第3話

「気がついた?」


 目を覚ますと、知らない黒髪の女性が私を見ていた。


「ここ……は……?」


 顔を横にすると、女性が安心したように身を引いて椅子に腰を下ろす。


「ここは、保健室よ」


 ああ、この人は、保健室の先生だったのか。

 利用したことがないから、知らなかった。


「どうして……?」


 体を起こそうとして、手で制される。

 だけど、そうされなくても、体はまるで疲れ切ったかのようにだるく、起き上がれそうになかった。


「まだ寝てなさい。あなた、美術室で倒れてたんだから」

「倒れ……」

「今は放課後の部活動は禁止のはずだけど、あなたはどうしてあそこに?」

「それは……」


 言えるはずもない。


「もしかして、噂の君?」

「なっ……え……どう、して……」

「キャンバスに、噂と同じ人物画が描かれていたから」

「あ……」


 そうだった。


「ごめん、なさい……」

「いいのよ」


 安心させるように、先生が私の頭を撫でてくれる。


「いい絵だったわ。ちゃんと完成させてあげなさい」

「……はい」

「ただし、禁止令が解除されてからね」


 微笑む先生に、私も思わず笑みを浮かべてしまった。


「あなたみたいに、また倒れた人が出たって報告をしたら、期間が長引きそうだけど……」

「それは……ごめんなさい……」

「ん~、私もそのせいで、夜の巡回に駆り出されちゃってるし……」


 つくずく申し訳ない気持ちになる。


「まぁ、報告はしないから、今日はゆっくりここで休んでなさい」

「え? でも……」

「私も、今日は当直で、定期的に校舎内を巡回しなきゃいけないのよ」

「それって……」

「そう。噂の君のせいね」


 やっぱり。


「もし、あなたのように倒れている子がいて、それを見過ごしてたら大問題になるからって、理事長も人使いが荒いわよね」

「ごめんなさい」


 さっきから謝ってばかりだ。


「仕方ないわ。閉鎖的な女子だけの空間では、そういったも起こるし、おまじないとか、オカルト的な、今なら時代遅れと言われるようなことも流行るものよ」


 たしかに、そうだ。


「私のときもそうだったから」

「先生は、卒業生だったんですか?」

「そう。あなたの制服、羨ましいわ。私は今の制服に変わる前だったから、どうも時代遅れで野暮ったく思えてたの。まぁ、それが世間様には、いかにもお嬢様に見えたから、受けはよかったのだろうけど」

「私は、昔の制服もいいと思いました……」

「知ってるの?」


 そう訊かれて、しまったと思った。


「あ、はい……スマホで」

「ああ、今はもう、なんでもスマホで検索できるものね。なんだか、時代に取り残されたような気分」

「先生だって、まだ若いじゃないですか」

「ふふ、そう見える?」

「……はい」


 先生は、どこか野暮ったく見えるが、よく見るとキレイな人だ。


「寮長とは昔からの知り合いだから、連絡して口裏を合わせておいてあげるわ」

「ありがとうございます」

「今日は、ここでゆっくり休みなさい」


 先生が立ち上がり、掛け布団を直してくれる。


「ご迷惑おかけします」

「いいのよ。夜は長いから」


 にこっと微笑み、先生がデスクの方に戻る。

 私は、その後ろ姿を見送りながら、安心したのか眠ってしまった。


            ※


「あ~、もしもし、由良ちゃん。ワタシワタシ」

『ワタシワタシ詐欺ならお断りよ』

「待って待って切らないでよ~。もう、由良ちゃんのいけず~」

『……で、どうしたの?』

「いや、ただ休憩中。人ってずっと夢見てるわけじゃないから、強制的に追い出されちゃうんだよねぇ」

『私は寝ているところを起こされたのだけれど?』

「ごめんって。でも、声を聴きたかったから」

『そんなことを言われたら、電話に出ないわけにはいかないわね』

「ありがと。大好きだよ、由良ちゃん」

『あなたに寮のマスターキーを渡したけど、ほどほどにね』

「善処します」

『ちなみに、今日は誰の夢にお邪魔しているの?』

「うん。美術部の、え~っと――」

『柳瀬透子さんね』

「そう、その子。前から目ぇつけてたから、我慢できなくて」

『はぁ……そう分かったわ』

「ごめんね。また心配かけて」

『まったく、ここが全寮制だからよかったものを』

「またまたぁ~他人事のように言ってぇ~、そうしたのは、由良ちゃんの代からでしょ? いつか来る日のために、私のために」

『……ごめんなさい。私のせいで』

「なんで謝るの。むしろ感謝してる」

『永遠を誓い合っていたのに。私にはもう、魅力なんてないから』

「弱気だなぁ。そんなことないよ。ずっと、私は由良ちゃんだけを愛してるよ」

『でも、私は老いて、死ぬ』

「死ぬまで愛してる。誓ったじゃん。いや、誓わされたのか。それまで、私たちの愛は永遠だから」

『それでも、私はもう、あなたに与えることができない』

「仕方ないって。だから、ここの子たちを与えてくれたんでしょ?」

『心苦しいけれど……あなたのため、だから』

「そんな由良ちゃんだから、好きなんだよ」

『でも、ほどほどにね。電話を受けるたびに、嫉妬で身を焦がしそうなんだから』

「ごめんごめん。まぁ、私にとっては食事みたいなものだから」

『私がつくった料理より、若い子がつくった料理を選ばれてるような気分』

「拗ねないでよ。由良ちゃんと出会えたから、今の私がいる。本当に、愛してるのは由良ちゃんだけ」

『……朝には、戻ってくる?』

「うん。日が昇る前には、することして、帰るから。待っててね」

『うん……待ってる』

「じゃあね、由良ちゃん。おやすみ」


 電話を切り、ベッドで眠る女子生徒を見やる。

 全寮制で、ひとりにつき、ひと部屋。

 生徒にとっての魅力のひとつであり、私にとっても好都合。

 夢を見た影響でどれだけ声を上げても、誰にも聞こえない。

 眠ったところを見計らい、安心しきって眠る夢に入り込み、することする。

 どれだけ淫らなことでも、夢のなかだから、少女たちに実害はない。

 まぁ、少しだけ生気も一緒にもらうから、翌朝はだるくて、貧血のような症状も出るけれど、それを夢みたせいだと言うこともできず、少女たちは堅く口を閉ざす。

 

「さっ、そろそろ次の夢を見る時間かな」


 掛け布団をはがし、女子生徒の全身をあらわにさせる。

 その姿だけで、ごくりと喉がなる。

 さっきの夢の影響で、体が火照り、寝間着が肌に貼りついている。


「さっきの続き、見たいでしょ?」


 女子生徒に覆いかぶさるように四つん這いになり、その耳元に顔を近づけた。 


「もっと、もっといいことしてあげるから」


 そして、私は女子生徒と身を重ねた。


            ※


 五十年前。


「私は、東堂由良。理事長の孫娘よ。将来、この学校を統べる存在」


 伝承で淫魔、夢魔と呼ばれていた私は、由良と出会った。


「私があなたを庇護してあげる」


 女性型でありながら、男ではなく女性しか魅了できないはぐれ者の私に魅了される女性などいなかった。

 だけど、やっと出会えた。


「だから、永遠を誓いなさい。私を生涯に亘って愛すると」


 由良は私の正体を知った上で、受け入れてくれた。

 私は、由良を魅了し、私もまた、由良に魅了された。


「私が死ぬまで。そう――」


 そして私は愛を知り、由良と永遠を誓ったのだった。


「死が二人を分かつまで」

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死が二人を分かつまで 天瀬智 @tomoamase

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