復活

三鹿ショート

復活

 食糧を探しに行くと恋人に告げ、私は自宅を出た。

 道端には多くの人間が倒れ、動く気配を見せないが、油断することはできない。

 倒れている人間に向かって物陰から石を投げると、その人間は勢いよく起き上がり、周囲を見回し始めた。

 しばらく立ち尽くした後、その人間は何処かへと歩いて行った。

 起き上がる人間が存在しないことを確認しながら歩を進めていくうちに、呻き声を発する人間たちに囲まれている女性を発見した。

 彼女は他の人間たちよりも高い場所に座り込んでいるために、魔の手が触れることはないものの、囲まれていることが原因で逃げることが出来ないらしい。

 彼女を助けようとすれば私もまた危機に陥ってしまうのではないかと恐れたが、彼女の傍に食糧が置いてあることに気が付いたため、彼女を救うことができた暁には、少しばかり融通してもらうことが可能となるのではないかと考えた。

 ゆえに、私は彼女に向かって、叫んだ。

 彼女と彼女を包囲していた人間たちは私に気が付いたが、近付いてくるのは彼女を包囲していた人間たちのみである。

 彼らは走ることが不可能であることを知っているために、私は彼らを彼女から遠ざけるように移動していく。

 そして、捕まらないように彼らの間をすり抜けていった。

 高台から地面に移動した彼女と合流すると、我々はその場から逃げていった。


***


 しばらく移動した後、他の人間たちの姿が無いことを確認すると、我々は安堵の息を漏らした。

 そこで彼女は私に向き直り、感謝の言葉を吐くと、持っていた食糧を少しばかり融通してくれた。

 私は頭を下げ、彼女の前から姿を消そうとしたが、

「良かったら、何か食事でも作りましょうか」

 彼女の言葉に、私は足を止めてしまった。

 私も恋人も料理が出来ないため、手に入れたものをそのまま口にするということばかりである。

 恋人にも持ち帰りたいと告げると、彼女は口元を緩めながら首肯を返した。


***


 気が付くと、私は床で横になっていた。

 頭部に痛みを感じながら起き上がろうとするが、どうやら手足を縛られているために、満足に動くことができなかった。

 そこで、私は意識を失う前のことを思い出した。

 彼女に自宅まで案内され、家の中に入ると同時に、背後から何者かに殴られたのだ。

 誰がそのようなことをしたのかは、不明である。

 このまま生命を奪われてしまうのではないかと不安になりながら、逃げるために家の中を観察していく。

 そのようなことをしているうちに、彼女が別の部屋から姿を現した。

 彼女は私に謝罪の言葉を吐くと、

「私の恋人を蘇らせるためには、あなたのような生者が必要だったのです」

 その言葉から、彼女が何を企んでいるのかが分かった。

 彼女は私の衣服を引っ張って別の部屋に連れて行くと、私と同じように手足を縛られている男性のことを紹介した。

 いわく、その男性は彼女の恋人らしい。

 私は、彼女の言葉を信ずることができなかった。

 何故なら、その男性は傷だらけだったからだ。

 露出した肌は切り傷や刺し傷ばかりで、腹部からは内臓が顔を出している。

 目玉は片方が飛び出し、鼻と耳は削がれ、頭部からは脳が姿を見せていた。

 だが、口の中は無事であり、歯は全て揃っている。

 そこで私の予想は、確信へと変わった。

 彼女は己の恋人に対して、私を食事として与えるつもりなのだ。

 外を歩く他の人間たちは何をしたところで元の人間として復活することはないが、彼女の恋人のように、稀に食事を与えることで意識が戻る人間が存在するのである。

 しかし、その食事とは生者でなければ意味が無く、同時に、意識が戻るのは一時的であるために、定期的に人間を与えなければならないのだ。

 彼女は私の身体を自身の恋人の方へと引っ張りながら、

「私の恋人は、これが自分の愛情表現だと、何度も私を殴り続けたのです。それならば、私が同じようなことをしたとしても、問題は無いということになります。私は苦しんでいる恋人の顔を見たいがために、何度も蘇らせていたのです」

 彼女は私に視線を向けると、

「あの場所で囲まれていたのは、親切な人間が現われることを待っていたためです。何時来てくれるのかが不明だったために、食糧を用意していたのですが、思っていた以上に消費しなくて安心しました」

 つまり、私は彼女の罠に引っかかったということだ。

 だが、彼女に腹を立てることはない。

 これまでの常識というものが消え去った今、何が起ころうと驚くことはないのである。

 ゆえに、私は彼女に怒声を浴びせるなどということはしない。

 しかし、やっておかなければならないことがある。

 私は彼女を呼ぶと、

「一つだけ、頼みがある」

「何でしょうか」

 彼女の問いに、私は声を発さずに口を動かした。

 何も口にしていないにも関わらず、私の言葉を聞こうと、彼女が耳を近づけてくる。

 私は、その耳に噛みついた。

 彼女が叫び声を上げながら私を引き剥がそうとするが、不覚をとらなければ、力では私が負けることはない。

 私は彼女を壁に押しつけ、その顔面に何度も頭突きを行っていく。

 鼻血を出した彼女が意識を失ったことを確認すると、私は時間をかけて己の拘束を解き、私に施されていたものと同じように彼女の手足を縛っていく。

 そして、彼女を連れ、自宅に戻ることにした。

 これで、私だけではなく、恋人のための食糧を入手することができた。

 恋人の意識が戻ったとき、どのような会話をしようかと考えながら、私は歩を進めた。

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復活 三鹿ショート @mijikashort

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