第17話 求むるは繋がり

葵が僅かながら自然な笑顔を見せるという大事件(俺限定)から早数日。しかし、あれから特に彼女に大きな変化は無い。それでも、あんな顔を見せられては、あの読めない従妹との距離は間違いなく近づいているのだと、俺がそう浮足立ってしまうのは皆々様から見ても無理もないことだと思う。いや思ってお願い。


ただ、そう時を置く事なく、俺はすっかり忘れていたとある事実にふと思い至り、文字通り天から奈落へと急転直下することとなる。











「未だに葵の連絡先知らない………!!」


まあとどのつまりそういうこと。完全にタイミングを逃してしまった。

今更、『あ、あの〜…アドレスとか…交換、しない?』とかどの面下げて言えばいいというのか。

いつもの様に無表情で小首を傾げながら『何故?』とか『必要でしょうか?』とか言われた日には、俺はもう立ち直れないかもしれない。そう頭を悩ませる日々がここしばらく続いてしまっていた。


「…どう思う?隼人」

「知らん」


目の前で男飯を貪る友人に聞いた所で返ってくる答えはこれである。何だかんだ面倒見いいくせに、何故か俺の扱いだけちょくちょく雑になるのはどうしてなのかな。悲しいな。


「そいつに聞いたらどうだ」

「え?」


隼人がお行儀悪くお箸で俺の後ろを指し示す。

けれども、最後尾の席の俺が振り向いた所でそこにあるのは教室の壁のみ。人影などどこにも無


「話は聞かせてもらいました!!」

「……………」


どじゃーんという効果音と共に突如、隅の掃除用具入れから見覚えのある姿が現れた。勿論、こんなイカれた事をするのは、言うまでもなく風のあの人である。土の方は何の驚きも見せず、何なら我関せずで食事を続けていた。


「うぇふっ…埃っ…」 


食事中やっちゅうに。


「…何してんの?」

「穂村先輩がトイレに行った隙に土方先輩の協力の元、潜ませてもらいました!」

「何してんの??」

「俺は面倒で止めなかっただけだ」


一つ目はこのエキセントリックな後輩に。二つ目はフリーダムなクラスメイトに。

何似非ドッキリみたいな真似してんだよ何でいつの間にそんな瞬歩みたいな速さで距離感詰めてきてんだよ。この子はコミュ力有るのか無いのかどっちなんだよ。本当に掴みどころが無い。そして、げに恐ろしきはそれを笑って見送り、素知らぬ顔をしてみせる我がクラスの懐の深さ。


「それにしても、先輩ってあーちゃんの連絡先知らなかったんですね」

「……うんまぁ、そうね」

「へー」

「………」

「私知ってます」

「……………」

「私知ってる〜。先輩が知らないあーちゃんの連絡先知ってるぅ〜〜。風み寧一番乗りぃ〜〜〜♡ひゅーひゅー」

「殴っていいんじゃないか」

「せやな」

「ひぃ暴力反対!かか風峰は至って無害なかわい子ちゃんですよっ」


単騎で敵陣に乗り込んできた猪武者をさっさと討ち取るべく容赦無く頬を鷲掴んだ俺に、必死にタップを繰り返すうざい子ちゃん。彼女は俺の力が抜けたのを感じとるやいなや、今度はそそくさと隼人の背中へと隠れ始める。


「君はただ俺にマウントを取るためにロッカーに隠れていたのかい」

「ちち違いますよぉ。…最近、先輩の元気が無いって話をあーちゃんから聞いてぇ」

「……その葵は?」

「プリント集めて提出しに行ってますー」


そうか。取り敢えず今のところは来る気配は無いということか。

…しかしあの葵がプリント集めか。…出来るんだろうか。コミュニケーションとか。

失礼ながら、無表情・無言で圧をかけて強引に提出させる光景が頭に浮かんできて仕方ない。お兄ちゃん心配。心配で胸が張り裂けそう。


「…ぁ゙あっそんなっ駄目だ葵…!わざわざ嫌われ役を選ぶなんて……!!」

「先輩は先輩でちょっと変だと思うんですよ」

「俺に同意を求めるな」


変な奴に変な奴を見る目で見られるって結構心に来るよね。

閑話休題、頭を冷やし。俺は未だ隼人の背中から顔だけを覗かせる後輩と向かい合う。この間よりも土風コンビの距離感が自然に見えることを、頭の片隅で微笑ましく思いながら。


「…あの、先輩。あーちゃんの連絡先教えましょうか?」

「え?いや、いいよ」

「……ふぅん?」


何気なく投げかけられたその問いに、俺は躊躇いなくそう返す。

いくら互いの知り合いと言えど、勝手に連絡先を共有されるのは怖いだろうし。こういうのは本人から直に聞かないと意味が無い。


「……ていうか、風峰さんと葵って普段どんな会話してるの?」


ただ、それはそれとしてあの葵がお友達とどのような日常会話を繰り広げているのか、気にならなくもない。


「え?気になる?気になっちゃいます??風峰とあーちゃんの大変仲睦まじい乙女同士のかしまし会話知りたいですか?やんエッチぃ。さてどうしようかなぁ〜??」

「隼人」

「ひゃい見せましゅっ少しくらいなら見せましゅからぁアイアンクロー止めてぇ゙」


またもや必死に決死なタップを繰り返すうざ峰の震えるお手々から、ひょいっと携帯を取り上げる。口ではああ言いながらも元々見せるつもりだったのか、画面には葵とのメッセージの履歴が表示されていた。

