会食

「おじゃましまーす」

螟ア遉シ縺励失礼します

「……いらっしゃい」

「どうぞー」


 やぁ、僕の名前はヘレシー! どうやら裏で色々と動いてくれていたらしいレティーシアとジェイド君のおかげで地下牢から出してもらえた僕は、その騒動で保留になっていたハッピーの知り合い達との食事会を開く事にしたんだ!

 今日はその当日! 前にハッピーを助けに来てくれた時のお礼も兼ねてこっちが場を準備して持て成したかったんだけど、彼女達が西側の塔(護陣塔っていうらしい)に来てくれた時の影響が思ったより大きかったのを見て、向こうが気を遣って隠れ家的な空間に招待してくれる事になったんだよね!

 寮の自室に開いてくれた門を通ったら、真っ暗なんだけど不思議とどこまでも見渡せる空間が目の前に広がったよ! ねっとりとした黒で塗り潰された世界の中心に純白のテーブルが置かれているのが映えるね!


「いやぁごめんね。本当はもっと早く会いたかったんだけど身の回りの事で忙しくってさ」

「気にしなくていい。人間はそういうの、ある」

「よく言うよ、ずっとソワソワしてたクセにさ」


 テーブルを囲うように置かれた白い椅子に着席していたのは、ハッピーの知り合いの『母胎』さんと『子飼い』さん! これ、最初に聞いた時は勝手に変な呼び方をされてただけかと思ってたんだけど、どうやら本名(?)なんだってさ! なんというか、こう……独特なセンスでいい名前だと思うな!

 人間の食性に合わせてくれるのか、今日はふたりともあの大きくて肉々しい姿じゃなくて小さめの人型になっているね! 滑らかな黒のツインテールが可愛い落ち着いた雰囲気の女の子が『母胎』さんで、同じく黒色のショートヘアが元気な印象を与えつつもどこか知的に見える女の子が『子飼い』さんだね!

 どっちも人間基準ではまだ幼さの残る子供の姿なんだけど……本当に擬態が上手いなぁ。ねぇハッピー?


『……』

「あ、無理しなくていいよ。誰にでも得手不得手はあるもんね。うん……」

「肌が足りてない。顔も多過ぎる」

「切り離したらこういう能力も失っちゃうんだね。面白いなぁ」


 ハッピーが母さん以外からこうやって駄目出しされてるのは新鮮だなぁ。僕じゃ彼女の体の使い方は理解してあげられないから、感覚が似てるひとの話を聞けるのは貴重だね!

 早速席に着いて歓談といきたいところだけど、まずは持ち込んだ物を渡しちゃおう!


「今日は招待してくれてありがとう! これ手土産。ちょっと食べ物の好みが分からなかったから、綺麗な花を選んだんだ。受け取ってくれる?」

「勿論。ありがとう」

「わぁ、ありがとう。こっちにも花はあるよ。人間から贈り物を貰うなんて初めてだからドキドキしちゃうね」


 手土産に選んだのは花屋さんで売ってたアエニーラのブーケ! 前にレティーシアが屋敷で咲いてたって言ってた花だね!

 花に込められた意味なんかは知らないんだけど、明る過ぎない落ち着いた赤色がふたりに似合うかなって思って買ってみたよ! 今は擬態しているから少し見た目の印象が変わっているけど……うん、可愛らしさと強さを併せ持った彼女達にピッタリだね!


「……そんなに心の中で褒められると照れる。この体、気に入った? なら帰りにいくつかあげる」

「本当にね。そんなに褒めても眼球くらいしか出せないよ。いる?」

「手土産を喜んでもらえたのは嬉しいけど、部屋が一杯になりそうだからお返しは遠慮しておこうかな。ここ、座ってもいい?」

「うん。テーブルに人間を観察して用意した食べ物を並べてある。色々と話したい事はあるけど、まずは行儀や礼式を気にせず自由に食事を楽しんで欲しい」

「ありがとう。約束した時からずっと楽しみだったんだ」

螟ア遉シ縺励∪失礼しまーす


 着席してテーブルの上を見ると、白いお皿に載ったステーキ(?)やパン(?)やサラダ(?)やケーキ(?)がとっても美味しそうに盛り付けられて並んでいたよ! 血を薄めたような何とも言えない色をしているお茶(?)もいい香りで、何一つ既知の物が無いワクワク感! 味から食感まで全てが楽しみだね!

