少し分かった異世界

 ――この世界に来て、目が覚めてから一週間が経とうとしていた。


「この世界に来てもうすぐ一週間なわけだけど……なんか分かったことあるか?」


 俺と望海は冒険者組合直営の酒場『トーマスの止まり木』の隅の方で作戦会議を開いていた。ちょうど夕飯時ということもあり、仕事を終えた人々でにぎわっている。


 現在は制服ではなく、こちらで買ったシャツとズボンというある程度TPOをわきまえた服装をしている。それだけですんなりと悪目立ちしなくなった。


「とりあえず……言葉が通じるし、文字も読める」


 ……あまりに当たり前で忘れかけていたが、それが通じるかどうかで生活の難易度が段違いだ。


 望海は先ほど注文した果実ジュースの氷を揺らしていて、俺はといえば迷った末に頼んだ獣肉のソテーをちょくちょく口に運んでいる。しかし、文字が読めなければこれらの品がテーブルに並ぶことはなかっただろう。


「改めて考えるとめちゃくちゃ重要だよな。こうやって働けてるのも色々手助けしてくれたサーシャさんたちのおかげだし」


 異世界人と違和感なく喋ることができるのは、考えてみると転生特典みたいなものだと思えなくもない。アクゥイル様がこの世界に俺たちを呼んだ目的とかを話してくれればもっと良かったが、そこまではサービスしてくれないらしい。


 俺たちは今、駆け出しの冒険者として炎華の獅子の下で訓練を受けていた。


 俺たちが今いるルダニアという国は、冒険者だったドラム王が一人で興したという来歴があるため、冒険者の数が多い。それに比例するように、人々は色々なことを冒険者に頼るため、依頼の数も尽きることがない。


