クラス転移?っていうのに遭いましたが子供の頃に故郷の村で結婚した神様も付いてきてくれてたのでなんとかなりそうです

にゃー

鈴鳴様と風音ちゃん

 

 ──風音かざねはね、鈴鳴すずなり様に気に入られたのよ──


 子供のころにお母さんに言われた言葉が脳裏に浮かんできて、ついつい、これもしかして走馬灯ってやつかなぁなんて思ってしまう。朝のホームルームの真っ最中、教室を包み込んだ眩しい光が視界を真っ白に染めて。めまいのような感覚に襲われた次の瞬間には、わたしたちクラスの全員が、知らない場所に立っていた。



「────成功だ!良いぞ、こんなにも多くの勇者候補が!!」



 中年くらいの男性の声で、そんな言葉が聞こえて。石畳の広い部屋の中でわたしたちは、昔テレビで見たどこかの王城の近衛兵さん?みたいな格好をした人たちに囲まれていた。


 

 ──ここはアルドミニスタ王国で、わたしたちが元いた世界とは別の世界で、魔王っていう人ならざる存在が人類を脅かしていて、それに対抗する為に国王の命で魔術師部隊が勇者候補召喚の儀式を行って、それでわたしたちは今ここにいて、魔王を倒したら元の世界に戻れて、これから戦力としての程度を測るためにステータス?とやらをチェックする。


 一時間くらいかけて、そんな感じのことを厳めしい顔付きの男性──近衛兵さん改め魔術師さんたちの隊長さん──にばーっと説明されて今に至るわたしたち。クラスのみんなは主に、混乱してる人、怖がってる人、何やら興奮してる人の三パターンに分かれていて、わたしは混乱してる側。担任の新元にいもと先生なんかはもうパニック一歩手前な感じで、片側おさげをふるふる揺らしながら落ち着きなく体を揺らしてる。眼鏡もずり落ちそう。初めての担任クラスでこんな訳の分からない事態に巻き込まれて、可哀想といえば可哀想だ。先生がそんなだからみんなも纏まりがなく、何となくいつも固まってるグループごとに身を寄せ合っていた。

 ……わたしは、お喋りくらいはみんなとできるけど特定のグループには混ざれていない、微妙な立ち位置にいたりする。まあ田舎から進学校に出てきた口だし。なんだかどうも、会話のテンポがちょっとズレてるみたいだし。


「──風音、大丈夫?」


「うーん、どうだろう?」


 で、どのグループにも属してないけどどのグループとも仲良くできる、言わばみんなから一目置かれてる系女子なちゆりちゃんが、いつの間にやらすすっと隣に立っていた。こんな異常事態でも、切れ長で理知的な眼差しはいつも通り。肩から流れるブラウンの髪をちょっと巻き込みながら腕を組むポーズがとてもさまになっている。すらっとスレンダーで、“たぬき顔”とか“太ってはいないけどなんか丸っこい”とかよく言われるわたしとは大違いだ。

 横並びに二人で「このように、開けと念じる事でステータス一覧を開示できます」「……おお、ホントだ!」「RPG風異世界ね完全に理解したわ」「意味分かんないホントに意味分かんないもうやだあーし帰りたい」「だ、大丈夫みっちゃん、私が付いてるから……っ」「では前の方から順番に確認していきますので」等々やりとりするクラスメイト&魔術師さんたちを遠目に眺めつつ。


「ちゆりちゃんはこの状況、理解できてる?」


「まぁ、混乱はしてるけど……言われた事と今されてる事は概ね」


「おぉ、凄い」


「ソースはラノベと漫画とアニメだけどね」


 いわく、日本人が異世界にお呼び出しされてなんか凄い力に目覚めて大活躍ーっ……みたいなお話は最近じゃ珍しくもないらしい。まさにわたしたちみたいに学生がクラスまるごとーっ……みたいなパターンもよくあるんだとか。さながら今の状況は、それが実際に起こったかのようなもの。


「テンション上がってる奴らも多分、そういうの知ってての反応なんでしょう」


「事実は小説よりも奇なり〜ってやつだ」


「今のところはむしろ、あまりにも小説通り〜って感じだけど」


 それでも無闇にはしゃいだりはせずに周りを観察してる辺り、流石はちゆりちゃん。ついて行けてなくて本当にただ眺めてるだけのわたしとは大違いだ。

 ただまあ、そんな中でわざわざわたしに話しかけてきたのは何故なんだろう。一応普段から、折りに触れ仲良くしてくれてはいたけれど……こういう時、ちゆりちゃんは無駄なことをしない気がする。悪く言うと、何か打算がありそう。ちゆりちゃんが誰とでも仲良くしてるのは、クラスの中で上手く立ち回る為だろうし。


