一章 読めない従妹と屋根の下

第7話 怖がる君が見たかった

従妹と一つ屋根の下で暮らす事になった。


「すー………すー………」

「……………」


驚くほどに美人な年下の女の子。そんな子と。二人きりで。一つ屋根の下、どころか(何故か)同じ部屋。何も起きない筈もなく。







「(なんて筈もなく)」


今のところ何も起きなかった。

彼女は彼女で何を考えているのかいまいち分からないマイペースなところがあるし、俺は俺で従妹とはいえ異性の女の子に一体どこまで踏み込んでいいのか距離感を掴みかねているところがある。


要は、俺の生活の何かが激変するわけでもなく。


つまりは暇なのである。


先日、過労で倒れた結果、母に自粛を言い渡されて以来家で大人しく過ごすことが増えた。

今もこうして寄り道せずに帰ってきては自分の部屋でぼーっとコントローラーを握っている。

特に新鮮さがある訳でもない、何度もクリアしたゲーム。もはや指先が動きを覚えている。現に俺が見つめる画面の中では無数の魔物が主人公を仕留めるべく襲いかかり、主人公はそれを武器で華麗に撃退している。


然程時間をかけること無く、俺は静かにゲームの電源を落とした。


「葵」

「はい」


当然の様に一緒に帰ってきて、当然の様に俺の部屋に上がりこみ、後ろに座り込んで小説を読んでいた従妹に対して、俺は振り向かずに名前を呼んだ。

制服のままそんな短いスカートで座り込むんじゃありませんとか言いたいが、セクハラとか言われても私困っちゃいますので。


「やはり葵の部屋を作るべきだと思うんだ」

「私は特に問題ありませんが」


問題ありませんかそうですか。

抑揚の無い声を背に受け止めながら俺は天井を暫し仰ぐと、覚悟を決めて振り返る。

いついかなる時も変わらない無表情がそこにある。恥じらい・焦り、およそ男の部屋に上がった女子が持つべき感情は全くといって見受けられない。


「葵」

「はい」

「俺は健全な男子高校生なんだ」

「ですか。私は健全な女子高生です」


何一つ理解していないその声色にちょっと心が折れかけたけど、まだいける。奮い立て俺。


「…お互い、その、人に言えないこととか、ある訳じゃないですか?」

「例えば?」

「え」


聞くの?聞いちゃうの?それ聞いちゃったりする?


「だから、その、あまり家族に見られたくない、えー……そう!ゲームとかあるじゃん」

「……家族……」


そう、ちょっと肌色が多いゲームとか、きゃぴきゃぴしたゲームとか、…じゃなくてそうっ、リアル過ぎて血がばーんで人がどーんなゲームとかね!決してそれ以外の深い意味なんて決して無いけどさ!決して!


何故か下を向いて暫しの間停止しているマイ従妹。面を上げた彼女が次に言う台詞を俺はいつでも迎撃出来る様に身構える。


「ではその時は仰ってください」

「ぇ゙」

「これから人に見られたくない事をするので私は居間にいてくれ、と」

「人に見られたくない事をすることを人に言えと?」


「従妹として、従兄の赤裸々な部分を決して暴いたりはしませんので。どうぞごゆっくり」

「その気遣いがもう恥ずかしい」


生暖かい視線すらくれそうにない無感情の深淵に貫かれながら、俺は後ろに倒れ込んだ。

駄目だ。今の俺にはこの子に太刀打ち出来るカードが無い。

何とも頼りなく思える天井の光を眺めながら、力無く俺は嘆く。それがもたらす結果も知らず。


「…葵はゲームとかするの?」

「…ゲーム、ですか?いえ、あまり」


「…ホラーゲームとか」

「いきなりホラーゲームですか」

「まあ、通過儀礼、的な?」

「……通過儀礼?」


それは無感情なあの子のあんな所が見てみたい、などというくだらない意地悪。

願わくば、少しでもいいから顔を歪めるとこさえ見れればそこを突いて上手いこと部屋を分けることに納得してもらえないかという頭いいのか悪いのかもうよく分からない狡い作戦。


