望海の能力(チカラ)

「そろそろ帰らないと王都の前で野宿する羽目になるな。急いでここを出よう」


 何はともあれ危機は去った。遺構の調査も終わった。遺構という割には人工物の少ないほら穴のような場所だったが、もっと遺構と呼ぶにふさわしい場所がこの世界にはあるのかもしれない。


 先ほどの冒険者たちは、俺たちに詩片をくれただけでなく魔物の死骸から出た集魔石の一部を拾わずに残してくれたらしい。


 かなり強力な魔物だったこともあり、二人で分けてもちょっと手に余るほど巨大だ。ある程度節制すればひと月は生活に困らないだけのお金が手に入るだろう。帰ったらお礼をしなければ。


「さっきのパーティー、名前聞きそびれちゃったね」


「町に帰ったら組合に聞きに行くか」


「そうね。私たちの恥ずかしい姿を口止めしないと」


「うっ……みっともなく泣いてるのとか全部見られてんのか」


 先ほどの醜態を思い出して顔が熱くなる。


「……そういえば、言ってなかったね。私の授かった能力」


 帰還の準備を進めていると、望海は何も描かれていない詩片をゆらゆらと揺らしてこちらを振り返った。手に持っているのは使用済みで魔力のない望海を治癒した時の詩片だ。


「能力?」


「そう。あんたの魔法を極大化させるみたいなの、実は私もあったんだよね……使い勝手あんまり良くないけど」


 そういえば、昨日の夜の作戦会議で言葉を濁していた。今思えばあの時も、彼女に対して踏み込む前に無意識のブレーキをかけていたんだと思う。


「ほら、この詩片を見てて」


 望海が集中する。すると、不思議な魔力の流れが生まれて手に持った詩片へと集まっていく。集まった魔力は呪文を詩片に浮かび上がらせて、全く新しい紋様へと変化した。


「……出来た。けど何この魔法?」


!?!?」


 そこには新しい魔法の詩片があった。けれど彼女の困惑の通り、その内容は今まで見たことのないものだ。


。宿で偶然見つけた私の能力なの。どんなものができるのかは作ってみないと分からないのが玉に瑕だけどね」


 望海が言うには、魔法の練習をする際に間違って効力の切れた詩片を使ってしまったところ、新しい詩片に変わったらしい。


「普通の詩片とも製法違うし、出来上がる物もランダムなのか……いや、レアすぎてどんだけすごいのか全く分からん」


 通常の詩片作りといえば、希少な材料と部外秘の製法で作られるらしい。ただでさえ少ない職人は全員教会の所属のため、その製法を詳しく知っている者は非常に少ない。


「あっ完全にランダムってわけじゃなくて、その場所にある魔力を使って魔法を作れるみたいよ? これも明が使った詩片の魔力を吸収して、回復能力があるっぽいし」


 ちなみに、初めて創造した詩片は暖炉の火から魔力を吸収した暖房の詩片だったそうだ。なんじゃそりゃ。


「とりあえず、せっかく作ったものなんだから試しに使ってみましょ?」


 望海は詩片を髪飾りへとかざす。天使に触れたその詩片は、新たに与えられた己の力を発揮する。


【コード:サモン=ヒールワーム】


「え?」


「ワーム……?」


 光と共に現れたのは巨大な……具体的には望海の腰ほどの高さと大人一人分くらいの全長の巨大なイモムシだった。


「ぎゃぁあ!?!??」


「!?!?!?!?」


 素っ頓狂な悲鳴を上げて望海が後ろに大きく下がった。まあ真横にこのサイズのイモムシが現れたら誰だってビビる。というか俺は声すら出せずに尻もちをついた。


 地を這いながらこちらにゆっくりと近づいてくるイモムシは、その見た目に反して敵意はない。そのせいか、口から触手のように伸びてくる糸を無警戒で受け入れてしまう。


「うわ。ねばねばする」


「実況しないでよ!」


 粘着質の糸はこちらの体を探るように這いまわり、肘のあたりでその動きを止めた。そこには先ほどの回復魔法の余波から逃れた擦り傷が残っている。


(ポカポカして結構気持ちいいなこれ)


