ソーカス遺構

 天気は快晴、風は少し強め。実に任務日和な天候ではないだろうか。


「時間通りに起きてきたわね。今日の仕事内容は覚えてるかしら?」


 異世界衣装の望海にはこの一週間でようやく見慣れてきた。

 今日は普段の軽装に、革製の防具と青いフード付きのマントのような外套を身に着けている。外套の内側にはいくつもポケットが付いていて、詩片サームを収納できるらしい。昔のように髪型をポニテにしているのも、見慣れる一助となっているのかもしれない。

 マントを着るだけでずいぶんとシルエットの見栄えが良くなっている。


 反対に俺は、レザーベストと厚めの小手を普段着の上に着ただけの地味オブ地味な服装。

 MMOの初期アバターのような風貌になってしまったが、動きやすさと多少の防御性能を考えたらこうならざるを得なかった。


「うん、昨日の夜確認したしさすがに覚えてるよ」


 荷物の中から依頼内容のメモを取り出す。


 俺たち二人の初めての仕事は、の調査だ。


「遺構が復活ってどういう理屈なんだろうな?」


「さあ? 行ってみればわかるんじゃない?」


 この世界の冒険者の仕事は主に二つある。


 一つは瘴気域の制圧。瘴気域には瘴気を発生させているヌシがいるらしい。それを倒すと瘴気域が消滅するため、腕に覚えのある冒険者はみな挑戦するのだ。


 瘴気の消滅は人類の生存圏の拡大に繋がるため、小規模なものであっても多大な褒賞と名誉を得られるらしい。しかし、ヌシがそこらの魔物の比ではないくらい強力で瘴気による消耗もあるため、それを成し遂げた者は本当にごくわずかなのだという。


 もう一つは、今から行く遺構の調査だ。この世界には遺構と呼ばれているダンジョンのようなものが各地に点在している。これらは大厄災以前の冒険者の主な活動場所だったそうだ。


 不思議なことに、一度調査した場所であってもある程度の時間が経過することで内部の宝や敵対生物が復活するのだという。そのため、定期的な調査が必要になると共に、人々の収入源になっているそうだ。


「調査依頼は昨日受けた。装備とかはサーシャさんたちに貸してもらってる。あとは私たちの覚悟だけよ。準備はいい? 明」


 遺構には魔物やそれ以外の攻撃的な生物が巣食っている。命を落とす危険性ももちろんあるのだ。町を出る前に腹をくくれという彼女なりの気遣いなのだろう。


「俺だっていつまでもこの国にとどまる気はないよ。元の世界に帰るなら、この世界のことを色々知っていかなくちゃいけないしね」


「ふーん……まあいいわ。ソーカス遺構までは歩いて一時間くらいはかかるらしいし、早速出発しましょうか」


 望海はそれだけ言って先に歩き出す。


 ルダニアの町から距離が近く、比較的危険の少ないソーカス遺構はいわゆる初心者用ダンジョンとして扱われている。そういうこともあって、サーシャさんたちはまずそこを勧めてくれた。


 後ろをついて歩くものの、張りつめた緊張感が望海から伝わってきて、どうにも話しかけづらい。炎華の獅子のメンバーがいる場や、話すべきことがある場合ならこんなことを考えないのだが、世間話となると何を話せばいいか途端に分からなくなってしまう。


 元の世界での突然の別れで連絡も取れなくなったことは、俺にとっても彼女にとってもショックが大きかったのかもしれない。


(まあ、引っ越しの原因は多分アレだしな……)


 城門をくぐり見える景色が変わったことで意識がその光景へと向けられる。


 王都の外へ出てすぐに大きな荷物を背負った一団とすれ違った。ルダニアの国内には町や村がいくつかあると聞いたので、恐らく行商のようなものだろう。


 魔物は色々なところに出没するため、彼らも命がけだったに違いない。


 地図の通りに進んでいると進路が街道から逸れてくる。薄暗い森の道は、進むごとに不気味さを増していく。しばらく歩いていると、前を歩いていた望海が足を止めて声を潜めた。


「あそこ、魔物がいる」


 約二十メートルほどの距離に獣の姿がある。一見すると野犬のような外見。しかし、爛々と光る血のような赤色の目は魔物のみが持つ特徴だ。それが三体、きょろきょろと周囲を警戒しながら歩いている。


「私たちだけで倒せるかの試運転よ。私は後ろから援護するから、あんたは突っ込んで注意を引きなさい」


 魔力量から鑑みるに、俺たち二人でも余裕で倒せる相手ではあるはずだ。落ち着いて対処することが重要になる。


 望海は髪留めと詩片サームを前に構える。弓矢などの武器は一朝一夕で技術を身に着けることは難しいため、彼女の戦闘スタイルはRPGでいう魔法使いのような後衛に落ち着いた。


