第5話 知ることから始める

「まあ、こんなところにこんな本が」


 公爵閣下が寝ている間に読む本を探しに図書室に来たら、『フレマン侯爵家の滅亡』を見つけてしまいました。


 後ろに控えているレダ卿が反応したのが分かります。

 レダ卿は優しいのでラシャータに気を使っているのでしょう。



 フレマン侯爵家の滅亡にはスフィア伯爵家が濃く関与しています、というか、ほぼスフィア伯爵家のせいです。


 当時のフレマン侯爵の次女が自分の娘と塔から飛び降りて心中し、自分の娘といえど貴重な聖女を殺害した罪でその生家であるフレマン侯爵家は爵位を返上させられて没落した話は有名です。


 自殺理由などはいろいろ言われていますが、真実も嘘も混じり合っているのでしょう。


 何しろ当時死んだと言われる聖女レティーシャ、つまり私がこうして生きているのですから。


 なんで生きているのなんかは知りません。

 当時三歳でしたから。


 ただ年齢を重ねて少しずつ状況を理解し、十歳の頃、好奇心が強くなっていた時期であることもあって伯爵に母の自殺理由を自分がこうして生きている理由を聞いたことがありました。


 返ってきたのは「生意気を言うな」という叱責と強い平手打ちでした。


 いま思えばあの頃の私は愚かでした。


 知りたいことがあるなら正面から伯爵に聞いたりせず、こっそりと情報を集めればよかったのです。


 スフィア伯爵家で起きたことですから使用人たちも真偽あわせていろいろ情報を持っていました。


 フレマン侯爵家が没落したことも、『フレマン侯爵家の滅亡』という本があって禁書扱いされていることも、全て集めた情報です。



「あの、本当にこの本を読むのですか?」


「ええ、興味があるの」


 自分の父が死に追いやった者のその後を知ろうなどと悪趣味と思われるでしょうか。

 でも、知りたいのです。


 噂では爵位返上して平民になったと言われていますが、実際には爵位を返上する前に公爵夫妻と彼らの娘たちが姿を消しています。


 これは伯爵の名で取り寄せた公的資料で分かっています。


 姿を消した理由には推察がいくつかありましたが、どれも決定打に欠けていたのは、侯爵家は代々優秀な文官を排出してきた堅実な家門であるため誰かに恨まれているとは考えにくいこと、そして王が派遣した騎士たちが侯爵邸に到着したときにはただの留守だと思うほど整然としていたからです。



「フレマン侯爵夫妻の長女はどこにいるのか分かっているのですね」

「隣国の王族に嫁いでいますからね。我が国も勝手にふるまうことはできないのでしょう」


 いまこの時点で所在が唯一明らかなのは侯爵夫妻の長女、つまり私の伯母にあたる方です。


 伯母は我が国からの問いかけについては当時から変わらず今も「何も知らない」と応え続けているそうです。


 たった一日で人が跡形もなく消えたフレマン侯爵家の話は都市伝説のひとつだとか。


 爵位の返上前に姿を消したことで侯爵邸を召し上げることもできず、管理者がおらず廃屋と化した侯爵邸はオカルトマニアの聖地となってもいるそうです。



「聖女レティーシャの呪い……ですか?」

「オカルトマニアたちが推す説ですよね」


 レダによると彼らが主張するこの説はオカルト好き以外の支持も集めているそうですけれど、これが事実ではないことは本人である私が一番知っています。


 でもそうなると『国を恨みながら一族全員が自殺した』説や『他国に逃げて国王の暗殺や国家転覆を謀っている』説が有力なのですが……ピンときませんわ。



 そもそも私はお母様を恨んでいません。


 お母様は伯爵がを「便利な聖女」として利用することに気づいていた気がするからです。


 母の勘と言ったら笑われてしまうでしょうが、実際に伯爵に今まで便利な聖女として利用され、いまこの瞬間も利用されているので私は笑うことができません。




「お食事の時間ですよ」


 レダの声にハッと顔をあげると、レダの向こうの窓から見える空は真っ暗です。

 読書に夢中になってしまいました。


 

「失礼いたします」


 部屋に入ってきた侍女長の押すワゴンからは美味しそうなニオイがして、思わず鳴りそうな腹部をそっと押さえました。


 ワゴンの上にはパン粥がふたつ。


 通常は赤ちゃんや病人向けの食事ですが、公爵家の料理人が作ったものなので見た目や味はもちろんのこと栄養バランスも申し分ないそうです。



 公爵邸の食事を初めて食べたときは感動しました。


 伯爵邸の別邸というのも烏滸がましい掘っ立て小屋で育ち、食事は材料が週に一、二回配給される仕組みだったため、私の食生活は量も味も妥協の連続でした。


 変化魔法が使えるようになってからは本邸の厨房に忍び込んで調味料を拝借し、こっそり味の向上を目指しましたが私の腕前ではさほど美味しくならず。


 本当にプロってすごいですわ。



「本当に旦那様と同じ食事でよろしいのですか?」

「ええ……ほら、新しいドレスを買うために減量したいので」


 疑うような侍女長の目に急いで理由を追加します。


 粗末な食生活を送っていた私は食事が病人食であっても全く不満はありません。

 しかし侍女長からすれば健康な私に病人食を提供するのに抵抗があるようであるようです。


 でも、これについては譲れません。


 私が進んでパン粥を食べるのはスプーンひとつで食べられるからです。


 貴族向けのフルコースなどは食べたことがないのでマナーが分からず、ラシャータ様ではないと気づかれる可能性があります。



「それに、とても美味しいのよ。臓器を傷めている公爵閣下のために丁寧に作られているのが分かります。丁寧なお仕事ですよね」


 公爵閣下の体内の瘴気による穢れは内臓にも及んでいます。

 そんな閣下を思いやってしっかり煮込まれた牛肉は口の中でほろりと溶けるほどに柔らかいのです。



「分かりました、お嬢様はどうぞこちらに。旦那様へのお食事は私が手伝います」

「ええ、ありがとう」


 公爵閣下の食事の介助はしません。

 常時監視役の騎士がついていることから、私はこの家にとって信用ならない人物だからです。


 貴族は高位になるほど食事に気を使います。

 あの伯爵だって毒味役がいるくらいですから。



「お嬢様のために料理長がチーズ増量にしたそうです。いつもよりお熱いので、お気をつけてお食べください」

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