急接近スリープオーバー

氷河 雪

夏休みのお泊り会

「「「ごちそうさまでした」」」


 夕食のカレーを完食した私達は、台所にいる瑠莉るりのお母さんの元に各々汚れたお皿を持っていく。


「ごちそうさまでした! カレー、とても美味しかったです!」


 幼馴染の佳乃かのが瑠莉のお母さんにそう言って汚れた皿を渡す。佳乃は昔からカレーが好きなのでとても満足しているようだ。


「ごちそうさまです。あと、ありがとうございます。わざわざ夕飯まで作っていただいて」

「お母さん、ごちそうさま。いつもありがとう」

「お粗末様でした。いいのよ、瑠莉が初めて家に呼んだお友達なんだから。夜ご飯を二人分多く作るだけだし」


 瑠莉は、生まれつき身体が弱く、小学校の時は全く登校できなくて、中学校でもほとんど保健室登校だったと聞いている。高校に入学後、同校出身のグループなどで人間関係がある程度出来ていて、なおかつ人との関わり方がわからなくて孤立していた瑠莉を佳乃が気にかけて友達になり、そのまま佳乃の幼馴染である私とも仲良くなった。


「佳乃ちゃんと、亜紀あきちゃんだっけ? ......二人とも、瑠莉の友達になってくれてありがとうね」

「二人のおかげで、高校生活がとっても楽しいんだ! 本当にありがとう!」




 お風呂が沸いたら呼ぶから、それまでゆっくりしててと瑠莉のお母さんに言われたので、ひとまず三人で瑠莉の部屋に戻ってきた。


「ねぇねぇ佳乃ちゃん亜紀ちゃん、何しよっか?」

「亜紀がトランプとかの遊び道具を持ってきてるけど、どうする?」


瑠莉が自身のベッドに腰かけ、佳乃が瑠莉のベッドの近くに座る。私は佳乃から机を挟んだ反対側に座った。


「お泊り会で言うのもあれだけど、瑠莉と佳乃の宿題の進捗はどう?」

「私は終わってるよ~」

「あたしも終わってる」

「二人とも早いな~、じゃあ......」


 時間があるなら、予てより計画していたを実行するかぁと鞄から割り箸を三本取り出した。


「何これ? 割り箸?」

「いや、王様ゲームでもしようかなと思って」

「それもっと大人数でやるものでしょ......」

「王様ゲームってなぁに?」

「簡潔に言えば、くじで王様と、王様以外の人の番号を決めて、王様が番号を指定して命令して、指定された人がそれに従って遊ぶゲーム。王様以外は番号を隠すから、誰が指定されるかはわからないよ」

「なにそれ面白そう! 佳乃ちゃんもいいよね?」

「まぁ、瑠莉が言うなら、別にいいけど......」


 狙い通り、まだまだ知らないことだらけの瑠莉が興味を持ってくれた。そして瑠莉に頼まれたら、佳乃は断れないので当然乗ってくれる。というのも、佳乃は瑠璃の事が好きなのだ。本人は隠しているつもりだが、瑠莉以外にはバレバレ......というより、瑠莉が恋愛感情についていまいちわかっていないだけだが。

 瑠莉も佳乃の事が好きだし、それもただの友達としての好きではないはずだ。移動教室の時積極的に手を繋ぎにいったり、弁当をあーんして食べさせたり......なんなら今も、さっきまでベッドに腰かけてた瑠莉が、気付いたら佳乃の膝の上に移動してるし。まぁ孤立してたのを助けてくれた、最初のお友達なわけだし、そりゃ好きにもなるよねって感じ。ただ、女の子同士なのもあって、人付き合いや恋愛に疎い瑠莉はそれを普通の友達に対する好きなんだと勘違いしているのではないだろうか。

 それでまぁ、私から見ても美少女な瑠莉に、そんな感じに迫られたらそりゃ意識もするよねって。そんな微妙に噛みあわない二人を、私が王様になった時にからかいつつ手伝ってやろうという魂胆だ。


「それじゃさっそくやろっか。私が番号を隠して割り箸を持つから、私が『王様だーれだ?』って言ったら、二人が好きなのを一本取ってね。残ったのが私の」


 背中で適当に割り箸をシャッフルして、二人に差し出す。このままじゃくじが取りづらいだろうからと、瑠莉が佳乃の膝の上から移動する。


「じゃあいくよ......王様だーれだ?」


 二人が割り箸を引き抜き、番号を確認する。


「あ、私王様だ!」


 瑠莉が王と書かれた割り箸を私達に見せた。


「王様は、何を私達に命令するのかな?」

「それじゃあ......二番を引いた人は私の頭を撫でてください!」


 二番......って私か。佳乃を見ると、露骨に残念そうな顔をしてて面白い。瑠莉の近くに移動し、髪が乱れないよう優しく撫でる。


「よしよ~し、瑠莉は頑張り屋さんだからいっぱい撫でてあげるね~」

「むふ~」


 しばらく撫でていると、うらやましそうにしていた佳乃が、「あたしも撫でる!」と言ったので、私は撫でるのをやめて、佳乃と交代する。


「佳乃ちゃんも撫でてくれるの? 嬉しいな」

「別に、あたしが撫でたかっただけだし」

「むふ~」


 相変わらず好意を隠す気のない発言に、私はクスッと笑う。佳乃がなんだよって感じの目でこちらを見てくる。しばらくして満足した二人に、私はシャッフルしておいた割り箸を差し出す。