「あとは、この世界結構ヤバいわ」


「だな。転生者におあつらえ向きな世界の危機だ。いまだに最初の町から出られてないんじゃ、帰るのなんて夢のまた夢だけど」


「そんなに悲観するもんでもないでしょ。慣れればまあ楽しいじゃない? 昔遊んだゲームみたいで」


「『瘴気域』とそこにいる魔物さえいなければ、俺ももう少し気楽だったんだけどな」


 森で感じた嫌な雰囲気。あれは『瘴気』と呼ばれる毒素が原因となっているそうだ。


 約十年前この世界に大きな災いが訪れた。


 突如発生した瘴気は生物を魔物へと変異させたのだ。その瘴気で満ちたエリアを瘴気域と呼び、そこにいる魔物のヌシを倒すことでしか瘴気を消すことは出来ないのだと言う。


 瘴気域は人々の生活圏を塞ぐように広がっており、現在は他国との国交が途絶えてしまっているそうだ。


 幼い子供たちがおとぎ話のことのように隣国の話をしていたのも見た。他の国の冒険者を未だに見たことがないのもこのせいだ。


「そういえば、あんたのどうなった?」


「あーうん。使えるっちゃ使えるけど……今後一切俺に金のことは期待しないでくれ」


「?」


 望海は分かりやすく頭に『?』を浮かべている。俺も望海の立場だったらなんでいきなりお金の話になるのかさっぱり分からないだろう。


 小さいころから憧れたファンタジーのような魔法を、あまりにもあっさりと俺たちは使えるようになった。しかし、俺の魔法は他の人と比べて少し特異らしい。


 通常、魔法の威力は詩片サームに込められた術式に依存するのだという。


 どんな人が使っても同じ詩片は同じ効果しか生み出さず、出力のブレも得意不得意の範疇に収まる。


 灯りの魔法で太陽のような光を生み出したり、市販される火の詩片で火柱を生み出したりは、魔法のエキスパートが逆立ちしたとしても無理なのだ。


 仮説を立てるとするならば……


「俺の魔法は蛇口が壊れてるらしいんだ」


「???」


 まあこの説明で分かったらエスパーだ。フーラさんとともに実験をした結果の考察を順繰りに説明していく。


「例えば薪に火をつける【コード:スパークス】って詩片あるじゃんか。教会でも投げ売りされてるやつ」


「あるわね。私も数枚持ってるわ」


「本来なら小さい火花を発生させる着火剤程度の詩片なんだが、俺が使うと


「マジ?」


「大マジ。俺はこの能力に『超越』って名付けた。エクシードの直訳だから安直だけど」


 フーラさんとの実験で一応の原理は分かった。そのせいで金欠の未来が目に見えているんだが。


「本来だったらスパークスの詩片はよほど無駄遣いしなければ、一枚で数か月はもつだろ? 俺はその詩片の寿命をたった一回で使い尽くす体質らしいんだ」


 この原理の仮説を立てたときのフーラさんは、自分で言って信じられないという顔をしていた。


 俺も何度か説明を受けてようやく理解したので、なるべく分かりやすくするために例えを交えて説明してみる。


「そうだな……普通の人の詩片の使い方を蛇口に繋がったホースだとしよう。ホースから出る水は、蛇口のひねり方次第とはいえ、出力はある程度一定だ」


 総量十の水を一ずつ、二ずつ放水するのが普通の詩片だ。


「俺の場合は水のたまったバケツっていえばいいのかな。中の水を放水する時は、バケツをひっくり返して一気に全部ぶちまけるんだ」


 総量十の水を一気に全部使い切るのだ。普通はただの火花でも、寄り集まれば燃え盛る大火となる。


「へえ……なんとなく理屈は分かったけど、なんでそれが金欠に繋がるのよ」


「普通はひと月使っても余裕で持つような詩片を、一回で使い切ってたらどうなると思う?」


「……あ~」


 それだけで望海は察してくれたようだった。


 塵も積もれば山となる。どれだけ安い詩片でも、本来使いまわすようなものを一度で使い切っていたらどうやったって費用はかさむ。


 そのためどれだけお金を手に入れても金欠問題はついて回るのだ。


 転生特典で特別な能力! というのには憧れがあったが、それがまさかお金の問題になるとは思ってもみなかった。


「というか望海だってなんかないのかよ? 特別な能力」


「あるにはあるけど……あんただけならともかく、他の人がいるこの場では絶対言えない」


 他の人に羨ましがられるようなものなのだろうか。どうにかして聞き出してみたくはあったが、なんとなく踏み込むのは止めておいた。


「なら、後で教えてくれればいいや。それにしても、天使を持ってるだけで魔力とかが見えるようになるとは思わなかった。この世界では魔法は技術じゃなく能力なんだな」


 ちょっと目を凝らすだけで魔力の流れというのは目に見える。天使さえあれば、それを感覚的に動かせるので、魔法を使ったり魔道具を使用したりするのは思っていたよりもずっと簡単だった。


「魔力の属性によって操りやすさには個人差があるだったかしら。この前フーラさんたちが言ってた得手不得手ってそのことだったのよね」


 火の魔力を操るのが得意なサーシャさんは、炎を纏って戦う姿から『炎華姫』とも呼ばれているそうだ。


「うん、俺たち二人とも不得意な属性はないらしいから、二人だけでも不便は少ないだろうってさ。それはそうともう俺たちだけで活動して大丈夫なんだよな? フーラさんたちから危険度の低い仕事をいくつか教えてもらってるし」


「ええ、サーシャさんからも大丈夫って言われているわ。私たちの身の上からすると、この世界の人と組むよりも二人の方が気持ちが楽だしね」


「なら、明日からの予定を決めようか。俺としてはこの依頼とかどうかと思うんだけど……」


「私はこっちの方が都合がいいわ。こっちにしましょう」


 望海が指さしたのはソーカス遺構という場所の探索依頼。瘴気域ほどではないが、魔物も多く出没する特殊なエリアだ。


 遺構とはいわゆるダンジョンのようなもので全国各地に存在するらしい。


 内部構造は迷宮のようになっており、道中には換金可能なアイテムや魔道具、最深部には強力な魔道具や詩片があるのだという。


 そしてここが一番不思議なのだが、ある程度時間が経つと内部構造がリセットされてアイテムや詩片がもう一度補充されるらしい。


 組合で聞いた話のよると、王都の北にあるというこのソーカス遺構は危険度は低い遺構らしいので、俺たちの実力を調べるのには丁度いいのかもしれない。


「……じゃあ、そっちに行くとして用意する詩片はどういうものにする?」


「それなら……」


 ああでもないこうでもないと言い合っていると、昔はよくやっていた悪だくみの作戦会議を思い出す。悪だくみの発端は大体彼女で、作戦立案は主に俺。成功失敗半々だったが、どれもこれも楽しかった思い出しかない。


 そういえば、こっちに来てからも訓練は別々だったので、望海と二人で話す時間はほとんどなかった。


 ほんの数年前の思い出のはずなのに、感傷的になってしまう自分に驚いてしまう。今思うとそれくらい大切な時間だったのだ。


「……? 私の顔に何かついてる?」


「ん? ああ、ごめんぼんやりしてた」


 こんな形にはなってしまったが、望海との再会は本来喜ばしいことだ。だからこそ、彼女を元の世界に帰してあげたい。そんな決意をひっそりと固めると共に、夜は更けていくのだった。

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