 ──っていうことを正直に聞いてみる。そしたらちゆりちゃんは「いや正直過ぎ」なんてちょっと呆れつつ、更に一歩、身を寄せてきた。

 

「……風音、あんたのステータス──いや、あたしのを先に見せるわ」


名前:友田 ちゆり

種族:人間

性別:女性

年齢:17歳

レベル:1

スキル:『生存本能』『悪意感知』

 

 おおーこんな感じなんだ。半透明なパネル?もしくは立体映像みたいで、魔術がどうのっていうよりはSFチックな雰囲気もある。ああでも、レベルとかスキルって概念はゲームっぽいかな。

 しかしまあ、レベルとスキルでその人の能力だとかが決まるんだとしたら、いきなりこれ全部見せろはけっこう横暴じゃない?何ていうか、個人情報の開示を強要されてるみたいな。


「うん。戦力として召喚してるわけだし、そりゃ諸々把握しておいた方が向こうとしては扱いやすいんでしょうね。言いなりでいるのは後が怖いけど……とはいえ現状、嫌です見せませんとか噛み付いてトラブルを起こすのも得策じゃないし……」


 魔術師、っていうとそれこそファンタジーっぽいけど……雰囲気からすると王国の兵隊、兵科の内の一つみたいなもの。ちゆりちゃんのその言葉を聞いて改めて見回してみれば、確かに魔術師さんたちはみんな洗練された所作で、どこかわたしたちを警戒しながら動いているようにも思えた。


「まあそこは今はどうしようもないから置いといて……あたしのこの、『生存本能』ってスキルあるでしょ?」


「うん」


「こいつがねぇ、“あんたに付いてけ”って囁いてくるのよ」 


「え、スキルって喋るの?」


「ものの例え」


「だよねぇ」


 何か特殊な能力、みたいなものらしいスキル。ちゆりちゃんの『生存本能』は文字通り、何となく生き残る道が示唆されるような感覚的なもので、それが今、わたしに矢印を向けているらしい。っていうか文字といえば、これ日本語じゃないのにわたしたち当たり前に読めちゃってるね。


「これまたお約束、転移特典の自動翻訳チートでしょうね」


「手厚いサポートだねぇ」


 まあとにかくそんなわけで、ちゆりちゃんはわたしのステータスも見てみたいとのこと。わたしに何かすんごいスキルがあって、それに『生存本能』が反応してる可能性があるし、だとしたらこちらとしても、何も分からないまま魔術師さんたちに見せるよりも、先にちゆりちゃんと共有して少しでも考えを巡らせておいた方が良いように思える。幸いわたしたちは他のみんなより後ろの方にいて、手分けしてステータスをチェックしてる魔術師さんたちがこっちに来るまで、少しは時間がありそうだった。

 よし、そうと決まればさっそく──

 


「──おお!!これはかつての勇者様が振るったとされるスキル、『救世の剣』!?『剛力無双』に『魔導真髄』、『成長促進』まで!?素晴らしい、まさに勇者の再来だ……!!」


「──全くのスキル無し!?馬鹿な……召喚者が何の能力も有していないなど聞いたこともっ……!」



 ──と思いきや、あっちとそっちでほとんど同時に大きな声が上がったものだから、ついきょろきょろと目を向けてしまった。前者はクラスの中心人物、爽やかイケメンな倉崎くん。後者は……えーっと……そう、影虎さん。いっつも教室の隅っこで机に突っ伏して寝てる子。

 各々、二人のステータスをチェックしてた魔術師さんたちが、何やら驚いているらしい。良い意味悪い意味正反対で、倉崎くんは凄く期待を込められてるっぽい。一緒にいるキラキラ系の皆さんも「さっすが倉崎!」「倉崎くんと一緒なら安心できそう……!」とか盛り上がってる。影虎さんは逆に、魔術師さんたちから露骨にがっかりされていた。ちょっと可哀想。


「……風音、あの二人には極力関わらない方が良いと思う」


「そうなの?それも『生存本能』?」


「ええ。それと、ああいうのも一種のテンプレというか…………まあとにかく、触らぬ神に祟りなし、よ。今はそれより、そっちのステも見せて欲しいんだけど」


「あ、うん、そうだった。えっと」


 薄情かもしれないけど、正直今は他のクラスメイトにまで気を配れるほどの余裕はあんまりない。改めて自分のことに意識を向け直して……ステータス開け〜って念じてみると、わたしの目の前にもちゆりちゃんと同じような……



■■:■■ ■■

■■:■■

■■:■■

■■:■■■

■■■:■

■■■:

■■の伴侶



 ……同じような?


