第3話

-2ヶ月後

 雨の季節が終わったある日の放課後。校庭で部活に励む人達を教室から眺めながら、一人時間を潰していた。


 君と恋人関係になって変わったことは特になかった。強いて挙げるならば、家族以外に初めて携帯の連絡先が追加された事ぐらいだろうか。


 付き合ったことはクラスの人にも家族にも言うことはしなかった。けれど、いつも君と二人でいるのにその理由を全く聞かれなかったのは、みんな大方察していたせいなのだと今になって思う。


 ある日、生まれつき身体が弱かったことを伝えられた。さらに、ここ数ヶ月で更に不調が出るようになったことも。あぁ、それであんな中途半端な時期なのかと僕は納得した。綺麗な空気をしているここなら少しは静養できるだろう。


 こんな田舎町なので遊ぶ場所は無いに等しかった。それでも、都市部から引っ越してきたという君にとって、この豊かな自然に囲まれた町は新しい体験ばかりだったのだろう。嬉しいことに僕には日に日に君が元気になっているように視えた。



 足に伝わってくる軽やかな振動が僕を記憶の旅から引き戻した。


「体育館、使っていいってー!」


「え、絶対無理だと思って了承したんだけどなぁ」


「はいはーい、行くよー?」


 軽やかな振動が再び遠ざかっていく。


「……君らしい」


 僕は半分呆れながら誰もいない教室でそう呟く。当然、その言葉を拾う人は誰もいなかった。



 ボールが跳ねる振動が心地よい。狭い体育館で君はバスケをしていた。君はボールを二回ほど衝くと勢いよく走り出した。あまりにも素早いドリブルに自然と声が漏れる。ゴールが近づくと君はボールを手に高く飛ぶ。手から離れたボールはリングに吸い込まれていった。綺麗にシュートを決めた君は僕に向かってピースサインをしてきた。


「すごいな。身体の調子、良いんじゃないか?」


「最近はね。前なんか運動できなかったんだから」


 へぇ、と心の中で呟きながら転がってきたボールを眺める。


「そんなど真ん中で寝てないでそらも動いたら?」


「いーや、僕は見てるだけで十分です」


「ちょうどボールもあることだし、一回やってよー」


 そこまで言われて僕は仕方なく上半身だけを起こす。しばらくゴールを見つめどうするか考えた後、僕はボールを片手で軽くゴールに向かって投げた。バスケットボールは綺麗な弧を空に描きながら、一切の音を立てずにリングに落ちた。君に目をやると、瞳を大きく見開いたまま固まっていた。うっそー、と何やブツブツ言っているように見えた。


「君、美術部よりバスケ部に入った方がいいんじゃない……?」


「耳が聞こえないからコミュニケーションが取れないんだよ」


 僕は肩をすくめて再び体育館に寝転ぶ。


「あーそっか…………てか変わったよね、空」


 短い沈黙の後、君はそう言葉を呟く。


「んーどうだろ。元が案外こんな感じなのかも。ほたる以外と喋ったことほぼ無いし」


 他の人とも喋ったらいいのに、と君が顔を下に向ける。幸い、寝転がっていたお陰で口の動きはよく見えた。何故だか少々暗い雰囲気になってしまったのは気のせいか。


 窓に目を向ければ徐々に日が傾き始めている。そのタイミングで、ふと疑問が生まれた。何故、平日なのに体育館が使えるのか。外の部活は普通に活動しているし、文化部だって活動している。全校生徒の少ない学校ではあるが、体育館種目はそれなりにある。なのに、何故今日に限って……そこで僕は思考をやめた。


「考えすぎか……」


「どうしたのー?」


「いや、何でもない。そろそろ時間だし帰ろう。送ってくよ」


 ボールを片付け、えーーっと駄々をこねる君の手を取り体育館を出る。空にはもう月が顔を出していて、僕らを照らしていた。


 他愛のない話をしながら歩を進める。こうして一緒に帰るのは何だかんだ初めてだった。歩いていると看板の貼り紙が視界に入ってくる。君も気になったのか、立ち止まってしばらく見つめていた。


「あ、お祭りあるんだって。えーっと、九月末かぁ……遠いなぁ」


「夏休みもあるし案外あっという間じゃないかな。行く?」


「……行こ! 行きたい!」


 目を輝かせる君に自然と笑顔になれた。


「あ、ここまでで大丈夫だよ! ありがとね」


「そう? じゃあ、また明日」


「うん。また、明日……」


 君と別れの挨拶を交わし、背を向け歩き出した。何やら君の言葉の歯切れが悪かったのは気のせいか、そう思って振り返っても既に君の姿は見えなかった。しかし、僕はそこでおかしなことに気づいた。


「あれ、この先って……」


 この道は一本道で、歩き続けると神社にたどり着く。この付近で唯一の神社だからこの町に住んでいる人なら誰でも知ってる。祀られている神様の名前はすっかり忘れていた。数ヶ月前まで何も無く周辺には森しかないはずなのに、いつの間に一軒家なんか建ったんだろうか。そう思いながら僕は二ヶ月後にある祭りを楽しみにしながら家に帰った。


 見上げれば空には星が弱々しく輝いていた。








 次の日、君は学校に来なかった。 

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夏の終わり、君は花火と散っていく 甘木 @kiritania1003

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