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「……貴方の愛したカナリアさんは……もういないのよ」
一度固まり、訝しげな表情をしていたレオドルドの口元がフッと緩んだ。
しかしそこに笑みが浮かぶ事は無く、無感情の青い瞳に射抜かれて、カナは喉の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。
「何を言い出すかと思えば……面白い作り話だねカナリア。……全然笑えないけど」
仄暗い光を宿した瞳に自分が映っているのが見えて、恐ろしさに言葉が詰まってしまう。
それでも小さく震える身体と気持ちを叱咤してなんとか口を開いた。
「……信じられないのは、当然の事だわ。……見た目はカナリアさんだもの」
「……」
「でもそれは器であるこの身体が、カナリアさんだから。この身体に移った魂は、日本という別世界から来た別人なの」
「何を……バカな……そんなお伽話みたいな事、起こる訳が——」
「信じられないのなら、ゲネシス様に確認してみたらいいわ。アズとカナリアさんの友人である貴方になら、きっと教えてくれるでしょう」
ゲネシスの名前を出した途端、レオドルドの表情に笑みが浮かんだ。喜ばしいというよりかは嘲笑に近いように思われた。
「あぁ……君のその妄想は、あの魔術師の影響か……なるほどな……」
同じ学院だった筈だから知っているかもしれないと思って出した名だったが、逆効果だった。
作り話の時間稼ぎだったと思われてしまったかもしれない。
と、その時、ひとつしかない入り口の扉を、向こう側から三回ノックされた。
何かの合図だったのか、それを聞いたレオドルドが小さく溜め息を吐き出す。
「リア、どうやら時間のようだ。……とても残念だが、続きは向こうについてからにしよう」
そう言うと、あっさりとカナの上から身体をよけ、横たわったままのカナの腕を引いた。
ベッドに腰掛けた形になったカナの手は離さず、更に引いて立つように促してくる。
このままでは連れて行かれてしまうと焦ったカナは、それに抗いながら更に口を開いた。
「アズは全部知ってるわ。私が『かな』だって事も……カナリアさんが……既に亡くなっている事も」
無感情だった瞳が僅かに揺らいだ。
「カナリアさんの病気は誰にも治せないものだった」
「そんな事はない!!」
初めてレオドルドが声を荒げる。強い口調にビクリと肩が跳ねたが、カナは揺れる瞳を真っ直ぐに見つめた。
「いいえ。誰にも治せなかった。……彼女は『魔力浸潤症』という病だったの。それも彼女の身体を蝕んでいた魔力は四元素のどれにも当てはまらない闇属性。……それを突き止めてくださったのがゲネシス様なのよ」
「……カナリアが、魔力浸潤症? まさか……闇なんて聞いた事もない! そんなの」
「闇という属性が存在する事を知っていたのは、王族だけ。だから……誰にも分からなかったの」
レオドルドはとても信じられないといった様子で、小さく首を振りながら混乱する頭をどうにか落ち着けようとしているようだった。
「この国で闇の魔術を使えたのは、二百年前に実在した魔術師唯一人。……カナリアさんは、その召喚術を研究していた魔術師の、末裔だった」
「……」
「カナリアさんが天に召されたその日、私も事故に遭ったの。私も向こうの世界で命を落とし、彼女によってこの世界に呼ばれた……」
「……嘘だ……信じない……」
それはそうだろう。
信じろと言う方が無理な話だ。それが愛した女性なら……この世で一番大切な人なら尚更だ。
「私には夫がいたわ。……結婚して、まだ一年だった」
健の笑顔が思い出された。今でも鮮明に思い出せる。
彼の声も温もりも、抱き締められた時の腕の強さも。
今はもう、思い出として心に留められるまでになった。
それもこれも、アズベルトが側で支えになってくれたからだ。
「私は夫を失った。その悲しみを乗り越えられたのは、アズが支えてくれたから。カナリアさんの想いだけ受け継いで、『かな』として生きて良いと言って側にいてくれたから」
不安気に揺れるブルーアイを、しっかりと見つめる。
「私はアズと生きると決めたの。彼を愛しているから。カナリアさんの分まで——」
そこまで言ってハッとした。
夢でカナリアに会った時の事を思い出したのだ。
そうか……
きっとあの時、彼女が言おうとしてたのは…——
「カナリアさんの分まで……アズを愛し続けるわ……」
「それを聞いて私が諦めると思ったのか?」
「!!」
暗い光を取り戻した瞳が細められた。
強い力で腕を引かれ、カナの身体が引き寄せられて行く。
目の前にレオドルドの顔が迫り、首には彼の大きな手があてがわれている。
「何故それを話した? それで解放されるとでも思ったのか? 信じる証拠は? 愛するカナリアを奪ったお前を殺すかもしれないとは考えなかったのか?」
冷たい手が首を絞める力を強めてくる。
が、カナはレオドルドを見つめたまま抵抗をしなかった。身体はまだ、小さく震えている。
「……私には貴方の気持ちが良く分かるから……」
「……は?」
「……レオの、カナリアさんに対する想いは嘘じゃ無いと思うから……だから、私も嘘で応えたくなかったの……」
「……っ……」
アズ……ごめんね……
「それで気が済むなら好きにすればいい。例え名前を変えられても、身体を奪われたとしても……私の心は絶対に渡さない」
レオドルドの顔が苦痛に歪んでいく。
カナの告白と決意に、半信半疑ながらもショックを隠し切れない様子だった。
拘束を解くと、力無くベッド崩れ項垂れるように座っている。
カナはベッドから降り、少し距離を取ると、握られてジンジンと痛む手首をさすった。
とその時、開けたままの窓から馬の嘶く声と蹄の音が聞こえて来たのだ。
「……アズ……?」
急いで窓へと駆け寄ると外を見た。
馬に乗って誰かが来たのは分かったが、誰かまでは良く見えない。
一瞬レオドルドの仲間かもしれないと思うと、恐ろしくて声が出なかった。
「カナ!!! 何処だ!!」
響き渡るように名を呼ぶその声に、一気に涙が込み上げてくる。
それ以上開かない窓を恨めしく思いながら必死に叩いて叫んだ。
「アズ!! アズここよ!!」
「カナ! 無事か!! すぐに行く!!」
そう叫んで建物の中へと消えて行く。
「アズ!! アズ……っ……うぅ……」
来てくれた事への安堵と、見つけ出してくれた嬉しさに、膝から崩れそうになるのを懸命に堪えた。
姿がはっきり見えた訳ではない。声を聞いただけだったが、心細くて不安だった気持ちが、一瞬で安堵に変わってしまった。
彼の姿を追って振り返ると、直ぐ側にレオドルドが立っていてビクリと肩が揺れる。
ホッとしたのも束の間、ぐっと距離を詰められ、一気に冷たい汗が流れ落ちる。
「……れ、お……」
こちらを見下ろす青い瞳には、やはり何の感情も読み取れなかった。
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