 動きを止めたその瞬間から魔力が流れ込むのを感じる。そして、十秒もしないうちに離れたかと思えば、擦り傷は完全になくなっていた。


「おお! さっき言ってた回復効果ってこれか~」


 害はないと分かるとこのワームがちょっとだけ愛嬌があるように思えてくるな……。背中を撫でてやると、もっとして欲しいというように手のひらに背中を押し付けてくる。ムニムニとした触り心地が意外と癖になる……。


「いつまで触ってんのよ」


 恐る恐るといった風に望海もワームへの距離を詰める。彼女にも吐き出された糸が伸びていくが、触れるだけですぐに離れていく。俺の時のようにどこかを治している様子はなかった。


「なんで触るだけでどっかいくの」


「さっきの回復魔法で治すところがないんじゃない?」


「それはそれで、あんただけ回復してるのがムカつくわね……」


 そう言いながらも、望海はムニムニとした触感を楽しんでいる。見た目はすでに慣れたようだ。


「望海。そいつって戻せたりするのか?」


 召喚サモンと呪文の中にあったから、恐らくこのワームは魔力で呼び出す使い魔のようなものなのだろう。出しっぱなしだと魔力がなくなるまで消えないということになるが、それは少し不便だ。


「う~ん……戻ってきて!」


 望海の言葉に応えるようにワームは光の粒子になって詩片へと消えた。これなら街中でも連れ歩かずに済んで安心だ。


「とりあえず、このことは二人だけの秘密で」


「分かってる。けど、サーシャさんたちに話しておくのもダメなの? クレアさんなんかは泣いて喜ぶと思うけど」


 詩片マニアのクレアさんは確かにこんな珍しい詩片を見せたら大喜びするに違いない。だけど……


「それもナシで。詩片の作成ってのはこの世界だと宗教的に大事みたいだからな。元の世界でもよく言うだろ? 野球と宗教と政治の話はよっぽどの相手じゃないとNGって」


 俺たちは異世界から来た部外者だ。アクゥイル教について生半可な知識しか持たない現状、そちらの話題に突っ込むものではないだろう。


「たしかにそっか。詩片作成の技術者って教会で大事に囲い込まれてるって話だし、そうなると行動の自由がなくなるわけね」


「さっきのワーム自体は便利だから、俺たち二人で行動しているときだけ使うってのはどうだ?」


 擦り傷や切り傷程度なら回復できる能力はとんでもなく重宝するに違いない。望海も考えは同じようで、頷きとともに同意してくれた。


 行動方針が決まったところで今度こそ帰還だ。外の様子は確認できないが、入ってから経過した大まかな時間からして夕方くらいにはなっているはずだ。本当に森で野宿するとしても、安全な場所を見つける時間はやはり必要だ。


「帰りの道順は大丈夫なんだよな?」


「何度も聞かないでよ。もちろん完璧に決まってるでしょ」


 その言葉通り、この遺構に侵入したときの時間に比べて随分と早く入り口までたどり着いてしまった。道中で魔物とも出会わなかったということは、先ほどの冒険者たちが倒して進んでくれていたのだろう。


 入り口を出るとオレンジの光が視界をくらませた。目が慣れてから再度空を見ると、綺麗な夕焼け空だ。あと一、二時間もすれば日の光が山の向こうに引っ込んでしまうに違いない。


「やっぱり途中で野営になりそうかな」


「そうね。あ~あ日帰りのつもりだったのに、早速予定が狂っちゃった」


「とりあえず、生きて外に出られただけいいとしようぜ。っと、野営に適してる場所ってどういうところだっけ」


「まず、平らである程度周りを見渡しやすい場所。少し高い位置だとなおよし」


 炎華の獅子に教えてもらったのは戦いの心得だけではない。冒険者をしていれば遺構や瘴気域の中で一夜を明かすことは必須のため、野営の知識なども一緒に伝授してもらっていた。


