと、冒険を再開したいのかしら。でもそうねえ……三人が行けそうなところでいうと、最速で一週間後くらいになるかしら」


「意外と近いんですね?」


「あくまで目安よ。遺構の復活周期っていうのは私たちが生まれるずっとずっと前から記録されてきているからね。大体予測はできるけどブレがあったり、全然違う時期にずれ込んだりってことも多いから、精度は八割くらいって考えといて」


 ここから追加で一週間休みでもいいけど……さすがに休みすぎて感覚が鈍りそうだ。


「それじゃあ、丁度いい依頼とか来てませんか? 出来れば戦闘を含む護衛とかがありがたいんですけど」


 それを聞いたシンシェさんは難しい顔で唸る。


「この時期は冬ごもりっていう風習があってね。大規模な移動自体が少ないの。必然、護衛依頼もほとんどないわ」


 当てが外れてしまった。望海と顔を見合わせてみるが、彼女も困った顔をしている。俺の方も似たような顔なのだろう。どうやら、人が少なく感じたのも気のせいではなかったらしい。


「困ったなぁ……」


「というかあんたら、国からたんまりお金貰ってんでしょ? 働かなくても一生暮らしていけるんじゃない?」


「そうですけど、そうじゃないんですよ……」


 この世界から元の世界に戻る方法を探しているなんて、口が裂けても言えない。


「なんというか……贅沢三昧できるくらいには色々貰いましたけど、自分たちだけで手に入れた実感がないというか」


「真面目ねえ。私なんか他人の金で酒が飲めるって聞いたら遠慮なく行っちゃうけど」


 それが普通の反応かもしれない。俺だって、元の世界で宝くじなんて当たっていたら就活とか受験とかがバカバカしく感じていたかもしれない。


「おう、ノゾミにアキラじゃねえか」


 俺たちが受付窓口で話していたら、ロビーの入り口の方から声がかかった。誰だろうと振り返ると、その人物は杖をつきながらこちらに歩いてきていた。


「ラムドさん!」


 枯れ枝のような体躯は相変わらずだが、かわらず元気そうだ。


 ラムドは以前、冒険者組合直営の酒場である『トーマスの止まり木』で出会った話好きの老人だ。詳しくは聞いていないが、どうやら冒険者組合と関わりのある人物らしい。今だって、組合員の様子が少しだけ落ち着きのないものに変わっている。


「しばらく見ない間にずいぶんとデカいことやったみたいじゃねえか。やっぱり俺の目には狂いはなかったみてえだな」


「ありがとう。お褒めにあずかり光栄だわ。サーシャ、この人はラムドさん。会うのは初めてよね?」


「う、ん? 多分」


 歯切れの悪い返事だが、恐らくどこかの宴会で顔を見たことがあるのかもしれない。俺たちが帰ってきた後の宴会は、冗談抜きで町中の人がいたんじゃないかってくらい人が行き来してたし。


「よろしくな。ところでお前さん方、こんな冬ごもりの時期に組合で何話してたんだ?」


 実はかくかくしかじかで……と事情を話すとラムドさんから大笑いされてしまった。


「そりゃあ仕事なんてねえよ! 瘴気域もお前らのおかげで一つ消えたしな」


「この世界のことには無知なもので……」


「記憶喪失ならしょうがねえさ。というかそれなら丁度いい。お前ら、俺の依頼を受ける気はねえか?」


「ラムドさんの依頼?」


「おう。実はこの王都から少し離れた場所に用があってな。この時期になると毎年足を運ぶんだが、受けてくれる冒険者探しに毎度難儀しているんだ」


 聞く限り、数日はかかる護衛任務らしい。ここまでおあつらえ向きな依頼があるのなら、食いつかない手はない。


「そういうことなら是非」


「ということだ、シンシェちゃん。ちゃちゃっと依頼文を作ってくれやしねえか」


 なぜかポカンとした表情のシンシェさんだったが、表情をすぐに切り替える。


「ええ、承りました。内容は前回のものと変わりありませんか?」


「おう、それで構わねえ」


 少しの時間を置いて、俺たちへの依頼文がシンシェさんから渡される。


 片道三日ほどの護衛任務。これはラムドさんの足を考慮した日数なのだろう。野営や魔物との戦闘が想定されていて、集魔石の配分はこちらの全取りというなんとも太っ腹な報酬だ。


「ここから西海岸へ向かう途中の森に知り合いの墓があるんだが、そろそろそいつの命日が近くてな。俺の足はこんなんだから、毎度冒険者に護衛を頼んでるんだ。改めて、こいつを受けてくれるか?」


 腕の立つというのを強調されてむず痒かったが、あえて受けて立つことにした。


「もちろんです。俺たち、『明望の狼牙』に任せてください」


「いいねえ! その意気だ!」


 カッコつけた俺の背中をバンバンと叩きながらラムドさんがガハハと豪快に笑う。明日からは久しぶりの仕事だ。気を引き締めて行こう。

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