悪魔

 やあ、僕の名前はヘレシー! 迷子の生徒を避難させるために追いかけていた僕は、学園の西端に建っている塔の中で久しぶりにジェイド君に会ったんだ!

 家の用事か何かでずっと休んでいたのに学園の危機に駆け付けてくれるなんて流石は貴族だよね! でもここでは避難するように声掛けするだけだから僕だけで十分だし、ジェイド君は空を飛べる守護獣がいるんだからゴーレムの方を手伝いに行くべき……だと思ったんだけど、何故かこっちに突っ掛かってきて面倒だったからハイドラに任せて後回しにしたよ! 状況を考えてね!


 今は丁度階段を登りきったところ! 地上階の天井の高さから予想はついていたけど、次の階層まではかなりの段数があったね! 畑仕事で足腰を鍛えていなかったら息切れしていたかも!

 次の階層にはすぐに広間への扉があって、これも塔の入口と同じく一部が壊された状態で開いていたよ! 横から少しずつ顔を出して扉の中を覗いてみると、広間の真ん中にある魔法陣を黒装束の人達が囲んでいるのが見えるね! 間抜け面で視線を上に向けているみたいだけど、みんなで一体何を見ているのかな?


「や、やった……! やったぞ! 邪神様が降臨なされた!」

「我々の祈りが通じたのだ! 今こそ世界に破滅を! 我々に救いを!」

「あれが邪神様……なんとお美しい……」

「えっ」


 急になに? 邪神? 破滅? 神様いるの? だとしたら、あんまり人間の主観で変な呼び方をすると失礼になるからやめようね!

 僕も広間に入って天井を見上げてみると、そこには純白の翼を広げている人型の存在がいたよ! 白を基調とした法衣みたいな服装がよく似合っていて、神話やお伽話に出てくる聖者様みたい! 軽く後光も差してるね!

 外見はすごく清らかで美しいんだけど、見てるとすっごく嫌な感じがするし、本能的な忌避感で鳥肌が立っちゃうよ! そういうところが邪神って言われちゃう原因なのかな?

 神様っていうには何かが足りてない気がするけど、危険で嫌な感じがするのは間違いないね! 多分早く帰ってもらった方がいいよ!

 というか、そんな存在を意図的に召喚したっぽい黒装束の人達もかなりヤバいよね。普通に犯罪でしょこれ。この緊急時に何やってくれてるの? 僕、ここに避難誘導しに来ただけなんだけど?


「jajajajajajajajajajajajajaja!!!! ジャ。シーシーシー。hee……aa……あー、こうか」


 あ、翼の生えた存在が何かと波長を合わせるような声を出してるね。

 もしかして話し掛けてこようとしてる? 知性のあるタイプかぁ。


「jajajaja……! そうだ、俺が邪神だ! さあ人間よ、天使を殺せ! 女神を殺せ! そして俺に穢れと血肉を……いや、やっぱ無し。冗談でも気持ち悪ぃわ。オエッ」


 あ、意味の通る言葉が聞こえてきた。綺麗な見た目に反して言葉遣いが乱暴なのがちょっと面白いね!

 うーん。なんとなく嫌な感じがして、よく分からない事を語り掛けてきて……こういう存在の事を昔どこかで聞いた覚えがあるんだけど何だったかな。少なくとも善良な存在ではない気がするよ!


「ハァー、ここは……相当な低次元みてぇだな。どんな理由かは知らねぇが、俺を呼び出したのはお前達か。ご苦労ご苦労。丁度時間が必要だったんだよ。ほんとウンザリだわ。あのクソの『尖兵』共も、『母胎』も」


 言葉は通じるようになったけど、具体的に何を言っているのかは理解が難しいね!

 人間に何かを告げる時は威厳だけじゃなくて話の解り易さも重要だって故郷の神様も言ってたよ! ほら、黒装束の人達も困惑してる!


「『子飼い』もこんな低い次元まで見に来ねぇ。潜伏して様子を見るのも悪くねぇか。おい、テメェら。今から……そうだな、少なくとも千年程度はこの世界を維持しておけ。そしたら望みのものをくれてやる」

「は……せ、千年……? あの……邪神様、今すぐに世界を滅ぼして下さるのでは……」

「あ? 馬鹿な事言ってんじゃねぇぞ。人間なんてのはな、何も知らず、何も考えず、その瞬間までのうのうと生きていればいいんだよ! 【永く穏やかな人生を】! jajajajaja!!」

「な……? どういう事だ……!?」

「こんなもの、我々が求めていた終末と違う! あれは邪神様ではない!」

「私達は一体何を喚び出してしまったのだ……!?」


 えぇ……? なんか悪い人達と召喚された存在の間で揉めてるんだけど? 話がややこしくなるから認識の擦り合わせくらいは円滑に済ませてくれないかなぁ。

 つまり黒装束の人達は邪神を呼び出そうとしていた悪い人達だけど、その邪神を呼び出すのに失敗して思っていたのとは違う存在が出てきちゃったって事?

 ……じゃあ、あれ何?


「分からねぇか? これは契約だ。たった千年の安寧で永劫の『救済』が得られる……こんなにも旨い話はねぇよなぁ!?」


 綺麗な声でなんだか詐欺師みたいな事を言っているけど、もし本当に神様なんだとしたら回りくどい会話なんてせず先に力を示すよね? 

 ……あっ、思い出した。人間を丸め込むような甘言ばっかり言ってて、変な要求をしてきて……あれって故郷で前に聞いた『悪魔』とかいう存在なんじゃないかな? 耳触りの良い言葉で契約を迫って、その直後は幸せになれたとしても結果的には破滅させちゃうっていう怖い存在。

 姿が清らかで美しく見えるのも、自分を神聖な存在だと思わせて人間の警戒心を解くための擬態だとすれば辻褄が合うよね。そうして心の隙間に入り込んで危ない契約を結ぶ……みたいな!