 食器も普段使ってる物に近い形をしているから扱い方を練習しなくてもすぐに食べ始められそう! 先ずはお茶を一口……うん、おいし……おいしい! ステーキは……あ、これはまだ動いてる感じかな? 鮮度がすごいなぁ! サラダの植物達も極彩色でありながら光と影をどんどん吸収してる! 食感はサクサクしてて……いや、違う。ショマショマ、かな。ショマショマとした勇ましくも朧げな食感!

 肝心の味だけど、どれもちょっと信じられないくらい美味しい! 既存の概念を何周も通り越した先にあるような美味しさ! 頭の中が弾けるみたいに多幸感が溢れ出して、脳が次の一口を求めて自動的に手を動かしてるのが分かるよ! 飲み下す度にどんどん体の感覚が鋭くなって、味が鮮明に、より深くどこまでも広がっていくね! 一口、また一口と食べ進めていくにつれて美味しさと満足感が加速度的に増加していって、脳の許容量を超えた悦びが全身に駆け巡って意識を塗り潰していくよ!

 多分だけど、どれか一皿でも持って帰ったら争いの原因になるだろうね! そのくらい美味しい!




    ◆ ◆ ◆




「──いやぁ、美味しかったよ。ありがとう!」

縺秘ヲウ襍ご馳走様讒倥〒縺でした。励◆縲ゅ↑なんだか、繧薙□縺懐かしい九∵≒縺九@味がしました

「喜んで貰えて嬉しい。これ、全部私が用意したから」

「『母胎』さんが? すごいすごい! 料理ができるひとって憧れちゃうなぁ」

「ふふん。ちなみに、『子飼い』は全然駄目だった」

「それ今言う……? いいじゃん、私は他の事に能力使ってるの!」


 料理を食べたら勝手に溶けて消えるお皿に驚きつつも食事を終えて、お茶っぽい液体を飲んで一息ついたよ! 美味しい飲み物もそうだけど、仲の良さそうなふたりの会話を聞いてると心が温まるね!

 こんなにも素晴らしい場を設けてくれたふたりには幾ら感謝してもしきれないよ!


「わざわざ手間を掛けさせてごめんね。本当ならこっちがお礼しないといけない立場なのに」

「いやいや、礼だなんてとんでもない。あれは私達の敵だからね。寧ろ迷惑をかけてしまって申し訳ないくらいだよ」

「敵……あぁ……敵、ね。……実はその事でさ、一つ話があるんだよね。相談というか、質問というか」

「ん、何かな? 私は特にあいつらには詳しいから何でも聞いてよ」


 丁度いい話題になったから、少し前から気になってた事を聞いてみようかな! 

 ハッピーに目配せしてから『子飼い』さんに体ごと向き直ると、その間も彼女は上機嫌に微笑みながら僕の言葉を待っていてくれたよ!


「この前、助けに来てもらった日に僕達が戦ったあの白い翼の女性ってさ、本当は悪魔なんかじゃなくて────天使、だったんだよね? 僕達は天使を……倒しちゃったんだよね?」












「うん。そうだけど?」

「あ、やっぱりそうなんだ」


 天使。あのお伽噺や教典によく出てくる善良な神様の遣い。人に寄り添い、人の幸せを願う慈愛の徒。

 あの時、邪教の人達に呼び出された悪魔だと僕が思っていた相手は、実はそういう存在だったらしいんだよね! 人生本当に何があるか分からないなあ!


