【21】夫視点「…何の密談だ?」

 人気のない裏庭で、クララとリンデルは二人きりになっていた。


「あの……ディクスターさん……」

「はい」

 クララは赤い顔をして、言葉を選ぶようにしてそわそわしていた。そんな彼女のことを、爽やかな笑みを溜めてリンデルが見つめている。


 二人の姿を物陰から観察していた俺は、ものすごく不愉快な気分になっていた。クララは、秘密の相談をリンデルにだけしたいと言っていたが……いったい何を話すのだろうか。


 緊張して肩を強張らせていたクララが、大きく深呼吸してからリンデルを見つめた。



「教えてください。ジェド様はどんな病気なんですか?」



 ――――?


「ジェド様の病気は、治らないものなんですか? レナス家の男性は病弱で短命なのだと聞いたことがありますが……やはりジェド様も、そうなのですか?」


 本当はずっと気になっていたんです。と、彼女は絞り出すような声で言った。


「私みたいな部外者が、病気について問いただすのは無礼だと分かっています。……でも、どうしても知りたくて。私が『調律魔法』を上手に使えるようになったら、ジェド様は長生きできますか!?」


 不安そうな表情で、彼女は必死に問いかけている。


「もしそうなら、私も魔法の鍛錬をやります。お屋敷を出て、研究所や魔術師団に入る形でもかまいません」

「落ち着いてください、クララ様」

「でも……」


 彼女の声を聞きながら、俺は困惑していた。――まさかクララが、俺の体調をそこまで心配していたなんて。


 リンデルも、クララの質問に少し戸惑っているようだった。

「若のご病気、ですか……。そうですね……」


 どう説明するべきか迷っているらしく、リンデルは眉間をおさえて目を閉じている。だがやがて、答え方を決めた様子でクララを見つめた。深い呼吸をしてから、はっきりと告げる。



「実は……若は病気ではありません。調です」



「…………はい?」

 クララは、気の抜けた声を漏らした。


「紛らわしくてスミマセンが、レナス家の男性にとって、あの体調不良は標準的なモノなんですよ。個人差があって、若の場合はとくに不調が出やすい体質なんですけどね。だから別に、病気とかじゃありません」


「で、でも。歴代当主はみんな短命だと……」


 あぁ。それですか、とリンデルは苦笑していた。

「不運が重なって、現当主のラパード様を除いて三代連続で早逝ですが、病死した方はいませんよ。若のお父上のヴェルド様は魔法騎士でしたが、魔獣討伐の折に亡くなりました。若の曽祖父に当たるリルド様は、落馬事故。さらに一代前の当主であるファード様は、他国遠征中の戦死です。……ということで、全員が不慮の事故でした。尾ひれの付いた噂が世間では拡散しているようですね」


 リンデルの説明は正しい。父も曽祖父もその先祖も、全員が事故死だった。体調不良でふらついたりして結果的に死亡事故につながった可能性もあるが、それは病死ではない。


「でも……ジェド様は毎日、とても苦しそうだったのに」


「まぁ、あれだけ具合悪そうにしてれば驚きますよね。人間の肉体には、適切な魔力量というのがあるんです。ですが、レナス家の男性は人間離れした魔力を持っているから、魔力が体内で滞って不調が出るんですよ」


 と言ってから、リンデルは気まずそうな顔をした。

「これ一応、機密事項なんで外部に漏らさないでくださいね。お願いします」


 こくりとうなずくクララを見て、リンデルは胸をなでおろしていた。あいつ、どこが「口が堅いほう」なんだ。ベラベラ喋りやがって……。


「若みたいに魔力が溜まりやすい体質には、『調律魔法』がよく効くんです。でも、国内に三人しか調律魔法を使える人材がいませんから、若も滅多に調律魔法を受ける機会がなくてですね。だから本当にクララ様との出会いは、若にとっての救いです」


 そういうと、リンデルはクララの前にひざまずいた。


「クララ様が調律師なのか、それともただのご令嬢なのか。私には判断が尽きませんが、正直言うとどっちでも構いません。ただ、クララ様がいると若は元気になる――それだけは確かなので。できれば今後も、若に愛想をつかさずよろしくお願いします」


 恭しくクララの手を取り、リンデルは彼女の甲に騎士の口づけを落とした。クララはぽかんとしていたが、やがてぽつりと呟いていた。


「全部、本当なんですね?」

「もちろん」

「…………よかった」


 ぽろり、と一粒涙をこぼし、力の抜けた笑みを浮かべている。


「短命だと聞いて、ずっと不安でした。ジェド様に元気になってもらいたくて、お花を贈ったりお料理を作ったりしていたけれど、すべて自己満足な気がしていて。……ジェド様も、本当は迷惑がってるみたいですし」


 えっ。――と、俺は驚いていた。毎日大喜びで受け取っていたのだが、迷惑そうな素振りなんて見せていただろうか? リンデルも、ツッコミを入れたそうな顔で息を詰まらせている。


「でも、安心しました。私の育てた植物に意味があるのなら、今後もジェド様にいっぱい食べてもらいます」


「分かりにくいですよね、若の感情表現って……しかも自己完結型だし。まぁ、若に関して理解不能なことがあったら私に質問してください。だいたいは、翻訳できます」


 クララは、思い当たることがあるような表情でうなずいていた。


「それなら、もう一つ教えてください。ジェド様は寝ながら徘徊する癖とか、あったりしますか?」

「どういうことでしょう」

「眠りながら人の部屋の鍵を開けて、忍び込んでくる癖とか」

「それは初耳ですが。何かありましたか?」


 聞き返された瞬間に、クララはリンゴのように頬を赤く染めた。


「な。なんでもありません……忘れてください」

 ありがとうございました、と深く礼をすると、クララはリンデルのもとを去っていった。


 クララが見えなくなるまで軽く手を振って見送っていたリンデルに、俺は声を掛けた。

「……ありがとう、リンデル」

「おや。若、いつからそこに?」

「お前、気づいてた癖に」


 呆れて溜息をつくと、リンデルはおどけた調子で肩をすくめてみせた。


「若から感謝の言葉をいただけるなんて、光栄です」

「なんだそれは。俺の性格はそこまで歪んでない」

「どうでしょうかね」


 クララのいなくなったほうを眺めて、リンデルは笑っている。


「夜這いでもしましたか?」

「霊獣化して、やらかしたらしい。……添い寝だけだ」

「そうじゃなかったら大問題ですよ……」

 今度は、リンデルが溜息をついた。


「いい加減、契約結婚なんかやめたらどうです?」

「分かってる」


 俺にはクララが必要だ。『調律師』云々うんぬんの話ではなく、本当にクララが必要なんだ。彼女がいてくれるだけで、気持ちが華やぐ。一生、そばにいて欲しい。この気持ちを、きちんと彼女に伝えなければならない。


「……だが、今の俺ではダメだ」

「というと?」


「俺はまだ自分の霊獣化をコントロールできず、次期当主を務めるような器でもない。クララへの気遣いも足りないし、彼女を不安にさせてばかりだ。……今の俺は、クララにはせいぜい『弟代わり』にしか見えていないだろう」


 そんなもんですかね、とリンデルは首を傾げている。


「俺は自分の未熟さが嫌いだ。きちんとした結婚を申し出るのは、クララにふさわしい一人前の男になった時にする。霊獣化について明かすのも、そのときにしたい」


 彼女に好かれ得るような、そんな男になってから。俺の腹は決まっていた。


 リンデルはなぜか、苦笑している。


「まぁ、いいんじゃないですか? 良くも悪くも若は、自分で決めたことは絶対曲げませんからね」


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