第7話 うっかりに要注意

「閣下、体のどこかに痛みなどの異常を感じますか?」

「いや、目が見えないことを除けば異常は全くない」


 国王が公爵家に派遣したお医者様は公爵閣下の言葉に頷き、まだ光は灯さないもののキズが癒えた閣下の赤い瞳をのぞき込みます。


「様子見ですね。眼は体の中でも特に複雑な部位ですし。魔法を使うときに色が変わるなど魔素の影響も受けやすい場所です。閣下は今回のことで体内の魔素のサイクルが乱れてしまったので元に戻るのに時間がかかっているのではないでしょうか」


 なるほど、お医者様の言葉はためになります。



「聖女様、あなたの力は素晴らしいですね。私は閣下が運ばれてきた直後に治療にあたりましたが何もできませんでした。何もできることがなかったといってもよいでしょう。公爵家が回復薬を買い集めて閣下の命を繋いでると聞いたときは医者の限界、力不足を痛感しました」


「死にさえしなければ治ると聞いていたが、死にかけで体験してその力のすごさを実感したよ」


 死にさえしなければ。


 閣下に悪気がないのは分かりますが、思わず頭に浮かんだ映像に傷んだ胸を抑えます。

 私にはかつて助けることができなかった大切な存在ものがいます。



「……じょ様、聖女様」


 お医者様の声に沈みかけていた思考が一気に浮上しました。


 よほどボンヤリとしていたのでしょうか。

 心配そうなお医者様の視線が気になったので、こういうときは笑って誤魔化します。



「どこか具合でも?」

「いえ、大丈夫です」


「しかし、聖女様はずっと閣下の治療に励んでいたと聞きます。よく見れば少し疲労の気配もありますし、私でよければ診察させてください」


「いえ、そんなお医者様の手を煩わせるなど」

「いえいえ、もちろん私の力など聖女様のお力には到底及びませんが」


 何でしょう。

 謙遜しているように聞こえますが、妙な圧を感じます。



「あの……聖女といっても私は普通の人間なのですが?」


 思わずでた私の言葉に公爵閣下が笑います。


「なんと。医師殿は我が婚約者を実験動物にするおつもりだったのかな?」

「い、いえ、そんなわけありませんよ」


 お医者様の焦った様子がコミカルで思わず笑い声がでました。


 公爵閣下の顔が私のほうをジッと見ます。

 見えていないと分かっていても、赤い瞳に自分が映ることに気恥ずかしさがあります。



「グレイブ、お前の目から見ても我が婚約者殿は疲れていそうか?」

「そうですね、お元気なように見えますが見てもらったほうが安心ですね」


「では診てもらおう。医師殿、頼めるか?」

「もちろんです。聖女様、お手に触れても大丈夫ですか?」


 お医者様が手を出したのですが、その勢いがすごくてちょっと引きます。


「お医者様に診ていただくなんて初めてでちょっと緊張しますわ」

「初めて、ですか?」


 いけません。


「お城のお医者様に診ていただくなんて初めてですわ。聖女の力のせいか、あまり風邪もひきませんし」


 これは本当です。

 私だけでなくラシャータ様も基本的に風邪をひきません。


「聖女の力は血に何か意味があるのかもしれませんね。力を持つのも直系の女児のみですし」

「そうかもしれませんね」


 話している間に緊張が抜けたのでしょうか。


 さっきまでの気負う気持ちはなくなって、お医者様がさっきからずっと出して下さっていた手の上に私は手を置きます。



「少しでよいので魔力を流していただけますか?もちろん聖女の力でも構いません」

「は、はい」


 また緊張してきました。

 流せと言われて魔力を流すのは初めてです。



「ほっほっ、体がじんわりと暖かくなりますな」

「そうなのですか?」


「いや、これは気持ちがいい。聖女様、もう少し流す魔力を増やせますか?」

「魔力を増やすことはできますが、どこか治したいところを言っていただいたほうがやりやすいです」


 お医者様は私の言葉に「ふむ」と頷いて、


「それでしたら膝を治していただきたいですね。あ、このことは陛下には内緒でお願いしますね。陛下も肩こりが酷いと仰っていて、治す薬はないと毎日ストレッチを頑張っていただいているのです」


「ふふふ、分かりました」


 国王陛下の顔は知りませんが、豪奢な衣装を着た方が一生懸命体を伸ばす姿を想像するとおかしくなります。


 膝……膝……



「おや、聖女様は魔力を使われるときは瞳が桃色になるのですね」



 お医者様の言葉に私の放出していた魔力が霧散し、それを言い訳にして私は急いで瞳に変化魔法をかけます。


 私とラシャータ様は一卵性双生児のようにそっくりですが瞳の色は違います。

 

 ラシャータ様の瞳は伯爵夫人と同じ琥珀色、私はピンク色。

 伯爵邸に飾られている肖像画を見ましたが、お母様もピンク色だったので私たちはお互いにそれぞれの母親の色を継いだのでしょう。



「私の瞳が琥珀色と言うことは知っていますが、魔法を使うときに自分の目を見たことがないので色が変わるかどうかは分かりませんわ」


「失礼いたしました。夕日が反射して赤色を帯びて見えたみたいですね」


「いいえ、お気になさらないでください」



 うっかりしていたわ。


 公爵閣下の目が見えないから良かったものの……気をつけなくては。



 私は《ラシャータ》だからここにいられるのよ。

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