「………ふむ」

「(………くっ)」


反応は薄い。もしや俺のお馬鹿な魂胆などとうに見抜いているとでもいうのか、あ、自分でお馬鹿って言っちゃったじゃあもう駄目じゃん。


と思ったその時


「いいでしょう」

「!」


「やりましょう、ホラーゲーム」


意外にも、というべきなのか割と乗り気(?)な様子で両方の人差し指で俺を指すと、葵が俺の側へとずりずりと寄ってきた。

先日と同じ…あの〜そのー柑橘系?いや分かんない女の子のふわふわした香りが鼻をくすぐり、全身がむず痒くなるあまり味わったことの無い妙な感覚にとらわれながら、俺は彼女に促されるがままに再びゲームの電源を入れる。


と言うわけで、今回は葵を怖がらせる事が目的なので化け物というよりかは雰囲気重視のおどろおどろしいホラーゲームを選択。ホラー好きの男友達同士で馬鹿やっていた時ですらかなり怖くて盛り下がったゲームだ。


「やる?」

「取り敢えず、見てます」


心做しか距離が近いと思わなくもなかったけれど、その時は特に気にすることもなく、深く考えることもなく俺は早速ゲームを始める。


さて、どうなることやら。












『バーーーーン!!!!』

「きゃー」


『ガタガタガタ!!!!』

「わー」


『グシャア!!!』

「ひー」


「………………………………」

「なんておそろしいのでしょう」

「………………………………………葵」

「はい」




「もうちょっと離れてくれないかな」

「こんなにも怖がる女の子を突き放すだなんて兄さんはいけずですね」

「本当に怖がっていたら俺も突き放さないんだけどさ」


画面上で何かしらのびっくり要素が映し出される度に、葵は見事に怖がってくれた。それはいい。まだ良かった。


その悲鳴が恐ろしいレベルの棒読みでさえなければ。俺は寧ろこっちの方が怖かった。

そして悲鳴を上げる度に、葵はこちらの腰に手を回して『いやーん私こわーい』とでも言いたげに柔らかな身体を押し付けて来るのだ。

恐ろしいレベルの無表情で。俺はこっちの方が恐かった。


「いいですねホラーゲーム」

「…本当にそう思ってる?」

「もちろん」


錯覚でなければ、ほくほく満足そうに無表情の頬が微かに色づいている様ないない様な。


「ほら兄さん、今までの法則に則ればあそこでまた何か起きますよ早く」

「あ、はい」

『ゴトン!!!』

「やーん」

「………………」


何度目かという柔らかな感触。実に楽しそうに(多分)抱き着いてくる従妹とは裏腹に、俺はただ無心で、ひたすらに死んだ目で物語を進めるのだった。







「ああなんておそろしいこれはこわくてひとりではねむれそうにありません…という訳で今日も一緒に寝ましょうね兄さん」

「怖い」

「おやそれは大変ですね添い寝しますか?」

「恐い」

「冗談です」


全ては奴の策略だった。俺の知恵は浅いとかそんなレベルじゃなかった。平坦だった。

何故か満足そうな葵がぽんぽんと横の布団を叩く。

既に抗う気すら失った俺はそれ以上何を言うこともなく大人しくそれに従い床につく。


「「お休みなさい」」


電気を消せば瞬く間に訪れる暗闇。

疲れのせいかすぐさま襲いかかる眠気に誘われながらも、ふと思い返す。そう言えば先程まで画面に映し出されていた光景も丁度こんな暗闇だった。


そう、暗い昏い闇の中から真白い長い腕が伸びてくるような―――


「っ!?」


その時だった。

突然俺の手に何かが絡みついたのだ。


その何かは優しく俺の手を握ると、握る、…と?


「…兄さん」


導かれる様に、静かに響いたその声の方を向く。

葵が横から俺の手を握っていた。


「…楽しかったです」

「………」

「…これは嘘じゃありませんよ」

「……………」


この暗闇では彼女の顔なんて分かりはしない。分かりはしないけど、聞こえてきた声は何処までも柔らかくて。

思わず闇の中に彼女の笑顔が浮かび上がるのを幻視して、けれど強い眠気に抗えず、離れていく小さな温もりを惜しみながら、俺もまた夢の中へと落ちていくのだった。

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