何だかんだ隼人も気になったのか、俺の横へと顔を寄せ、二人揃って仲良く覗き込む。横から聞こえる『びゃ゙あ゙ぁ゙ぃ゙だぃ゙ぃ゙』という濁音が少々耳障りだが。


そして、そこに表示されていたのは言葉通り何とも仲睦まじい二人の




『あーちゃんあーちゃん先週駅前に新しいスウィ〜ツのお店が出来たそうですよ!』

『ですか』

『これは行くしかありませんねあーちゃんと風峰は“親友“ですもんね何なら二人で仲良く食べさせ合いっことかしちゃいます!?きゃ♡』

『ですか』

『因みにそのお店カップル割なんていうのもあるそうですよ見た目クールでかっこいいあーちゃんと可愛い風峰ならワンチャンイケそうだと思いません?いやイケる!』

『ですか』

『それはさておき、直ぐに予定固めるので何か不都合あればいつでも言ってくださいね〜じゃあまた明日学校で!お休みなさい、あーちゃんっ』

『お休みなさい、夕莉』




仲睦まじい……


「「…………………………」」

「あう」


隼人が優しく風峰さんの顔を鷲掴んでいた手を外した。あの隼人らしからぬとても優しい手つきだった。


「…い、いや〜これぞ当に心通わせた親友同士の阿吽の呼吸っ。いくらあーちゃんと私が仲良しすぎるからって嫉妬とかしちゃ駄目ですよ先輩♡」

「囀るな」

「なして!?」


なしても何も。

温度差えぐいて。片やサウナから、片や冷凍室からメッセージ送り合ってんじゃん。

いや、葵と言う人間を理解しているのならいいのかもしれないけどさ。そうでなかったらこれ心潰れるよね。そう考えると、風峰さんが図太いのは寧ろ幸いだったのだろうか。


「(…?あれ?…ていうかこれ……)」


一通り会話を見せてもらい、そこで一つ引っかかる。新しい店。これってこないだ葵と一緒に行った、というか連れて行かれたあの店ではないだろうかと。


「……どうかしました先輩?」

「いや…」


突然、黙り込んで考え込み始めた俺を不審に思ったのか、指先をつんつんしながらいじいじしていた後輩が掠れた声で話しかけてくる。


「風峰さん」

「はい?」

「これってもう葵と行ったの?」

「行きましたよ〜。あーちゃんは小豆が気に入ったみたいで心做しか顔が和らいでました。……多分…………きっと……………恐らく…?」

「………」

「こ、古来より甘いものは疲れによく効きますからねー。これ甘峰の蘊蓄」

「疲れ…」


そう言えばあの日、葵が俺を連れて回ったのは何だかんだ甘味処が多かった様に思う。もし、風峰さんが言ったように、葵には俺の元気がない様に見えていたのなら、もしかしたらあれは彼女なりの気遣いだったのかもしれない。


「…そう言えば、あーちゃんこんな事も言ってましたね」

「ん?」

「『兄さんにも食べさせてあげた「夕莉」いひぃっ」


聞いてもないのにペラペラ話し続ける風峰さんの背後から、ぬるりと葵が現れる。足音無く、気配無く、隼人の後ろに隠れた風峰さんの更に後ろから両肩に手を置く様に。


そのまま背後から這い回るようにして、肩に置かれた手を線をなぞるようにゆっくりと上へと滑らせていく葵。首筋を撫でるゾクゾクした感触に身を捩らせる風峰さん。何となくインモラルなその光景を、俺は特に深い理由は無いけど黙って眺めていた。特に深い理由は無いけど。


くいっと顎を上向かれ、目と鼻の先に迫る端正な顔立ちに顔を真っ赤にする風峰さん。

これまた特に深い理由は無いけど、顎クイってこんなにエッチだったんですね。そう思った。


「夕莉は私との思い出をぺらぺら人に話すんですね」

「えっ」

「悲しいです。てっきり私は二人だけの秘密だと「おっとこれ以上はもう言えねえなぁなんせ風峰とあーちゃんは親友ですからねぇ!あーちゃん、マイフレンド!!」」

「あ、はい」


寂しそうな葵の横顔を目にした瞬間、腹の立つ顔でこちらを突っぱねるドヤ峰。


「兄さん」

「は、はい」

「……………………聞きたい事があるなら夕莉ではなく私に………」

「え?」

「……夕莉のお口の半分は虚勢とハッタリで出来ています。あまり信用しない様に」

「ひどぉいっ」


そして風峰さんの後ろからこちらを見つめる、ほんのりむくれた顔。何となく、余計な詮索をするなと言われている様な気がして、俺も静かに口を噤む。

これ以上の問答は無駄だろう。というかそれについては問うた覚えも無いのだけど。


「(……うん)」


やはり、余計な回り道など不要。聞きたければいつでも正々堂々、正面から聞けばいい。

俺達は一つ屋根の下で暮らす、家族なのだから。

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