第28話 けが

峻が家に帰り、玄関先で濡れたレインウエアや靴の手入れをしていると目の前で扉が開く。視界に飛び込んできたのは、泥に汚れたブーツにワイシャツの上から羽織ったジャンパー。


父親の白馬秋霜は専門書を詰め込んだザックを熊のように太い腕で下ろしながら、口を開いた。


「今日も行ってきたのか。最近、友達とよく出かけるな」


「うん…… 霧ヶ峰高校に入ってから、山登り仲間ができてすごく楽しい、よ」


「なんだ、歯切れが悪いな。何かあったのか?」


「実は……」


佐久がケガしたことを秋霜に話すと、彼の雰囲気が一変する。


太い眉毛の下で存在を主張する、どんぐりのような眼が爛々と光った。


「ケガをした場所は?」


「状況は?」


「ちゃんと手当てして、家に帰れたのか」


「うん。何とか歩けるくらいだったし」


 佐久がケガした時の状況、ケガの具合、その後の対応などを事細かに聞いてくる。


 普段はおおらかだが山のトラブルのことになると人が変わる。仕事上仕方ないが峻はこの時だけは苦手だった。


 峻から事情聴取のように佐久の状態を問い詰めた秋霜の口調が、ふと柔らかくなる。


「大けがではないようだし、気にすることはない。迅速な手当てにスムーズな搬送。パニックに陥らずよくやったな」


 先ほどまでの雰囲気が霧散し、穏やかな口調で頭を撫でてくる。峻はそっと胸をなでおろしたが、体がすこし震えていた。


 秋霜も泥を落とした靴を脱ぎ、リビングに移動する。お土産のジビエ肉を峻は夕飯のカレーに入れた。


 離島や田舎の方に仕事に行くと時々もらってくるが、臭いがきついのも多いので忙しい時はカレーにしてしまうと楽だった。


 秋霜が着替えている間に煮込み、リビングに戻ってくるとそれぞれの皿によそって薬味を盛り付ける。


 皿を持つ腕が佐久をずっと背負っていたためか少し張る。


「いただきます」


 二人で食卓を囲み、ジビエカレーをスプーンでそっと口に運ぶ。固いジビエ肉だが、疲れた体にはちょうど良かった。


「だが、友人にケガをさせたのは問題だな……」

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