「……バグってない?」


「……ねぇ?」


 どういうわけだか、わたしのステータス一覧は文字が黒く塗り潰されてしまっていた。名前すら見えない。唯一読めるのは一番下の、〜の伴侶ってところだけだけど……


「風音、結婚してたっけ?」


「うん、してるよぉ」


「してるの!?!?」


「してるよぉ」


 冗談で聞いてきたっぽいちゆりちゃんが、もの凄く分かりやすくビックリしていた。ちょっと面白がりつつ、説明してあげる。


「わたし、実家がすんごい田舎の方にあってね?ちっさい頃、そこで祀られている神様に見初められて、婚姻の儀ー、みたいなことしたんだよねぇ」


「あっ、そういう。郷土風習的な………………いやちょっと待って。“ガチ”なのね?」


「おお、理解がある」


 あの日あの夜、わたしには本当に神様が……真っ白い和装束に身を包んだ、背の高い綺麗な女性の姿が見えていた。村のみんなは信じてはいたけど見えてはいなくて、神様を祀っていた祠の管理人さんですら気配が感じられるって程度だったけど……松明に照らされた美しい方──鈴鳴様はあの時、確かにわたしの隣にいてくれた。

 まあ流石にこんな話、特に都会に住んでる人なんかは信じられないだろうと思っていたから、進学してからは誰にも話さずにいたんだけど。


「異世界転移なんてファンタジーも実際に起こってるわけだし……」


 確かにこんな状況にもなっちゃえば、もう一つ二つ不思議な出来事があったっておかしくはないって考えにもなるかぁ。


「それに、『生存本能』がメチャクチャ警告してきてるのよねぇ」


「警告って……鈴鳴様は美人で凄く優しい雰囲気の神様だったよ?しゃらんって、鈴の音がとっても綺麗でね?」


 本当の名前は今はもう誰も知らないし、そもそも人が口にしてはいけないものらしい。だから代わりに、鈴の音と共に現れるから、鈴鳴様って。わたしも村のみんなもそう呼んでいる。怖い神様じゃないと思うんだけどなぁ。


「ふぅん、鈴鳴様ね……」


「うん、鈴鳴様はねぇ──」


「──では次に、そこのお二人も」


 ……なぁんてやり取りをしているうちに、一人の魔術師さんがわたしたちの方にまで来ていた。ステータス見せろーって顔で。これ見せても大丈夫なのかなぁなんて思う間もなく、開きっぱなしだったわたしのそれを勝手に覗き込んでくる。


「あっ」


「……何だこのステータスは!?た、隊長!!!」


 案の定びっくりして、隊長さんを呼びに行っちゃったし。ちゆりちゃんは隣で苦ーい顔してるし。


「思いっきり顔顰めてたわね。声も震えてたし。これはあんまり良くない事になりそうだわ……」


「だよねぇ……」


 流石に『生存本能』のスキルがなくたって分かる。ほらほら、隊長さんがのしのしやってきちゃったよ。今さら隠そうとしても揉めるだけだろうから、ステータスは出しっぱなしにしておくけども。


「君のステータスがおかしいと報告があった。確認させてもら──何だこれは……!?」


 で、やっぱり隊長さんも驚愕吃驚驚きMAXみたいな反応で。


「隠蔽スキルの類か?」


「いえ、少なくとも計測魔術はスキルの発動を検知していません」


「では或いは、召喚に伴って何らかのイレギュラーが……?いずれにせよ、より精密な調査が必要だな……」


 そう言うのとどっちが早かったか、隊長さんは有無を言わせない雰囲気でわたしの腕を掴んできた。流石に不躾が過ぎるんじゃないかなぁって、ちょっと困惑してしまって。


「え?え、ちょっと、あの──」


 

 その瞬間に、しゃらんって。鈴の音が一度、鳴った。


 