「とりあえずその条件に合うところを探すか。日が落ちる前に見つけられたらいいけど」


 詩片のおかげで水や火の準備はしなくていいことがあっちの世界よりも楽なポイントだな。


 詩片から直接水を出すことができるし、乾いた木の枝などがあればそこに詩片で火をつければいい。


 町の外で一夜を明かすという方針が決まってからの行動は早かった。地図と現在地を見比べながら街道に比較的近い場所を探してみたところ、他の商人か冒険者が野営していた跡を見つけることができた。


 獣除けの匂い袋を陣地の外側に置いて、焚き木に火をつける。


 この世界も冬が近いらしく肌寒くはあったが、なんとか日没前に腰を落ち着けることができそうだ。


【コード:ルミナス】


 望海は光の詩片で手元を照らしながら夕飯の準備を始めている。


 俺も詩片を使いたかったが、俺が使えばこの陣地を一瞬で昼のようにしてしまうため、油をしみこませた布と乾いた枝で先ほど作った即席の松明で作業するしかない。


 遺構で集めた集魔石を整理していたが最後に倒した魔物のおかげで、二人で分けてもかなりの報酬が期待できそうだ。


「……さっきは、助けてくれてありがとう」


 二人とも黙々と作業を進めていたが、最初に口を開いたのは望海だった。


「あれに潰されたとき、意識を失っちゃうくらいすっごい痛くてさ。目が覚めたら今度こそあの世にいるんだと思ってた」


 そんな大げさな、なんて冗談を言えるはずもなかった。

 魔法を介していたものの、俺自身で治してみて分かった。望海の怪我は致命傷だった。


「それなのに、目が覚めたら死にそうな顔したあんたがこっち見てるんだもん。何が起こったのか分からなかったよね」


 望海はそう言って困ったように笑う。


「お礼を言うのは俺の方だ」


 あの時の俺は生きるのをあきらめていた。色々と言い訳を重ねて死んでもしょうがないなんて思って脳内反省会もしていたくらいだ。しかし、今はそんな気はない。


「俺、次はもっとうまくやるよ。詩片の使い方はもちろんだけど、もっとしぶとく生き抜いてやるって決めたから」


 握った拳を振り上げて決意を固める。しかし、少々熱が入りすぎてしまったのだろうか。望海があっけに取られた顔でこちらを見ている。


 数テンポ遅れて、彼女はようやく口を開いた。


「明、燃えてる」


 俺の上着に松明の火が引火してしまっていた。拳を振り上げたときにひっかけてしまったのだろう。


「熱ッ!?!?」


 急いで消火したもののしっかりやけどしてしまった俺を、望海はひとしきり笑った後、ヒールワームで回復してくれた。


 沈みかけた空気がハプニングのおかげで緩んだようだ。会話は自然と弾み、これまでのことを色々と話した。現実での高校生活とか、こっちに来てからのそれぞれの特訓とか。


「今日は俺が火の番をするよ」


 何日も野宿するなら交代で寝ずの番は交代でした方がいいらしいが、一日くらいなら起きっぱなしでも問題ないだろう。


「一日くらいなら私も起きてるわよ。二人で起きてた方が暇も潰せるでしょ」


 望海の方も同じ考えだったようで、しばらくの問答の後にちょっと雑談していたら、あっという間に夜が明けてしまっていた。


 獣除けのおかげで夜襲もなく、街道も近いこともあって帰りはとてもスムーズだった。初めての任務はとりあえず生きて帰ることができたようだ。



***



・ソーカス遺構 ・攻略 済


危険度:低


 ルダニアの王都から北のほど近い場所に位置する洞窟のような遺構。

 魔物の強さもそれほど強くなく、内部構造も複雑ではないため、初心者向けの遺構といわれている。

 出現する魔物は全て虫型。硬い甲殻を持つものがいる代わりに動きが鈍重なものも多く、攻撃を当てることは容易である。しかし、油断できるものでは決してなく暗闇からの不意打ちなどには注意が必要。

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