天女の琵琶

文重

天女の琵琶

 夜も大分更けた頃、寝所の外に何やら人の気配がする。常ならぬことに側仕えの者の姿も見当たらないので、帝はみずから板戸を開けてみた。見ると庭の暗がりの中で、薄絹を纏ったうら若き女人がしくしくと泣いている。

「どうなされたのか」

 訝りつつも声をかけると、女は鈴を転がすような声で、

「天より落ち、大事な琵琶を壊してしまったのです」

 と語るや、よよと泣き崩れた。女自身も怪我をしている様子である。


 女の腕(かいな)にしっかりと抱かれた琵琶には、豪華な螺鈿細工が施され、胡人がもたらした物とは糸倉の形状も異なるようだった。それゆえ、羽衣こそ持たぬものの、天上から下ってきたという女の言葉もまことしやかに思えるのだった。


 命じていた琵琶の修理が終わったある夜、傷の癒えた女は帝の御前で琵琶の演奏を披露することとなった。その心地良い音色と女の美貌に心奪われた帝は、天上に帰る術のないその天女を后に迎えようと決意するのであった。

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天女の琵琶 文重 @fumie0107

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