宇宙貴族
「あっ。……おはよう、ヘレシー。いい朝ね」
「おはよう……?」
やあ、僕の名前はヘレシー! 昨晩部屋に遊びに来たレティーシアにボードゲームで再戦を申し込んで見事にボコボコにされた僕は、その後に流行りの戦法や基本的な考え方を教えてもらいながらゲームへの理解を深めていったよ! やっぱり一人で考え込むより先人に知恵を借りた方が効率的に上達できるよね! 勝ちたい相手に教えを乞う事についての葛藤はあったけど、先ずは彼女に並ばない事には話にもならないから大事な一歩を踏み出す事にしたよ! 高過ぎる目標を達成するためには段階的な成長が必要!
で、途中までは良かったんだけど、最初はベッドに腰掛けていたレティーシアが時間が経つにつれて布団を抱き寄せたり横になったりどんどん姿勢を崩していって最後には寝ちゃったからゲームの勉強会は自然とお開きになったんだ! 仕方が無いから前みたいにレティーシアを壁際に転がして僕も寝たんだけど、目が覚めたら隣に誰もいなかったんだよね!
どうやら先に起きたらしい彼女を視線で探すと、壁に掛けていた僕の制服を手に取っているのを見つけて……これどういう状況?
「ごめん、それ何してるの?」
「さっき同じ寸法の新品を持ってこさせたから、貴方が寝ている間に親切心で交換してあげようとしていたところよ。親切心で」
「着心地が変わりそうだからやめてね」
自分の行動に絶対の自信を持っているかのような堂々とした物言いは結構なんだけどさ、目が合った瞬間に「あっ」って言ってたのは忘れてないからね?
布団を勝手に持って帰ったであろう時は必死に話を誤魔化そうとしていたのに、今は隠しもせずに堂々と企てを自白するなんて……僕達も少しは打ち解けたって事なのかな。
しぶしぶ僕の制服を元に戻してからもう一度布団に包まって不貞寝しようとするレティーシアを尻目に二人分のお茶を淹れていると、なんだかガチャガチャと廊下が騒がしくなってきたよ! これは多分あれだね、お貴族サマとその護衛の人達が歩いている音だね。寮では定期的に聞こえてくる環境音だよ!
──ザッ。
あ、一斉に立ち止まった! 僕の部屋の前で! 朝っぱらから不思議だね! アハハ!
──ガチャ。
「ジェイドだ。ヘレシー、お前が討伐した悪魔の件で話がある」
「あのさぁ……」
唐突に部屋に入ってきたのはジェイド君! ずっと休んでいたのに最近よく見るね!
扉の鍵は新品の制服を受け取る時にレティーシアが解錠したんだろうけど、いくら相手が庶民だからってノックもせずにドアを開けるのは良くないと思うよ! せめて人を引き連れている時くらいは上に立つ者として模範的な行動を心掛けてね!
「む。誰だ、そこで寝ている奴は。お前の私生活に口出しするつもりはないが、今からの話は内密にしたい。悪いが部外者は外に──」
「部外者ではないわ。私よ」
「あぁ、レティーシアか。それなら……。…………。………………? ────レティー、シア……?? !? レティーシア!?」
布団の中から顔を出したレティーシアを見て固まっちゃったジェイド君は、どうやらフィリエルさんについての話を聞きたくて部屋を訪ねて来たみたい!
ちなみに彼の認識が事実と異なっているのは当然僕がそう報告したからで、事件の直後は本当に邪教が召喚した悪魔を倒したと思っていたんだから仕方がないね!
とはいえ事実を知った今でもその報告内容を変えるつもりはないよ! いくら学園での成績に興味がない田舎者の僕でも、流石に「邪教が召喚したのは天使でした。その天使を仲間と囲んでやっつけました」とかいうぶっ飛んだ主張をしたらどうなるかくらいは想像できるからね! 割と強引に地下牢から出してもらった身としては、これ以上この件でレティーシアやジェイド君に迷惑を掛けたくないよ!
確かに天使と一度争いはしたけど、本人は今も楽しそうに生活しているから許してほしいな!
「なん……何故……何故レティーシアがここに? ヘレシー? レティーシア?? ──ッ!? まさか、そういう事、なのか……!?」
「いいえ。それは違うわ」
「そうか……そう、だよな。まさかクレセリゼ家の次期当主が、有力な召喚師とはいえ庶民であるこいつと結ばれるなんて有り得ない! あっていい筈がない!」
「ただ昨夜を共にしただけよ」
「!?? !?!?!?!?!?!?!? ???????????????????????」
レティーシアさぁ……そうやって変な切り口で元婚約者を
これ、外にいる護衛の人達に聞こえたりしてないよね? たった一度の笑いのために後から大問題になるのは勘弁してほしいよ!
「──っ! ……ッ、……ッ!! フーーーー、……こういう時、昔の俺なら我を忘れて怒り狂っていただろう……ッ! だが、今の俺は違う! この状況で俺がやるべき事、それは男として過ちを犯したヘレシーに詰め寄る事ではなく──共にこの国を守っていく貴族として、レティーシアの軽率な行動を叱る事だ!」
「……意外に冷静で驚いたわ。昔からそうだったなら、婚約解消も少しは先延ばしになっていたかも知れないわね」
「!? 本当か!? そうだ、俺達はきっと今ならやり直せる。気付けてよかった。さぁ、今からお義父様に婚約の件を再考してもらいに行こう。一緒に説得すればきっと分かってくれる! 大丈夫だ、レティーシアへの想いなら負けはしない!」
「ヘレシー、きついわ。助けて頂戴」
「お茶、三人分でいい?」
貴族の後継ぎ事情なんて僕に言われても分からないから、二人のご両親も交えてじっくり話し合えばいいんじゃないかな! 少なくとも僕の部屋で朝から話すような内容じゃないよ!
