いっぱいの愛をこめて

やぁやぁいらっしゃい。君もすっかりここに馴染んだね。順応性が高いってやつだ。でもね、慣れた頃っていうのが一番怖いんだよ。慣れたからって油断してると、果物ナイフで手を切っちゃったり、大事な台詞が頭から飛んじゃったりするからね。語り手としては落第点だ。


なにぶん、ここは色んなお話で溢れかえってるからさ。何か大切なものがなくなったら、もう見つからないかもしれないよ?大切なものはちゃあんと覚えておくことだ。世の中、大切なものほど手の隙間からするりと抜け落ちてしまうものだからね。


うんうん、今日はとびきり良い前置きだね。さすが私!よし、それじゃあいつもの約束だよ。あ、こら!私の台詞がまだでしょう?慣れたからって適当にしないの。全くもう!


良いかい?慣れた時こそ丁寧に、だよ?これを忘れちゃあいけない。


よし!じゃあ気を取り直して約束だ。お話を1つ聞いたら、ちゃあんとお家に帰ること。うんうん。やっぱりこうでなくっちゃ!それじゃあ始めよう。こほん。


今宵お聞かせしますのは、とある小さな街のお話。ガラクタでできた、ガラクタだらけの街のお話。

人は慣れた時ほど大切なものを失うものです。こぼれた花は枝に帰らず、割れた鏡は元に戻らず。私どもは、本公演で発生しました物品の盗難、紛失に関していかなる場合も責任を負いかねます。また、失せ物届は一切受け付けておりません故、皆様なにとそ、お手元にはご注意を!それでは開演でございます!


あの街へ、私から胸いっぱいの愛をこめて。





『ガラクタの街』


昔でもなければ今でもない、あそこでもなければここでもない。いつでもない時間のどこでもない場所に、忘れられたものが流れ着く街があった。ガラクタだらけの街があった。


その街にはなんでもやってきた。ある時は枝から落ちた花が、ある時は白い破片が、ある時はピカピカのおもちゃと手鏡が。そしてこの日は、とある迷子の女の子がやってきた。


"なんでもやってくる"とは言っても、この街に迷子の女の子が来るなんて初めてのことだった。前代未聞ってやつだね。だからガラクタたちはあれやこれやと相談しながら、綺麗な服を着たその女の子を迎え入れた。


ガラクタたちはその子を歓迎するだけでも一苦労だったんだ。何せ街にあるのはガラクタばかりだったし、その子はずっと泣いていたからね。それにね、ここにいるのはガラクタばかりだ。忘れられたものが流れ着く街。ここはそういう場所さ。


人間の女の子が住める場所はそんなになかったから、ガラクタ達は女の子を、街の真ん中にある銀色のクジラのお腹に住ませることにした。泣いてばかりの女の子に、ガラクタ達は不慣れなりにとても優しくしてくれたよ。布きれや紐をかき集めて替えの服や靴を作ってくれたり、街を案内してくれたりね。


不器用だけどとても優しい人たちだった。彼らは割れたコップや鉄の板でガチャガチャの音楽を奏でて、錆びた声で陽気な歌を歌ってくれた。女の子は少しずつ元気になった。


元気になった女の子は、ガラクタ達に色んな恩返しをした。先の曲がった針で布を繕ったり、取れた部品を探してあげたりした。すぐに女の子は街のみんなと友達になった。ガラクタばかりの街だったけれど、女の子はとても幸せだった。一緒にガラクタ集めをして、一緒に悪戯をして、一緒に叱られて。


「こんな毎日がずっと続けばいいのに」って、そう思っていたよ。


でもね。やっぱりそうはいかなかったんだ。ある時とっても困ったことが起きてしまった。ガラクタの街で過ごすうちに、女の子は昔のことや自分自身のことを少しずつ思い出せなくなっていることに気付いたんだ。あの時は本当に恐ろしかった。


何せここはガラクタの街だ。忘れられたものが流れ着く街だ。そんな街で暮らしているわけだから、女の子が自分のことを忘れていくのも、ごくごく自然なことだった。


今はまだ大丈夫かもしれない。でも、いつか本当に自分のことを忘れてしまったら、私はどうなってしまうのだろう。女の子はそう思った。


女の子がそのことをガラクタたちに打ち明けると、みんなは凄く驚いた。ガラクタたちは何かを忘れることなんてなかったからね。でも女の子は人間だから、色んなことを少しずつ忘れてしまうんだ。記憶とは不便なものさ。私はみんなとは違う。記憶は、ずっと残り続ける記録とは違うんだ。この時は心底つらかったよ。本当にね。


ガラクタたちは一通り驚いた後、女の子のお家に集まった。そう。あの銀色のクジラのお腹の中にね。彼らと女の子はクジラのお腹にぎゅっっっと集まって、話し合いをした。本当に色んなことを話し合った。今までのことや、これからのことを。


次の日ガラクタたちは、布きれや、木や、石、ボロボロの紙なんかを集めに街中を走り回った。それから銀色のクジラを直して、女の子を乗せる船にした。それと、女の子のために1冊の本もこしらえた。本と言っても、ガラクタを寄せ集めて作ったか本だからさ。ページはツギハギでシミだらけ。表紙はボロボロだった。おまけに石や木の板でできたページもたくさんあってね。とっても不格好な本だった。それでも、本当に素敵な本だった。


それから女の子は自分が覚えている限りのことを語って聞かせ、ガラクタ達がそれを本に書き取った。どれだけ小さなことも、できるだけ全部ね。女の子が話し終わると、次はガラクタ達の番になった。1人ずつ立ち上がって、大きな身振りを交えながら自分の物語をみんなに聞かせた。女の子はできるだけ全部、それを本に書き取った。この街で過ごした時間を、みんなの物語を、絶対に忘れたくなかったんだ。全ての物語が終わる頃には、あんなにたくさんあったページがほとんど埋まっていた。


夜が明け、朝になった。みんなで街の一番端っこまで銀色の船を運んだ。その間も女の子はみんなと色んなことを話した。今までのお礼も、お別れの挨拶も、本当に色んなことを話したよ。


そうして街の端っこに着き、本を抱えた女の子は1人で船に乗り込んだ。女の子と1冊の本を乗せた船は走り出し、女の子はみんなに向かってずっと手を振っていた。街が見えなくなっても、ずっとずっと手を振っていた。それから女の子は船の中に入って、何度も何度もあの本を読み返した。自分の物語とみんなの物語を読み返した。あの街のことを忘れてしまわないように。





おしまい。『ガラクタの街』でした。ぱちぱちぱちぱち。ん?違う違う!これは私のお話じゃないよ。私だけの物語じゃあない。これは正真正銘、あの街の物語だ。『ガラクタの街』のお話。分かったかい?それじゃ、ちゃあんとお家に帰るんだよ?何か大切なものを失くしちゃう前にね。なんたって、忘れられるのは悲しいからさ。大切なものは手放さず、ちゃあんと覚えておくこと!またね。

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