 地下牢から出してもらった時にレティーシアが言っていたんだけど、むかし国内のどこかで好奇心旺盛な人達が邪悪な存在を呼び出した事があって、今回の騒動はその時の記録を何らかの手段で手に入れた邪教の人達が当時の儀式を再現しようとしたのが発端らしいよ! それに失敗して天使が出てくる理屈はよく分からないけど、邪教の人達が儀式の再現に失敗したっていうよりは、昔に邪悪な存在が召喚された事自体が偶然だったんじゃないかと僕は思うね! 昔の魔法とか召喚術って安定性無かったみたいだし!

 まぁ理由はどうあれ、僕達は天使をやっつけちゃったわけ! でもそれは別にいいんだよ、ハッピーの敵だったから。

 問題はその後なんだよね。


「問題はその後……? もしかして援軍が来たりした? あいつ、主神との繋がりを保てないような顕現の仕方をしていたし、元の世界に要請なんかは出せなかった筈だけど」

「すぐ行く。私が全部穢してあげる」

「あ、違う違う。追加で天使がやって来たとか、そういう事じゃないんだ。ただ、本人がちょっとね……」

「本人?」

「これは見てもらった方が早いかな。もういいよ、出てきても」


 僕が声を掛けると、すぐ後ろの何も無い空間から光の柱が降り注いできたよ! 僕が光魔法を使ったみたいに見えて格好良いね!

 その光の中からゆっくりと舞い降りてきたのは、白を基調とした法衣みたいな薄手の服を身に纏った長身の女性! 艷やかな銀の長髪が光を反射しながら美しく靡いてるのと、徐々に高度を下げながら閉じた目を開いていく仕草からは上品かつ厳かな雰囲気を感じるね! よく知らない人が見たら教典に出てくる女神様と見間違えちゃうかも!

 着地すると同時に完全に目を開いた彼女は、すぐに『母胎』さんと『子飼い』さんを見つけて僕の体を引き寄せたよ!


「──遅ぇよ! ガキ、無事か!? 早く俺の後ろに隠れろ! おい、『尖兵』も何ボサっとしてやがんだ、図体デケェんだから壁になれ! ガキが変なモンに影響されたらどうする!?」

「うるさ」

「なにこれ」

 

 そう、現れたのはあの日に戦った天使そのひと!

 相変わらず神聖過ぎる外見から放たれる荒々しい口調のギャップが凄いんだけど、戦闘中だけじゃなくて普段からこうみたいだから個人の性格なんだろうね!

 ちなみに彼女にはちゃんと名前があって、フィリエルさんっていうらしいよ! ハッピー達は個体名が無いっぽいからフィリエルさんも同じかと思っていたんだけど、どうやら天使は違うみたい!

 一度話し合いをしたハッピーとは面識があるからいいとして、『母胎』さんと『子飼い』さんは彼女を見たらもっと驚いたり警戒するかと思ってたんだけど……意外と淡泊な反応だね! 最初に一瞬顔を顰めただけで、今は擬態すら解かずに椅子に座ったままフィリエルさんの様子を観察しているよ!


「なんだろう、女神の使徒……って呼ぶのはもう適切じゃないね。性質が変わってしまってる。成り損ないの……ゴミ?」

「すかすか。何もない。興味が湧かない」

「……口の悪ィ奴らだ。相変わらずムカつくな」

縺医∞窶ヲえぇ……?


 『母胎』さんと『子飼い』さんから散々な評価を受けたフィリエルさんが悪態をついているけど、天使に詳しい『子飼い』さん達が言うからには本当にそうなんだろうね!

 あの時、草刈り鎌でフィリエルさんの使命や繋がりを断ち切ったのと同時に『母胎』さんがドス黒い何かや血肉を飽和するまで注ぎ込んで自壊させたんだけど(天使には堕天させられないようにそういう仕組みがあるらしい)、やっぱり武具屋さん一人の恨みじゃ足りなかったのか不死性だけ少し残っちゃってたんだよね!