何度目かの事情聴取にやって来たっぽいジェイド君はともかく、レティーシアがここにいる理由は昨日のボードゲーム勉強会の延長なんだから、着替えやお風呂の事もあるだろうし一旦家に帰った方が……いや、待てよ……? ボードゲーム……?
……ジェイド君、どのくらい強いんだろう?
僕は始めて間もないとはいえ超上級者との対戦経験は豊富だし、昨日コツを教わったのもあってもう初心者は脱していると思う。親世代の強い人とやっても勝てるらしいレティーシアが強過ぎるだけで、同年代の他の人とは案外いい勝負ができたりするんじゃないかな?
勝てないにしても、レティーシアと対戦するよりはもう少しこう……ゲームとして成り立つ気がするんだよね! やっぱりこういう遊びって実力が近い者同士で勝ったり負けたりするのが面白いと思うからさ! レティーシアと遊ぶのも楽しいんだけどね!
「あの日から俺は生まれ変わった……いや、もう一度初めから歩き出したと言うべきだろう。少し勇み足になってしまったが、ようやくここまで来た。
「歪な部分の主張が強いわ」
「お茶、ここに置いとくね。ジェイド君も座りなよ。僕に話を聞きに来たんでしょ?」
「貰おう。ああ、話を聞くためにこの部屋を訪ねたのは間違いない……! だが、それよりも遥かに大きな問題が起きてしまっているだろう!? お前も当事者だぞ、ヘレシー! レティーシアがこの国の未来にとってどれだけ重要な女性なのか理解できていない訳ではないだろう! お前がしたのは各派閥の力関係を揺るがしかねない政治的脅迫だ! 遊ぶなとは言わん、だが相手は選べ!」
「遊び。……そう、私とは遊びだったのね」
「うん、実はそうなんだよね」
もう色々と面倒だからレティーシアの方に話を合わせちゃおうっと! どうせ彼女の事だから本当にマズい事になる前には止めてくれるだろうし、ちょっとくらい悪ノリしても大丈夫でしょ。
「でもさ、遊びの何が悪いのかな? これだけの美人が一人で夜を過ごすなんて世界の損失だよ。余っているんだったら使える人が使ってあげなきゃ」
「な……!? お前……ッ!!」
「憎いかな? 悔しいかな? だったら彼女を救い出してみなよ。その機会をあげる」
半開きのまま棚に保管してあった大きな箱を取り出してテーブルに置くと、ジェイド君は何も言わず眉間に皺を寄せてこっちを睨んできたよ! この反応は……やはり知っているね? 露天商のおじさんが王都で大流行していると言っていたこのボードゲームの事を……!
「さぁ、彼女を賭けて勝負をしようか。こんなゲームで、と思うかも知れないけど、遊びの道具は遊びで取り合うのが道理だよね?」
「くっ、レティーシアを玩具扱いとは……! 許さん、許さんぞヘレシー! その勝負受けて立つッ! …………勝った者がレティーシアと婚約する、それで良いな?」
「良い訳がないでしょう。勝手な条件を付けないで頂戴」
「もちろんさ。互いに全力を出し合おう」
「ヘレシー?」
レティーシアが不思議そうに目を瞬かせながら僕の腕を掴んできているけど、僕は君が作った話の流れに合わせただけだからね! いや本当に!
余裕そうに高みの見物を決め込もうとしてるレティーシアを巻き込みたかったとかそういうのじゃないから! ……いや本当に!
それにしてもまさかジェイド君とボードゲームで遊ぶ日が来るとはね! 入学式の日には思いもしなかったなぁ。
「よーし、どんな構築にしようかな?」
「ジェイドは貴方にとって格上よ。私は負けた事がないけれど、基礎は十分に押さえている相手だわ。せめてもう少し練習してから……」
「この前レティーシアが使ってて強かった魔導ゴーレムを試してみようかな。召喚師も並べられるだけ並べて、召喚獣は大型ばっかり入れちゃおっと」
「子供が最初に考える最強の構築やめなさい」
「初期配置……完了だ。俺は誇りあるグレード家の男。知略でもお前を越えてみせる……!」
「ジェイド、初心者狩り用の戦術は卑怯だと思うわ」
この後、三人でワイワイ話をしながら時には熱くなりつつ激戦を繰り広げたよ!
最後には負けちゃったけど、初見の戦法に対して上手く対応できたのは昨日教えた考え方が身についている証拠だってレティーシアが頭を撫でて褒めてくれたんだ! 親身になって教えてくれた先生に報いることができて良かったよ! その時のジェイド君の目が滅茶苦茶怖かったけど!
予定していた訪問時間を過ぎたからか、感想戦をしている途中で廊下から護衛の人達に声を掛けられてジェイド君は帰る事になったよ! どうやらこの後も仕事がみっちり詰まっているみたい! お疲れ様!
結局僕から話も聞かず、ゲームに勝った賞品についても有耶無耶にされて何のために来たのか分からない状態になっちゃったジェイド君だけど、ここに来た時よりも幾らか肩の力が抜けたように見える彼の後ろ姿を眺めているとそう悪い時間でもなかったんじゃないかと思うね!
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