「っ!」


 聞き覚えのある、間違えるはずもない音色。隊長さんの手を払って振り向けば、そこには子供の頃に見たときと全く同じままの、美しい女性の姿が。


「──鈴鳴様……!」


 汚れの一つもない真っ白な、幾重にも重ねられた和装束。腰帯から下がった、一つだけの小さな鈴。それらの上に靡いて映える、長く真っ直ぐな黒い御髪。和風なヴェールのような被り物をしていて目元は伺えないけど、薄桜色の口元には、確かに微笑みが浮かんでいるように見えた。


「あぁ……!」

 

 ほとんど無意識のうちに数歩近づいて、すぐ目の前に立つ。


「鈴鳴様だぁ……!」


 あの婚姻の儀以外で、鈴鳴様がはっきりと見えることはなかった。鈴の音だけが微かに聞こえたり、髪やお召し物の端がちらりと見えた気がしたり、そんな程度で。都会に進学してからはもう、とんと。正直、あの日の婚姻は鈴鳴様のお戯れだったのかなぁなんて思ってしまうこともあった。だからこそ、ステータスに“伴侶”の文字があった時は嬉しかったし、今こうして、久方ぶりにそのお姿を見ることができて、もっともっと嬉しい。


「こんなところに連れられてきても尚、わたしを見守って下さっていたんですね……!」


 わたしの背が低いことを加味しても、鈴鳴様のお顔は頭二つ分以上高い位置にある。静かにこちらを見下ろしたまま、お召し物に負けないくらい白く、それよりもずっと美しい右手をゆっくりと持ち上げて。頬へ触れようとするその指先を、わたしは陶然とした気持ちで受け入れて──


「──何だこの化け物は……!召喚獣か!?死霊術か!?」


 すっかり存在を忘れてしまっていた、隊長さんの声に水を差された。


「……むぅ」


 化け物って……鈴鳴様、そりゃ目元こそ隠れてるけど、それでも凄く美しい顔立ちをされているってことは、ひと目見れば分かるはずなんだけど。あれかなぁ、別の世界だから、美醜の感覚も違うとか?ああでも、振り返って見た魔術師さんたちの表情は、何だかもの凄く強張っている。


 …… 

 …………って、え?見えてるのこの人たち?鈴鳴様のこと?これも魔術の力?


「……か、風音……鈴鳴様って、その化け──」


「ちゆりちゃんも見えてるの!?」


 なんと、ちゆりちゃんの目にもばっちり映ってるらしい。理由は分からないけど……とにかく同じ日本生まれ日本育ちのちゆりちゃんなら、鈴鳴様の美しさが分かるはず!


「ね、ね、鈴鳴様、とっても綺麗なお方でしょ?」

 

「綺麗って、なに言っ……ッ!!そ、うね。ええ、そう……っ、綺麗、だと……思うわ……」


「だよねぇ〜」


 ほらやっぱり、隊長さんたちの感覚がわたしたちと違うだけだった。だったらまあ、仕方ないのかな……?でも流石に化け物呼ばわりは失礼じゃないかなぁ……なんて思ってるあいだに、気が付けば当の隊長さんたちは、わたしから少し距離を置きつつどんどんヒートアップしていた。

 

「解析はまだか!!アンデッドか!?それとも死霊の類か!?」 


「どちらでもありませんっ!いえ、それどころかっ……あらゆる計測魔術が一切の反応を示していません……!!」


「アレが魔術ですらないただの幻だとでもいうのか!?そんな馬鹿な事があるか!!」


「ですが事実です隊長!!計測上、今あの空間には……!!」


「ええいクソ……!どちらにせよこの女が関係しているのだろう!!この醜悪で悍ましい容貌……悪しき存在には違いあるまい!!ただちに無力化、のち拘束せよ!!!」


 隊長さんがわたしを指さして、そうしたら魔術師さんたちも、強張った表情のまま一斉に視線を向けてきた。敵意とか害意とか、そういう、今までの人生では無縁だった強い感情を突然向けられて、思わず後ずさってしまう。なんで急にそこまで怒りだしたのか、理由が分からない。ステータスがおかしかったから?鈴鳴様がいるから?それだけのことで、どうしてそんなにわたしを睨みつけてくるのだろう。ただ分からなくて、恐ろしい。


「ぇ、ぁ……」


 さらには、ちゆりちゃん以外のクラスのみんなも、先生も、怯えてわたしから離れていって。指の先が急激に冷たくなっていく。足元が覚束なくなるような、そんな感覚。


「ぁ、あの……──っ!」

 

