(2)

 列から少し離れた所で、商品の完成を待つことになった。俺たちの注文後も列は増え続け、注文待ちの客と受け取り待ちの客で店内はいっぱいになっていた。客はイライラしており、キッチンの中は大慌てになっている。飲み物だけならささっと提供されるかなと思ったが、この様子だと少し待たないといけないみたいだ。


 お互いに声を出すきっかけを逃した俺と峰岡は、二人で黙ってカウンターの向こうの様子を見ていた。すると、キッチンでモタモタと作業していた細面で小柄の店員が、受け取りカウンターにいた太った大柄の店員に配置換えを命じられているのが分かった。その細面の店員と太った店員が担当する仕事を入れ替えたみたいで、細面の店員が受け取りカウンターの方にやってくる。


「125番でお待ちの方」


 受け取りカウンターに立ったばかりの細面の店員が、手元にある機械のようなものを見てから呼びかけた。めちゃめちゃ聞き取りづらい声だった。大学生くらいの年齢にみえる男性で、どうやら大声を出すのは苦手みたいだ。胸元には「研修中」と書かれたバッジがついている。ここでのバイトを初めて日が浅く、声出しに慣れていないということか。


 彼が何度か声をかけたところ、何とか聞き取ったらしき客の一人が受け取りカウンターに近づいた。スーツを着たサラリーマンらしき男性だ。


「えーっと、ビッグマックセットのお持ち帰りでお間違えなかったでしょうか」


「てりやきバーガーのセットなんだけど」


「えっ……少々お待ち下さい」


「しっかりしろよ……待たせてるくせに違うもんだすなよ」


 サラリーマンが陰険な声でバイト君を怒鳴り、バイト君はしゅんとうなだれてしまった。その様子を見ていた先ほどまで受け取りカウンターにいた太った大柄の店員がキョロキョロしはじめた。提供できる状態になった商品が一箇所に固められていたのだが、その中から当該の客の商品の入っているらしい袋をつかんだ。そして、バイト君の脇からぬっと現れ、サラリーマンに平謝りしながらその袋を手渡した。手慣れた手つきなので先輩なのだろう。


 サラリーマンが去った後、先輩君はバイト君に詰め寄った。彼は顔つきだけみれば年齢はバイト君とさほど変わらないように見えるが、体が大きくて目つきも悪いため、相当年上にみえる。彼はかなり迫力のある大声でバイト君を怒鳴った。


「おい、お前、大学生のくせに数字も読めねえのか!」


「すいません……次は間違いませんので……」


「クソ忙しい時に手間かけさすな!」


 先輩君は肩を怒らせて持ち場に戻り、バイト君はまたしゅんとうなだれてしまった。一連の様子を峰岡も見ていたみたいで、俺の袖を引っ張って、口元に手を当てて顔を近づけてきた。内緒話か。


「あの、あんまり気持ちのよくない光景でしたね」


「ああ。説教するにしても、客のいないところでやってほしいな」


 俺がそう言うと、峰岡は黙って繰り返し頷いた。俺は、接客業で、バイトや後輩を客の前で怒鳴る店員がめちゃくちゃ嫌いだ。怒鳴り声なんて聞いて気分のいいものではないし、それを客に聞かせることがどういうことなのか考えてほしい。せめて、シフトが終わった後バックヤードでやればいいのにと思う。


 次に、なぜか126番を飛ばして、127番の人が呼び出された。一気に大量の注文が入った時なんかは順番が前後することもある。だが、そういう時は「順番前後します」などと声を駆ける仕組みになっているはずだ。まだ研修中だから、マニュアルを全て覚えられていないんだろうか。127番の人は大学生風の女性で、マックシェイクをテイクアウトで注文したみたいだった。その女性は無愛想に何も言わずに商品を持って出ていったが、バイト君は危なげなく商品を引き渡せたので、すこしホッとしたような顔をしていた。


 その後、またなぜか俺の128番が飛ばされ、峰岡の129番が呼び出された。マックシェイクよりコーヒーの方が出すのは楽そうなのに、どうして前後させたんだろう。ちょうどドリップし直してるタイミングとかなのか。俺は首を傾げていたのだが、峰岡は悠然と受け取りカウンターに駆け寄った。


「えーっと。コーヒーSサイズでよろしかったでしょうか。ミルクとガムシロップは……」


「いえ、バニラシェイクのSサイズを頼んだはずなんですけど」


「あれ……?」


 峰岡が首を傾げて言うと、バイト君は慌てだした。なんだ。何が起きてるんだ。そうすると、先ほどの先輩君がバニラシェイクを持って颯爽と現れた。


「申し訳ございません。こちら、バニラシェイクSサイズでございます」


「いえいえ」


 峰岡は穏やかな声で謝罪を受け取ったが、先輩君はそれが聞こえなかったのか、キッとした目でバイト君を睨んだ。


「てめえ、なんで同じミスを繰り返すんだ」


「すいません、確かにここに表示されたのに……」


 バイト君はアワアワとしながら手元にある機械を指差した。こちらからは何が映っているのか見えないが、きっと呼び出し番号が表示される機械なのだろう。


「大学行ってるくせに、こんな簡単なこともできねえのか!」


「すいません……すいません……」


 バイト君が平謝りする。俺は少し見ていられなくなって、声をかけようとした。だがその瞬間、それを遮るように峰岡が強めの声で言い放った。


「怒らないであげてください。悪いのはおそらく、その呼び出し番号を表示する機械だと思います」

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