第14話
「……峻」
「峻くん? これどういうことかなあ?」
空き教室の一角に座らされた峻は、佐久と望月に詰め寄られてあたふたしていた。
「僕が喋ったわけじゃ……」
「被告人の訴えは却下します」
「……口が軽い人とは、思わなかった」
「実はね、」
「判決を言い渡します。有罪」
「暗黒裁判だ……」
「楽しそうやね~」
この前のファミレスでもややぶっきらぼうな態度を崩さなかった佐久。そんな彼女がここまで打ち解けているのを見て小梅はニヤニヤしていた。
だが頃合いと見たのか、会話が途切れたころに話し始めた。
「ああ、ごめん。白馬くんからしゃべったわけやないんよ」
「一昨日の霧去山で、三人で撮った写真を見られたらしいんだ」
峻はそう言いながら、スマホの画像ファイルから一枚の写真を見せる。望月が自撮りして三人の姿を映した時のものだ。
三者三様の表情が改めて小梅の興味を引く。
「そこでどういうことか気になって、聞いてみたわけなんよ」
「ごめん…… 僕が不注意だった」
「誰にも話しとらんから、そこは心配せんで大丈夫」
その言葉に峻は胸をなでおろした。
「グループのみんなにさりげなく聞いてみたり、噂を調べたりしたんやけど誰も知らん様子やったよ」
「まあ、そんなことだろうとは思ってたけど」
「……人をおとしめて楽しむような感じではなかったし」
これまでの小梅とのやり取りを思い出しながら二人はそう言った。だが黒髪の日本人形のような少女は、涼しげな目元で峻を見据える。
「……じゃあなんで、ここに連れてきたの?」
「三人でハイキング行ってきたんやろ? なんか面白そうやん!」
峻の代わりに小梅が答えた。
峻のスマホ画面をスライドし、三人で撮った写真のほか霧去山の様々な風景を映し出す。
近い……
小梅の腕で視界を遮られた峻はそう感じた。佐久はおろか同じ陽キャタイプである望月と比べても、小梅は人とのパーソナルスペースが近い。
ギャルっぽい小梅にやや気おくれしていた峻は、座っていた椅子をそっと動かして小梅からわずかに距離を取った。
「……」
その時の佐久の表情を小梅は見逃さない。無性にいじりたくなるが、話を次に進め
ることにした。
「ウチは休日なら予定空いとるし、一緒に行ってみたいな~って。ダメ? さっちーともっと仲良くなりたいんよ……」
手を組んで目線を低くし、上目遣いでうるうると見つめる小梅。
佐久の涼し気な目元とまつ毛をカールさせた小梅の目が合うが、佐久はやがてため息をついた。
「……ダメなんて、一言も言ってない」
「さすがやねさっちー。やっぱりいい人!」
「……でも他にも誘うのはダメ。あんまり人数多いのは苦手」
「わかっとる。さっちー、そんなタイプやろうしね」
「私も、それでいいと思うよ」
「もちもち、ありがと~」
「僕も」
コミュニケーションアプリのグループに小梅も入れた後、椅子を動かして四人で話をする。
「二人とも、白馬くんのこと名前呼びやね? ウチも『シュン』って呼んでいい?」
やや独特のイントネーションで小梅がそう提案すると、峻は気後れしながらもうなずく。
「さっそくやけど。シュンって、写真もうまいん?」
「まあ、父さんからいろいろと教えてもらったから……」
「……私も感心した。それに山の植物とか、色々知ってるのは面白い」
峻を真ん中に左に佐久、右に小梅、向かいに望月というポジションになっている。
他の二人もあだ名で呼ぶことにした小梅は、さっき峻に開けられた距離をもう詰めようとはしなかった。
(マジで嫌がってそうやしね……)
「峻くんに言われたとおりに写真を撮って見たんだけど、グループの子何人かにすっごく感心されたよ」
話が弾んでくると小腹が空いてくる。
望月が通学鞄から一口チョコを取り出し、他の三人に配った。
佐久は丁寧に包み紙を開け、少し色素の薄い唇を割ってチョコを口内へ導き入れる。大口を開けないところが彼女らしかった。
そのままわずかにチョコがついた指先をそっとピンク色の舌で拭う。
「……そういえば、何回かお弁当づくり練習してみた。今度は持ってこられると思う」
チョコを上品に口の中で溶かしながら、佐久はつぶやいた。
「さっちー、お弁当作るん?料理やったら、ウチも少し教えようか?」
「そういえば、小梅さんって料理部だったね」
「料理…… この時期ならこごみとか、菜の花か」
「こごみ?」
峻の一言に小梅が食いつく。
「山菜の一種だよ。アクも少ないから食べやすいし、栄養価も高い」
「それいい。今度行く山、そういうの取れるところがいい」
小梅の声が弾み、テンションが一気に上がった。
「山菜が採れるところか…… 確か四賀山ならあったかな? 他に採ってる人もいる」
「毒草と間違えたりしないかな? それに勝手に山から取ったら怒られたりしな
い?」
意気込む小梅に対し、望月は慎重な態度を崩さない。
「タラノメとか、菜の花とかわかりやすいのなら問題ないよ。この季節には山菜を採る人が他にもいるから、そういう人たちと一緒に採れば大丈夫だと思う」
「それなら、大丈夫かな」
望月が胸をなでおろした拍子に、軽く茶色に染めた髪が揺れた。
「じゃあ、来週……」
「あ、ちょっと待って。再来週がいいかも」
「……どうして?」
「この前の霧去山よりも少し険しいから。佐久さん、少しウオーキングとかで体を慣らしてから行ったほうが良いと思う」
「大丈夫? 佐久、無理しなくてもいいよ。私たちだけで行ってお土産に山菜持って帰ってもいいし」
だが佐久は強く首を横に振った。
「……この前の霧去山、疲れたけど気持ちよかった。大変かもしれないけど、できるだけやってみたい」
「僕も、できるだけ楽に行けるルートで計画立てておくよ」
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