 けれども代わりに、しゃらんって、後ろからまたあのやさしい鈴の音が聞こえてきて。

 今度は振り向くよりも先に、背中から抱きしめられた。視界の端にふわりと写った白と黒が、わたしの心を落ち着かせる。暖かくも冷たくもない、けれども心地良く柔らかな感触に、体も心も包まれる。とくんって心臓が鳴って、指先に血が巡って。それに揺られたように、鈴の音がもう一度。


「──ぐ、あァァァっ……!!!……ク、ソッ……!音波攻撃かっ……遮断壁はどうなっている!?」


「四人がかりで発動中ですっ……!グッ……ですがまるで、っ、すり抜けているかのように……!!」


「く……ぅっ、我慢……我慢……!」


 隊長さんも魔術師さんたちも、ちゆりちゃんも……というか、この場にいる全員?みんなが耳を塞ぎなが苦しみ始めた。一度鈴の音が鳴ったくらいで大袈裟な……というかむしろ、鈴鳴様の鈴の音はこの世のものとは思えないくらい美しいんだから、そんな反応は失礼だと思うんだけど。でもどうも、わたし以外の人は不快に感じているらしい。


「さ、さっきから何なんだよあのバケモンはぁっ……!」


「怖い、やだぁ……!」


「音が、鈴の音が、ぁ──」


「うるさいっ……なんにも聞こえない……!?誰かぁっ……!!」


 周囲から上がる悲鳴を聞くに、ちゆりちゃん以外のクラスメイトたちも鈴鳴様を怖がっている様子。いや、声を上げられてるのはまだマシな方で、みんなも魔術師さんたちも恐慌状態というか……顔を真っ青にして、一人また一人と倒れていく有様。流石に何かおかしい気がしてちらりと首を捻ってみるけれど、すぐ目の前に見えたのはやっぱり、信じられないくらいに整ったお顔立ちだけで。誰が見ても綺麗な方だと思うんだけどなぁ。 

 

「ぐっ、クッ……ジャラジャラと鬱陶しい……!!」


 あ、隊長さんも膝をついてしまった。気が付けばもう、意識が残っているのはわたしとちゆりちゃんを合わせた三人だけ。新元先生も、倉崎くんも、影虎さんも、みんなみんな泡を吹いて倒れている。異様だ。何がそこまでみんなを怖がらせるのだろうか。っていうか鬱陶しいって、今は鈴の音鳴ってないけど。


「化け物を繰るっ……貴様は一体何なんだ……!」


 もう視線だけでこちらを射殺せるんじゃないかってくらいに鋭い眼差しの隊長さん。顔面は怖いほど青ざめて、声も体も震えているけれど……それでもまだ、わたしへ向けてくる敵意は確かなものだから、また少し足がすくんでしまいそうになる。それを察したのか、鈴鳴様がさらにぎゅっとわたしの体を強く抱き寄せてくれた。耳元に近づいた唇から無音の吐息が感じられて、それで何となしに(ああ、怒ってるのかな)って気が付いた。わたしが怖い思いをさせられたから、だから鈴鳴様が怒ってくれたんだって。


「うぅ、鈴鳴様やさしい……すきぃ……」


 お慕いしております、なんて畏まった言い方もできないくらい、きゅうって胸が高鳴った。周りに人がたくさん倒れてることも忘れて、胸元に回された鈴鳴様の御手に触れる。それでまた、しゃらんともう一度。


「ご……ガァッ……」


 どさって音と共に、隊長さんが顔から石畳に倒れていった。痛そう。同時に、鈴鳴様がわたしから体を離して、あっ……と振り向いたときにはもう、その姿はどこにも見えなくなっていた。


「……鈴鳴様……」


 ちょっとの寂しさと、いっぱいの喜びを籠めてもう一度名前を呼べば、また一度、しゃらんって鈴が鳴る。見えなくてもすぐそばにいるのが感じられて、ますます嬉しくなってしまう。


「────ふぅ…………」 

 

「おお、ちゆりちゃん」


 息を吐く音で、その存在を思い出す。唯一気絶しなかったちゆりちゃんは、全身を震わせながらもどうにかその足で立ったまま、憔悴しきった顔でこちらを見ていた。

 ……これ、もしかしてあれかな?美人が怒るとすっごく怖い、みたいな。人じゃなくて神様だけど。そう考えればまあ、こんなに麗しい神様がお怒りになられたら、みんな怖くなってしまうのも仕方ないことなのかもしれない。ああでもそんな、鈴鳴様がわたしの為にちょっとでも怒ってくれたんだと思うと、どうしても嬉しくなってしまう。あんまり困らせてはいけないって頭では分かってるんだけど、えへ、えへへへへ……!