 俺は取り回しのしやすい刃渡り三十センチほどのナイフを武器とする前衛だ。店売りの品ではあるが、切れ味は申し分ない。


「行くぞ」


 ブレスレットに詩片をこすりつけ、今から行うことをイメージしながら詩片を踏みつける。あの無機質な声が魔法の起動とともに聞こえてくる。


【コード:ウインド=エクシード】


 『超越』を組み込んだ戦術はいたって単純。使用するのは風の詩片だ。


 以前、サーシャさんが行っていたように、体を風に乗せて移動するのだ。ただ、その速度が詩片の限界を超えているというのがくせ者だった。


 爆発のような暴風が足裏から発生し、ロケットのように体を魔物たちへと運ぶ。足の向きを逸らさないようにしなければすぐに地面に突撃してしまうため、細心の注意を払わなければいけない。


 地面を這うような超低空飛行で肉薄し、放った一撃は魔物の首を胴体から切り離した。


「よし!」


 訓練通りの成果に思わず喜びの声が漏れる。しかし、意識が逸れたせいで姿勢の制御が一瞬乱れた。爆発的な勢いのまま、転倒しそうになる。


 運の悪いことに、初撃で浮足立っていた魔物もこちらに狙いを定めた。


 俺に噛みつかんと飛び上がった魔物の頭部に火球がぶち当たる。次々と火球が飛んできて、短い悲鳴を上げてその魔物は倒れた。


「集中しなさい!」


 望海の放った魔法が命中したのだ。


 残りは一体。前後に位置取った俺と望海のどちらに攻撃するかを決めかねているようだった。


 望海の援護のおかげで落ち着いて姿勢を正すことができた。


 転倒しそうな勢いをそのままに、ハンドスプリング。体育の授業で何度も体を地面に打ち付けた技だが、足裏からの風の勢いで強引に体をひねって……成功!


 着地は地面ではなく横に立つ樹木。側面から蹴りつけてのいわゆる三角跳びで最後の一体へ刃を向ける。遠くでは望海も次の詩片を構えている。


「燃えて!」


【コード:ファイア】


 気迫と共に飛来する望海の魔法が魔物の体を燃やし、俺のナイフが喉笛をかき切る。今度は油断せずに地面へと着地し魔物へと振り返ると、三体ともすでに物言わぬ集魔石へと姿を変えていた。


「倒せた! 私たちだけで!」


 望海が笑顔で手のひらを差し出してきたので、ハイタッチを返す。この一週間、フーラさんたちと特訓してきたものは実践でも活用できるようだ。しかし、課題も多い。移動に使った風の詩片は、一度の使用で魔力の残っていない紙切れになってしまっていた。


「やっぱり俺の詩片は使い切りかぁ……まあ死ななきゃ安いか」


「何が死ななきゃ安いよ! あんた、よそ見してこけそうになってたじゃない! 私たちはどっちもど素人なんだから油断しないでよね!?」


 それに関しては言い訳のしようもないので、素直に頭を下げる。


「次は気を付けるって! 今回だけでも結構コツつかんだしさ」


「その次がなくなったらどうするって話なのよ。これから当分の間は、私たちで生計を立てていかなきゃいけないんだからね?」


「肝に銘じます……集魔石の拾い残しはないよな?」


 親指の爪ほどのかけらが五つほど。これなら二人の夕飯代くらいにはなるだろう。


「ええ、思ってたより多くとれたわね。魔力の保有量が多かったのかしら……何笑ってんのよ」


「いやごめん、魔力とか集魔石とかあっちの世界だったら日常会話で出ない単語だなってふと思って」


 俺たちの口から魔力や魔法という言葉が出ることに変なおかしさを感じてしまう。この世界にもう少し馴染めれば違うのだろうか。


「何をいまさらなことを言ってるのよ。遺構まではあと少しよ。中に入る前に休憩する?」


「いや、大丈夫。息も整ったからいつでも行けるよ」


 足止めを食らったものの、ソーカス遺構まではあと少しだ。日帰りするならさっさと行った方がいい。


「そういえば、こっちに来る前だけどさ……」


 自分たちだけで魔物を助けたおかげか、いくらか雰囲気も軽くなって会話が弾む。意外と話したいことが多く、あっという間に目的地へと着いてしまった。


「なんていうか……遺構って聞いてたから神殿みたいな遺跡を想像してたけど」


「洞窟だな、ほとんど」


 遺構という言葉の響きから、崩れかけた古城やそうでなくとも何かしらの建築物を俺たちは想像していたが、ソーカス遺構の見た目は多少人の手が入った洞窟だった。


「ま、まあ中に入ったら迷路になってるとかあるかもしれないし」


「そうだな……調査の名目としては、最奥への到達とそこにたどり着くまでに見つけた生物や魔物と拾った道具の種類を調べる、だったか」


「ええ、最奥には少しレアな詩片があるそうよ。それと魔物討伐で出た集魔石、収集した換金物が今回の報酬ってことになるわね」


「初めての場所で初めての二人仕事だ。気を引き締めていこうか」


「言われなくても、さっきのあんたよりはしっかりしてるわよ」


 こうして、少しばかりの緊張と抑えきれない高揚感と共に初めての遺構へと足を踏み入れるのだった。

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