弟と、家族の後始末。(前編)

 僕の名前はウィリアム・マグラス。


 父と姉イザベラ、そして姉の婚約者デリックがしでかした『大失敗』の後始末で、僕は何かと忙しい。

 

 とはいえ、マグラス伯爵家が取り潰されることもなく、被害は最小限と言えるだろう。すべてはルシアン第二王子殿下のおかげだ。


 僕は罪に問われることはなく、むしろマグラス家の不正を『内部告発』した功績を称えられることとなった。


 父が逮捕され、マグラス伯爵領は一時的に王家の管理下に入ることになった。そして、僕は成人と同時にマグラス伯爵となり、領地の統治権は再びマグラス家に戻る運びとなっている。


 僕は奨学金を利用しながらアカデミーの卒業を目指し、同時に次期伯爵としての領地経営も学ぶつもりだ。……今回の事業赤字の埋め合わせのために生じた、借金を抱えながら。


「……すっげぇ貧乏くじだな。おい!」


 馬車に揺られながら、僕は思わず悪態をついていた。


 馬車の中は僕一人。悪態をついても誰にも聞かれないのが幸いだった。


「冗談じゃねぇよ、まったく! まぁ。借金のほうは、かなり低金利で返済期間も長くしてもらったのが不幸中の幸いだけどさ……」


 不満は色々あるが、家が取り潰されて路頭に迷うよりはマシだ。


 ちなみにジェド・レナスから先日、マグラス家の借金相当の支援金を送りたいと言われたが、僕は全力でそれを辞退した。あんな男に頼るなんて、僕のプライドが許さない。


 多少の借金なんて、僕が成人すれば今後の活躍次第で十分に取り戻せるのだから。


 ――やるぞ。

 胸の中に、やる気の炎が燃えていた。


   *


 実家での大騒ぎのあと、国王陛下はマグラス家の処遇を正式に取り決めた。ほとんどの内容はルシアン殿下の提案通りになった。


 父とデリック、そしてイザベラ姉さんの『その後』は、以下の通りである――。


   *


 まずは、僕の父ドナルド・マグラス伯爵。シュバラ鉱山での十カ年労働を課せられることとなった。


 父は労役を果たしたあとに領地に戻ることを許されているが、もちろん再び領主の立場に就くことはない。僕の管理するマグラス領で、ひっそりと隠居生活をしてもらうことになるだろう。



 次に、あのクソ野郎……デリック・バーヴァー。鉱山労働の期間は十五カ年となった。父より重い罰を課せられたのは詐欺行為の主犯格であり、再犯の可能性も高かったためだ。ヒールトーチ入り美容液の代用品を作るために、昆虫を採取して試作実験をくり返していたのが動かぬ証拠となった。


 父はデリック・バーヴァーを『商才溢れる若者』だと思い込んでいたけれど、実際はただのクズだった。


 デリックは、生家であるバーヴァー家が営む商会でも、過去にいくつもトラブルを起こしていたらしい。商品の偽装や流通時の不正な賄賂リベートなど、今まで露呈しなかった問題のあれこれが、今回の余罪調査で明らかになった。


 ……要するにデリックは、表面を取り繕うのが上手いだけのクソ野郎だ。あんな奴がクララ姉さんの夫にならなくて、本当に良かった。


 十五年の鉱山労働を終えて社会に出たとして、あいつがやりなおす機会はないだろう……万が一、再起を図ろうとしたら僕がぶっ潰す。ざまぁ見やがれ!


   *


 最後に、イザベラ姉さん。


 イザベラ姉さんは、偽装品と知りながら宣伝行為を続けた罪によって、クヴァラスカ修道院に送られることとなった。無期限ではなく、五年間という期限付きだ。

 

 イザベラ姉さんを世俗社会から隔離して、反省させる。そして道徳的な成長を促すことが修道院送りの目的である。


 五年間というのは、決して短くはない期間だ。


 今は十八歳のイザベラ姉さんが、社会に戻るときには二十三歳……。今のクララ姉さんよりもさらに年上だし、結婚は正直言って難しいかもしれない。


 世間に迷惑をかけたイザベラ姉さんを、迎え入れたいと思う家があるとは考えにくい……。イザベラ姉さんが修道院から出てきたあとのことを思うと、僕は気が重い。


「……はぁ」


 僕は溜息をつきながら、到着した馬車から降り立った。


 長い長い移動の末にようやくたどり着いたのは、国内南部のクヴァラスカ修道院――イザベラ姉さんが暮らす修道院だ。


 王都で何かと忙しく暮らしていた僕のもとに、ルシアン殿下経由で修道院から連絡が入ったのだ。いわく、イザベラ・マグラスが暴れ狂って『弟に会わせろ』と言って聞かないが、面会する気はあるか? という問い合わせだった。


 家族の面会を認めない修道院も多いのだが、このクヴァラスカ修道院では修道士の立会いの下に面会が可能となっているらしい。


「……どこまでも世話が焼けるな、イザベラ姉さんは」


 突っぱねてやろうか――という気持ちも湧き上がっていたのだが、悩んだ末に結局は面会することにした。


 僕は修道院の門を抜け、面会の場へと向かって行った――。

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