 悪魔の契約には世界への強制力が伴うらしいから、内容によっては本当に世界が滅亡しちゃう事もあるだろうし、黒装束の人達が召喚したかった相手としては意外と惜しい存在かも知れないね!


ヲヲ謨オ縺ァ敵です、縺吶√繝ヘレシーャ繧キ繝さん。縺輔s縲る顕現します

「へ? あ、うん。いいよ」


 状況が想定外過ぎて頭を悩ませていたら、ハッピーが珍しく有無を言わせない様子で出てきたよ! 空間の裂け目からズルリと落ちてきて勢いよく潰れる肉々しい体と、血液と共に弾け飛ぶ肉片が眩しいね!

 地上階ではギリギリ姿を隠すのが間に合ってジェイド君から見られずに済んだけど、今は沢山の人の前で顕現しちゃったからもう開き直るしかないよ! 床に付いちゃった血なんて後で掃除したら良くない?

 それにしてもハッピーがここまで強引に顕現するなんて珍しいね! 僕と同じくあの悪魔に嫌な力を感じ取ったのかな? 敵を見定める能力は僕なんかより彼女の方が遙かに優れているから信頼しているよ!


「なんだこの揺れは! うおっ!? 肉の塊……いや、人……間……? ひ……!」

「まさか本当の邪神様が……!? っ、違う……違う! なんだ、この溶けた……う……おえ……」

「ひいいっ! 来るな……! 来るなああああああああっ!!」

「が、が……あひ、あが、あが」


 あー、黒装束の人達が腰を抜かしたり口の中に手を捻じ込んだりしながら壁際に逃げていってるね。やっぱり王都の人ってホラーが苦手なんだなぁ。

 それにしても妙に反応が大きい気がするけど、これって意図的に怖がらせていたりはしないよね? 放っておいたら全員大変な事になりそうなんだけど。


縺医▲縺ィヲえっと……窶螟壼多少はー代?蠖髻影響して縺励※縺励∪しまっている縺縺かもヲ縺?k縺九bしれません。縺励縺縺帙今はかなりs縲ゆ翫威圧して?縺九↑繧雁ィいるので……


 威圧……あっ。……でも大丈夫大丈夫!

 こうなったのも元を辿れば変な存在を召喚した黒装束の人達のせいだし、今は自分の身を守らないといけないもんね! これは正当防衛だよ!


「尖……兵……? お……おい、なんでこんな次元に『尖兵』がいやがるッ!?」

「え、なに?」

「クソッ、罠か!? 待ち伏せて各個撃破だと……? チッ、腐れ肉団子風情が変な知恵つけてんじゃねーよ死ね!」


 ハッピーの姿を見て暫く固まっていた悪魔が我に返って騒いでるんだけど、もしかして知り合いだったりする? 僕が言えた事じゃないけど、友達は選んだ方がいいと思うよ!


窶ヲヲどうゥ縺?〒縺励でしょう。g縺??ょ代↑少なくとも、縺上→繧個の私のゅ?∝?九記憶には?遘√?險俶縺ありません。?縺ォ縺縺ゅj……ですが、縺縺帙s敵だって窶ヲ窶ヲ縺縺吶いう事だけは′縲∵雰縺分かります


 あ、そういう感じなんだ?

 でも大体分かったよ! ハッピーの敵って事は僕にとっても敵だからね、一緒に頑張ろう!


縺ゅ……j縺後→縺ありがとう?#縺悶>縺ございます。セ縺吶?ゅ☆縺すみません、ソ縺セ縺迷惑を帙s縲掛けて∬ソキ諠代しまって


 いやいや、これは黒装束の人達が悪いだけでハッピーのせいなんかじゃないよ! 呼び出したのも被害を受けそうになっているのも人間だからね!

 でもあの悪魔が敵だとして、どうやって対処すればいいのかな? 一応は召喚獣っていう扱いだろうし術者に確認せずに攻撃するのはマズいと思うんだけど……当事者の人達はもうまともに会話できそうにないしなぁ。その辺りの法律とかってどうなってるんだろう? 勝手に攻撃したら捕まったりする?


「……いるのは『尖兵』だけ、みてぇだな。の相手なんて一体だけで十分だってか? 舐めやがって……! 【不浄なる存在に滅却の光を】ッ!」


 おー、悪魔が呪文みたいな言葉を唱えたら、上から金色掛かった光の柱が差してきたよ。室内なのに。

 ただでさえ白い翼と法衣で清らかな外見だったのにそれっぽい光まで呼び出して最高に神々しくなった悪魔は、こっちを睨みつけたまま光の中に手を入れてその中心部を握り潰したよ!

 悪魔の手元で爆発した強い光が瞬時に広がって、空間全部を染め上げて……あ、これマズいかも──。


「ハッピー!」


 光の眩しさに顔を庇いながら咄嗟に隣を見た僕の目に入ってきたのは、拡散した光に貫かれて、泡立つように膨張して破裂していく家族の姿。


「jajajajajajajajaja!!!! 見たかクソッタレ! 孤立させた程度で俺を喰い殺せると思うなよ! 死ぬのはテメェだ! 死ぬのはテメェなんだッ!!」


 上から彼女を嘲るような笑い声が降ってくる。

 僕の足元に残ったのは、肉片の入り混じった赤黒いスープのような水溜りだけ。


 なるほど。これは確かに敵、だね。

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