第8話 尻にしかれるも幸せ ※グレイグ視点
「何かしたい」
ご令嬢が公爵邸にきて半年。
視力は戻らないものの体の運動機能が回復したことで旦那様は退屈を訴え始めました。
思わずご令嬢とソフィアと顔を合わせてしまいます。
最近こういう日が増えたな思います。
ご令嬢は公爵邸に馴染んでいらっしゃるようで、特に護衛騎士のレダと家政婦長のソフィアと会話するときは笑顔が見られるようになりました。
残念ながら私にはまだ緊張なさるようです。
このような、眉尻を下げて困ったような表情を見せるようになったのは最近のことです。
ご令嬢、心の中でもお名前で呼ぶのは憚られるので『ご令嬢』と呼んでいるのですが、ご令嬢と初めてあったときには驚きました。
容姿は旦那様のご婚約者様とそっくりなのに、雰囲気がまるで違うのです。
くじ引きで負けてご令嬢を迎えに行ったレダ卿の戸惑った顔の意味が直ぐに分かりました、いえ、ご婚約者様を知っているためレダ卿よりも理解できていたでしょう。
「寝るのも飽きた、何か仕事をさせてくれ」
そう言って仕事を強請る旦那様の呑気さにはため息がでてしまいます。
「何だ、そのため息は?」
ため息も出ますよ。
忠誠を誓った先代公爵様の忘れ形見で、生まれた頃から見てきてお仕えしてきた旦那様が瀕死の重傷だったのですから。
城の医者もサジを投げるほどで、藁にもすがる気持ちで今までの屈辱全てを呑んで治療をお願いした聖女のご婚約者は「こんな怪物なんてごめんよ」と悪態をついて去っていく始末。
王家の槍としてさんざん旦那様を利用しておいて、何もしてくれない国に恨む気持ちを募らせながら、伝手を駆使して回復薬を手に入れて旦那様の命の灯を守り続ける日々。
亡き奥様のご友人だったという隣国の彼の方の手助けにより国王が動き、半年もたってようやく王命が下って聖女様がくると聞いたときは「今さら」と思いもしました。
正直言って期待していませんでした。
私は泣きながら旦那様の死に水を……と想像したのに、今はとても元気いっぱいです。
目も見えないくせに「何かしたい」「何かしたい」と煩いほどに。
「公爵閣下、グレイブ様のお仕事は書類が多いのですから目の見えない公爵閣下には難しいと思いますよ」
ふんわりと優しく、でもズバッと遠慮なく『無理を言わないように』と諫めてくださるご令嬢は本当に素晴らしい方です。
この方に会ってから二ヶ月間も警戒を解かなかった愚かな自分を叱りつけたい気分です。
これについてはソフィアや他の古参の使用人たちと『反省会』という名の飲み会を開催しております。
ソフィアときたら最初は『近づくな』オーラを出していましたからね、反省する内容も多いらしく大量のお酒を消費していきます。
こんな会を開いているのは実は私たちだけではありません。
一番規模が大きな会は『ラシャータ様は変わったのかもしれないと思う会』です。
この会の参加者にはご婚約者様の被害に遭った侍女が多く、それゆえにご令嬢に対する警戒心が強かった者が多いのが特徴です。
しかし、さすがはご令嬢です。
ご令嬢からしてみたら使用人に丁寧に接するという当然のことをしただけなのですが、ご婚約者が基準だったおかげでご令嬢の株は連日ストップ高。
彼女たちもご令嬢が誰か、誰かと具体的ではなくてもご婚約者様とは違うと理解できたのでしょう。
でも認めるわけにはいけません。
これは私たちも同じことです。
その結果、私たちが出した結論は『ラシャータ様は魔物に洗脳されて別人になった』というもの。
なんと、
この話をご令嬢も耳にしたようで、真剣な顔で「人間を洗脳する魔物がいるというのは本当ですか?」と聞いてこられたときは腹筋が限界まで頑張りました。
この様子を見ていた者が幾人もいたようで悪ノリ……いえ、信憑性をもたせるために『ラシャータ様は変わったのかもしれないと思う会』は使用人控室に祭壇を作り、菓子や花など供物を捧げているとのこと。
この供物は『ラシャータ様は変わったのかもしれないと思う会』の親睦会で毎夜会員たちの胃に納められているようです。
一応この件については旦那様に報告しましたが、「その様子が目に見えるようだ」と笑えない冗句をかましながら大爆笑していました。
久しぶりに聞く坊ちゃまの笑い声に古参の使用人は感動し、その日の『反省会』が大層にぎわったのは言うまでもないでしょう。
大量の花で飾られ、置き場所に苦慮して床にまで置かれた大量の菓子たちのことを報告されたアレックスは大爆笑した。
久しぶりに聞く坊ちゃまの笑い声に使用人一同は感動し、これもラシャータを洗脳した魔物のおかげと供物は増加。
結局、祭壇を取っ払う機会を逸したため、その習慣も祭壇もまだ残っている。
「それではソフィアの仕事を手伝おう」
旦那様の言ったことにソフィアの頬がぴくっと動きましたが、ソフィアが動く前にご令嬢が動きました。
「公爵閣下は何ができるのです?」
「タオルを畳む?」
「それは衣類担当の大事な仕事です。目の見えない公爵閣下にタオルの端を合わせることはできないですよね」
「モップ掛けなら」
「モップ掛けを舐めていらっしゃるのですか?モップ掛けは端から端までしっかりと、角は特に念入りに。一筋でも拭き残しがあったらどれだけネチネチと嫌味を言われるかご存知ですか?」
思わずソフィアと並んで拍手をしてしまいました。
それにしても厳しいモップ掛けの心がけです、伯爵邸で使用人代わりとして働かされていたのでしょうか。
「家事を舐めてはいけません。皆さまプロなのですから、下手に手を出したらひっぱたかれても文句は言えませんよ」
「分かった、分かった。部屋で大人しく横になっているよ」
「そんなにお暇でしたら本を読んでさしあげますわ……あ、忘れていました。公爵閣下、ご領地にいらっしゃる弟君の話をしてくれませんか?」
あ、先ほどご令嬢には言いましたが旦那様に報告するのを忘れていました。
「ケヴィンのことか?なぜ?」
「再来月いらっしゃるとグレイブ様から聞いたのですが」
「申しわけありません、ご報告を忘れておりました。先ほどご令嬢が仰ったとおりです、ケヴィン様が再来月こちらに来るそうです」
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