【第三章】猫は私の旦那さま

【24】デートでしょうか…?

「これは見事なヒマワリだ。やっぱりクララが育てると、違うな」


 八月のある朝。咲き誇るヒマワリをまぶしそうに見つめ、ジェド様は目を細めて笑っていた。畑の畝を一列使って育てた大輪のヒマワリたちが、朝日を浴びてきらきらと輝いている。


 私はガーデンテーブルに朝食のサンドイッチとサラダを出しながら、ジェド様に応えた。


「きれいに育って良かったです。でも、わざわざ畑の前にテーブルを出していただくなんて……ご迷惑じゃありませんでしたか?」


「いや、俺がそうしたかったんだ。外で朝食をとるなんて、初めてだ」


ヒマワリは朝一番に見るのが一番おすすめです。と昨日私が教えたら、ジェド様が「それなら、ヒマワリを見ながら朝食をとろう」と誘ってくれた。


 ヒマワリを見ながらジェド様と食べる朝食は、なんだかピクニックみたいだ。


 私は視線を、さりげなくヒマワリからジェド様へと移した。毎日屋外で何時間も魔法の鍛錬をしているから、ジェド様の肌は健康的に日焼けしている。出会った頃には痩せがちだった体格も、今では引き締まっていて精悍だ。男らしくて、とても――


「クララ」

「はひっ!」

 いきなり呼ばれて、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「な、なんでしょうか」

「最近、君は少し元気がないな。なにか気になることでもあるのか?」


 吊り目がちな美貌に気遣わしげな色を浮かべて、ジェド様は私を見ていた。


「そ、そんなことはありませんよ……?」

 私は内心うろたえていた。実は、図星だからだ。


(ジェド様ったら、鋭いわ……顔に出さないように気を付けていたのに。ジェド様はこれからお忙しくなるんだから、ご迷惑をかけないようにしなくちゃ)


 明日から一ヶ月ほど、ジェド様はレナス辺境伯領に帰省することになっている。レナス家当主のラパード・レナス様に、体調の完全回復を報告しにいくためだ。併せて、ジェド様が爵位継承の準備を始めるために関係各所にあいさつ回りをしたりといった、諸々の準備も進めていくらしい。


(……本当は、会えなくなるのが寂しいけれど。私がお留守番なのも、所詮は『契約妻』に過ぎないからだろうし)


 今後ジェド様が辺境伯になられたときには、私は契約解除されているかもしれない。そう思うと、図々しく寂しさを口にするのも憚られた。


(それに、もう一つ『すごく寂しいこと』があるけど……それもやっぱり、ジェド様に言わないほうが良いわよね。図々しいと思われたくないし)


 私は笑顔を取り繕って、彼に言った。

「本当に何でもないので、大丈夫ですよジェド様」


「そうか? それならひとつ相談なんだが……、実は君に会いたいという奴がいるんだ」

 ジェド様は、少し言いにくそうな顔をして私の反応を伺っている。


「私に?」


「俺の友人でな。ここ数年会ってなかったが、久々に向こうから接触してきた。俺の妻がどんな女性か興味があるとか言って、うるさいんだ。クララは社交が苦手なのに、誘って済まない……。だが、あいつはそれなりに立場のある奴だから、無下に断るのもな」


「ジェド様のお友達……」

 でも、私はただの契約妻だけど……会ってしまって大丈夫なのかしら。


「気が進まないなら、もちろん断る。日程も急だったしな。あいつ昨日連絡してきたと思ったら、『翌日会えないか』とか言いやがって」


「昨日の今日ですか? ご多忙な方なんですね」


「まぁ、俺が明日からレナス領に戻る都合もあったし、俺の帰省前に会いたいそうだ。とはいえ、急すぎるからやっぱり断ろう――」

 使用人を呼び寄せてキャンセルの連絡を送らせようとしていたジェド様を、私は遮った。


「大丈夫ですよ、ジェド様。私でよければごあいさつさせてください」

「……良いのか?」

「もちろんです」


 ジェド様にはいつも良くしてもらっているんだもの、たまにはお役に立ちたい。

 

「ご友人とは、どこでお会いになるんですか?」

「城下街のカフェで昼食をとることになっている。慌ただしいが、朝食が済んだら支度しよう」

「わかりました」


 よく考えたら、嫁いでから一度も屋敷の外に出たことがない。ここって王都だったっけ? とついつい思ってしまうほど、畑でのガーデニングライフを楽しんでいた。


「お出かけなんて、久しぶりです」

「俺もだ」


 あれ? これって、よく考えたら『デート』なんじゃあ。

 お友達に会うための往復は、ジェド様と二人きりになるわけで……移動中だけは、デートと思えなくもない。


 そう考えたら、顔が熱くなってきた。


   *


「よくお似合いですよ、クララ様。とてもお綺麗です」


 ドレスルームで着替えを手伝ってくれたサーシャが、鏡越しに微笑していた。輿入れの時に実家から持ってきた若草色のドレスに身を包み、私はドキドキしながら鏡に映った自分を見ている。


「……サーシャ。今日のお化粧、少し派手な気がしませんか?」


「いいえ全然。むしろ普段が薄すぎですし、今日はお出かけなさるのですから。ピーチカラーのリップは今年の流行色ですよ」

「さ、さようですか……」


 顔が重い。……きちんとしたメイクに特有の『なんか塗ってる感』が少し苦手な私だけれど、今日はおでかけだから仕方ない。それにマグラス家の次期当主として社交場に出ていた時の濃いメイクに比べたら、軽めな気がするし。


 ぎくしゃくしながら、私はドレスルームを出た。先に準備を済ませたジェド様は、玄関ホールで待っていた。


 ――すてき。


 盛夏に清々しく咲く百合のように、颯爽とした出で立ちのジェド様がそこにいた。白を基調とした上下に、ダークグレーの刺繡が映える。胸元のピンは翡翠で出来ているようで、瞳と同じ深緑色だ。


「クララ……!」


 な、なんで目を見開いているんでしょうかジェド様は。


「やっぱりこの顔、塗りすぎですか?」

「塗り? いや。とても眩しいよ。綺麗で君らしくもあって……すごく良い」

「ま、まぶしい……?」


 そんなお世辞をさらりと言ってしまえるなんて、やっぱりジェド様は変わったわ。社交能力が、飛躍的に向上している。


「じ、ジェド様こそ、とてもお素敵です」

「……クララは世辞がうまいな。行こう」


 私達のやりとりを見て、ディクスターさんが何故か「ぷぷぷーっ」と噴いていた。彼は、本日の護衛を務めてくれるそうだ。


 私達が乗り込んだ馬車は、貴族街を出て城下街の目抜き通りへと向かって行った。


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