 とはいっても黒く染まって抜け落ちた翼はもう生えてこないし、神聖な力も完全に失ってハッピーの血跡すら浄化できなくなってるし、イメージとしては単純に大量の魔力を持ってるだけの一般人? 一般召喚獣? 一般魔物? そんな存在になっちゃったって感じかな!


「その認識で大体合ってるよ。そいつはもう私や『母胎』と同じ次元にいない。私達に何の影響を及ぼす事もできない。人間でもないし、存在として心底どうでもいいかな」

「そうなんだ。よかったよ、争いの種にならなくて」

「心配ならちゃんと最後まで擦り潰してあげる。持って帰って皆で嫐る」

「そこまでは別にいいかな。ハッピーの敵になり得ないのなら僕としては望む事はないよ。それに本人と話してみて分かったけど、とても優しくて真っ直ぐな良いひとだしね」

「ガキ……」


 僕の話を聞いたフィリエルさんは一瞬驚いたように目を見開いて、その後すぐに心から嬉しそうに微笑んだよ! 絵画になりそうな神々しい光景だね!

 何かに祈るように胸に手を当てているまではよかったんだけど、そのまま感極まったように抱き着いてくるのはやめてもらってもいい? 何も見えないから。


「いいんだ。今の俺が何者かなんて関係ねぇ。俺は俺自身の願いを叶えるために──お前を苦痛から解放するためだけにここに居るんだ。ガキ、お前はもう十分に頑張った。後は全部俺がやってやる。これからは愛情と安寧の中で幸せに生き続けるんだ。俺が不変の閉鎖空間を用意する。他に何も考えられなくなるまでずっと愛して、祝福して、気持ち良さと多幸感で満たし続けてやるからな。もう立ち上がったり、言葉を話したり、何かを考えたり……そんな重労働は必要ないんだ」

「なんか不快」

「やっぱり人間の進化を阻害してるのってあっち側だよね。苦痛と狂気で刺激するやり方が正しい」


 フィリエルさん、間違いなく善い存在ではあるんだけど、度々こうやって変なテンションになっちゃうのが玉に瑕なんだよね。落ち着いている時は言葉遣いに反して本当に人格者なんだけど……天使として持っていた人間に対する母性や慈愛心みたいなものが残ったりしているのかな?

 一応加減してくれているのか抱き締められてても苦しくはないんだけど、それでも全然抜け出せそうにないね! 体力には自信がある方なんだけど、こうしてるとこの空間で一番非力な種族なんだって否が応にも思い知らされるよ!

 ハッピーの知り合いと顔を合わせる機会なんて中々無いんだし、話が進まないからそろそろ離してほしいかな……と思っていたら、テーブルを挟んだ向こうで『母胎』さんの気配が膨れ上がっていくのを感じたよ!


隧ア縺ョ騾比クュ愈目に障る。縲るが鬲疾く去れ


 話が進まない事に苛立ったか、擬態を解いたらしい『母胎』さんが体の割れ目から粘肉と共に太い管を突き出してフィリエルさんを弾き飛ばしたよ!

 咄嗟に僕から離れたフィリエルさんの反応速度も、あの衝撃をモロに受けて体がバラバラになっていない防御力も流石は元天使だね!


 新鮮な空気を吸って椅子に座り直した僕は、遠くに転がっていくフィリエルさんを見ながらお茶みたいな液体を飲んで一服したよ!

 彼女はなんかもう……好きに生きてくれたらいいと思う! 何もしてないのに急に異世界に呼び出されて、翼をがれた上に元の世界に戻れなくなったって考えると普通に可哀想だよね。本当に祝福が必要なのは彼女の方だよ。

 人間が好きみたいだし、暫くは色んな国を旅して気分転換するのもいいんじゃないかな。

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