(3)


 峰岡が放った一言で、先輩君は毒気が抜かれたように黙り込んだ。場がしんと静まり返ってしまったので、空気を繋ぐため、俺は峰岡に質問した。


「どうしてそう思ったんだ」


「単純な話です。今こちらの店員さんは、125と126を呼び出し間違い、127は正しく呼び出し、128と129を間違えてましたよね。ここには規則性があります」


「なんだろ……素数とか?」


「あっ……確かに、127だけ素数ですね。気づいてませんでした」


 俺が適当に言うと、峰岡はクスクス笑い出した。なんだかよくわからないがツボにはまったみたいだった。バイト君はぽかんとした顔で峰岡を見ている。俺が睨んで話の続きを急かすと、峰岡は少しだけ顔を赤らめて「すいません」と呟いた。


「この店、設備が色々と古いですね。ですから、呼び出し用の数字を表示するパネルも、電卓や時計などで使われている、古いデジタル式の表示なんじゃないかと思ったんです」


「ええ、確かにそうです」


 バイト君がそう答えた。古いデジタル式か……ああ、あの、漢字の「日」みたいな形で数字を表示するやつか。


「デジタル式の表示、正式にはセブンセグメントディスプレイというんですけど、この表示方式だと『5』と『6』、『8』と『9』は、左下のかくの有無で書き分けられています。つまり、この画が欠けていると、それぞれを区別することができません」


 俺は手のひらの上に指でデジタル式表示の数字を書いて確かめてみた。確かに、「5」と「6」は、左下の縦棒があるかないかの違いだ。同じく「8」と「9」も、左下の縦棒があるかないかの違いだ。なるほど。


「ですから、呼び出し表示番号の下一桁を表す部分の左下の画だけ、ディスプレイの部品が壊れて点灯しなくなっているか、上からテープのようなもので塞がれて見えなくなっているか、どちらかだと思ったのですが、どうでしょうか」


「あ……上に、ビニールテープのようなものが貼ってあります」


 バイト君は、テープを剥がして見せ、少し嬉しそうにそう報告した。小さな黒いテープだ。俺は舌を巻いていた。峰岡、マクドナルドに来たのは初めてのはずなのに、よく気づいたな。先ほど俺がレクチャーした購入方法を踏まえ、店員たちのやりとりを聞いているだけでこの真相を見破ったというのか。


 峰岡は店員の指先に張り付いたテープを見ながら、軽くうなづいた。


「このテープで塞がれていたことを踏まえると、店員さんが125と読み上げた数字は、本当は126と読み上げるべきだったはずです。ですから、さっきのビッグマックセットは126番さんのものです。また129と読み上げたのも128と読み上げるべきだったのではないでしょうか。ですから先ほどのコーヒーは、こちらの木下くんのものだと思います」


「な、なるほど……かばってくださって、ありがとうございます。俺、今日がバイト初日で」


「コーヒーSサイズです」


 先ほどの先輩君が、バイト君の話を割るように低い声を放ち、俺にコーヒーを突き出してきた。俺はそれを無言で受け取った。バイト君をもう少しフォローしてあげたかったが、客が後ろに詰まっているので、これ以上はよくない。俺は峰岡に目線で2階席に行くように促した。峰岡は黙って頷いて、階段の方へと歩いていった。


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