「二回目、しても大丈夫?」

「大丈夫だよ〜」

「こっちも大丈夫」

「はいそれじゃあ......王様だーれだ?」


 お、来た来た私が王様だ。


「私が王様でーす、えーと命令は......」

「亜紀が王様とか嫌な予感しかしねぇ」


 私が王様になった時に言おうと予定思っていた命令を伝える。


「はい、じゃあ二番が一番にお熱いキスをしてくださ~い」

「一番は私だから、佳乃ちゃんから私にキス?」

「待て待て待て待て!」


 案の定佳乃が猛抗議してきた。


「佳乃ちゃんは、私とキスするの、嫌なの?」

「え、えっといやそういうわけじゃなくてお互いまだしたことないのに」


 流石にこの命令が素直に通らないのはわかっていたので、用意していた妥協案を出す。


「ごめんごめんやりすぎた。一番と二番がポッキーゲームをする。に命令変更するわ」

「ポッキーゲーム? 何それ」

「ああそっか瑠莉はそこからか。えーっと、明確なルールはあんまり決まってないんだけど、二人でポッキーの端っこを咥えて、少しずつ食べ進めて恥ずかしくなって離した方が負けってことにしようか」


 お泊り会用に用意していたポッキーの箱を取り出し、瑠莉に渡す。瑠莉は中から一本取り出し、もう片方の端を佳乃に差し出す。


「ま、まぁそれくらいなら......いいけど」


 意を決した佳乃が端を咥え、ポッキーゲームが始まった。互いにさくさくと食べ進めていく。瑠莉が食べ進めるスピードがかなり速く、逆に佳乃はだいぶゆっくりだ。二人が近づき、そろそろ佳乃が限界を迎えて放すかなと思っていた矢先、突然瑠莉が残っていた部分をがぶりと一気に食べ、二人の唇同士が触れてしまう。


「んっ!?」


 一瞬は驚いた佳乃だが、すぐに目を閉じ、瑠莉からのキスを受け入れる。好意を寄せている相手からのキスなんて、拒絶できるはずがない。私も二人の様子を凝視してしまっていた。数秒後、佳乃と瑠莉の唇が離れる。


「えへへ、キス、しちゃったね」

「......瑠莉は、なんで私とキスしたの?」

「キスしたいくらい、佳乃ちゃんのことが好きだから」

「え、それって、どういう」


 佳乃が瑠莉に疑問を投げる途中、部屋の外からお風呂沸いたよー、と声が聞こえてくる。その呼び声で、部屋に沈黙が流れた。


「その、お風呂、二人で入ってきたら? 色々話したい事あるだろうし。私は宿題してるから。あと、ごめん。無理やりさせちゃって」

「いや、瑠莉に全部話す勇気ができたから別にいいよ。瑠莉、お風呂一緒でいい?」

「もちろんいいけど......話って何だろう」


 沈黙を切り出した私の提案に二人とも賛成し、着替えの用意をして、お風呂に入りに行った。



♢♢♢



「亜紀......えっと......私と瑠莉、付き合うことになった」

「え!? まじか」


 気まずい雰囲気で帰ってきそうだなという予想を裏切り、思ったよりスムーズに話が進んだようで、二人が部屋に戻ってきて早々に報告がきた。


「佳乃ちゃんにお風呂場で、友達じゃなくて、付き合いたい、恋愛的な好きだって言われて。最初はびっくりしたけど、私も佳乃ちゃんとの関係に疑問を持ってた部分もあってさ。思い返してみて、私もそういう好きなのだと思ったら、割と腑に落ちてね。なにより告白されて嬉しかったから、こちらこそお願いしますって」

「そっかー......良かったじゃん。佳乃」

「うん、なんというか、言葉にできないくらい嬉しい」

「それにしても、二人が付き合うならこれから私は独りかぁ」

「いやいや、亜紀ちゃんとも、これまで通り友達として遊びたいな」

「おぉ......瑠莉は良い子や」



♢♢♢



 私がお風呂に入った後は三人で持ってきたトランプで遊んだりして、気付いたら十一時を過ぎていた。そろそろ寝ようかという話になり、瑠莉の要望で和室に布団を引いて三人で寝ることにした。私と佳乃が布団を運んで敷き、非力な瑠莉が枕を並べて三人で寝転ぶ。お泊り会の定番と言えば恋バナか怪談だが、今まさに付き合い始めた二人とそういうのとは無縁の私で恋バナするのもな、と思いじゃあ怪談でもしようかなと考えていたところ、


「ねぇ佳乃ちゃん、もし結婚したら、子供は何人欲しい?」


 なんて爆弾発言が飛んでくる。いやいや、いくら瑠莉が寝たきりだったからといって、本や情報媒体等ででそういう知識を覚えなかったのだろうか。


「え、えっと、そういうのは、まだ早いんじゃないかなぁ」

「そうかな? どう思う? 亜紀ちゃん」

「いや私に言われてもちょっとわからないです」

「そっかぁ、私は二人くらいがいいかなぁ」

「......佳乃」

「なんだよ、亜紀」

「そのまぁ、色々と頑張れ」

「......うん」


 幼馴染の恋は、まだまだ前途多難そうだ。

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