「…………メチャクチャだらしない顔してるところ悪いけど。一先ず、ここから逃げた方が良いと思う」


「──えへへへへへ……へぇ?え、あっ……」


 そーれは…………そうかもしれない。魔術師さんたち──つまりこの国の兵隊さんも気絶してしまっているこの状況、あちらさんはたぶん鈴鳴様が……ひいてはわたしが危害を加えてきたと思ってるだろうし。実際には勝手に気絶しちゃっただけなんだけど、あの言いぐさや目付きを思い返せば、今更友好的な関係が築けるとも考えづらい。となるとちゆりちゃんの“逃げる”って言葉が得策にも思えてくる。どこに逃げるのって話でもあるけれども。

 

「ほらこっち」


 まだ青白い顔をしつつも、ちゆりちゃんは先導するように部屋の出口──両開きの重たそうな大扉へと向かっていく。


「……もしかして、ちゆりちゃんも一緒に来る感じ?」


「ええ。困ったことに“あんたに付いてけ”は今も変わってないのよね」


「そっかぁ。でも……逃げるったって、そもそもここはどこで、どこへ逃げれば良いんだろ」


「それもまあ、『生存本能』のナビゲートで何とかなりそう」


「わぁお。凄いね『生存本能』」


「ええ、どうやらあたしもチート能力持ちだったみたい」


 苦笑しながら、ちゆりちゃんは両手で扉を押し開ける。開かれたその先には、部屋と同じく石畳の通路が続いていた。薄暗いそこを、二人で見やる。


「あたしの第一目標は生き延びること。そして第二に、元の世界に戻ること。少なくとも、前者の為には風音と鈴鳴様の腰巾着でいるのが丸いわね」


「腰巾着て」


「……それくらい、謙らないといけない相手だったから」


 怒った鈴鳴様がよほど怖かったらしい。また怯えた目をしながら、ちゆりちゃんは言葉を続けた。


「風音が生き延びるうえでも、あたしのスキルは役に立つと思うわ。だから……」


 正直わたしはまだ、半分浮足立った気持ちのままというか。状況への困惑と、鈴鳴様にまたお会いできたことの喜びが混ざって、ふわふわしているというか。だからちゆりちゃんのような、地に足付いたしっかり者がいてくれると凄く助かるというか。ちゆりちゃんはちゆりちゃんでわたし……というか多分、鈴鳴様がいて下さる方が良いみたいだし。これはいわゆる、win-winの関係というやつではないだろうか。


「──うん、そういうことなら。よろしくねぇ、ちゆりちゃん」


 色々大変なことになっちゃったけど、一緒に頑張っていきましょう──そんな気持ちを込めて、右手を差し出す。


「あ、ごめん握手とかは無理」


「えぇ〜……」


「迂闊に触れたらキレられそう」


 鈴鳴様に、ということらしい。『生存本能』の警告バリバリらしい。

 ……もしかしてさっきお姿を現したのも、隊長さんがわたしの腕を掴んできたから?そうだとしたら、鈴鳴様は結構、嫉妬深い方なのかもしれない。それはなんというか……


「……めっちゃ良い……」


「こっちは堪ったもんじゃないけどね……」


 わたし、ちゃんと伴侶として見られてるんだなぁって。そう思うと再び顔がにやけてしまう。また、しゃらんって音が聞こえた気がして。ちゆりちゃんがびくぅっ!?って肩を跳ねさせた。


「大丈夫?」


「と、とにかく、今は動きましょう……っ」


 頭を振って、ロボットみたいにぎこちない動きで通路の方へ向き直るちゆりちゃん。横に並んだわたしも一歩踏み出して、二人でこの部屋を後にする。


 もう何度目かの、しゃらんと優しい鈴の音。それが聞こえただけでわたしは、こんなよく分からない状況でも、何とかやっていけそうな気がするのだった。

 鈴鳴様と一緒なら、きっと。

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クラス転移?っていうのに遭いましたが子供の頃に故郷の村で結婚した神様も付いてきてくれてたのでなんとかなりそうです にゃー @nyannnyannnyann

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