【20】夫視点「俺は、とんでもないことを…!?」

「……う、ぁあ……、俺は、なんてことを…………!!」

 俺は自室に駆け込んで、頭を抱えて悶えてた。


 朝目覚めたら、俺はクララの部屋にいた。しかも、彼女の上で眠っていた。


 いつのまにか霊獣化して、クララの部屋に忍び込んでいたようだ……。自室の窓を閉め忘れていたから、そこから出たに違いない。そして、のらりくらりと彼女の部屋へ……。


「くそ。なんてことをしちまったんだ……」

 

 霊獣化している間のことを、俺は何も覚えていない。クララの様子から察するに、は仕出かしてないはずだ。きっと昨晩の俺は、ペットみたいに甘えながら、クララと一緒に眠りこけていたのだろう。


「――クララにどう説明したらいいんだ!? 魔が差して忍び込んだとでも言えばいいのか? それとも、霊獣化のことを正直に言ったほうが……? ……いや」


 レナス家の男が霊獣化できることを、一般の貴族は知らない――だからクララも、きっと知らないはずだ。ただでさえ最悪な状況なのに、いまさら霊獣化の説明なんてしても、冷静に聞いてもらえる訳がない。


 しかも、これまでずっと付きまとってた仔猫が、俺だったなんて知られたら……。

 

「……何をどう説明しても、今以上に嫌われるのは確実だ」


 俺はふと気づいた。

 言い訳以前の問題として、きちんとした謝罪をしなければいけない。なのに何で逃げてんだよ、俺は!


 ともかく謝らなければ! 身支度を済ませると、再びクララの部屋へと向かった――。


   *


 クララはすでに、自分の部屋にはいなかった。すれ違った使用人に尋ねると、「いつものように、厨房で若旦那様のお食事をご用意しておいでですよ」という返事が返ってきた。


 厨房に向かうと、鍋のスープを器に盛っている小柄な背中が見えた。料理人に交じって朝食の準備をしていたのは、クララだ。


「…………クララ」

 背中に声を掛けると、彼女はびくりとしてから、ぎこちなく振り向いた。


「ジ、ジェド様」

「……今日も、朝食を作ってくれたのか?」

「…………はい。毎日作るというお約束だったので。勝手にやめてしまうのも、失礼かと」

「そ、そうか。気を使わせて済まない」


 前置きの会話はそこそこに、本題は謝罪だ。俺が深刻な顔で最敬礼すると、厨房の料理人たちの視線が一斉にこちらに注がれた。


「昨晩は済まなかった」

「……えっ」


「許してくれとは言わない。本当に、俺は最低なことをした。……二度とやらない」

「ちょ、ちょっと……ジェド様、」

 周囲の視線を浴びながら、クララはおろおろしていた。


「そのお話はもう、本当に結構ですから。恥ずかしいので、もう何も言わないでください……」

 慌てふためきながら料理の盛り付けを済ませると、料理の皿が乗った盆を俺に押し付けてきた。


「これ、今日の朝食ですから召し上がってください。……私は、今日の朝食はいりません。それじゃあ」

 俺に盆を持たせると、クララは俺から逃げるようにして厨房から出て行った。


   *


 午前の魔法の鍛錬も、今日は全然身が入らなかった。初日とは打って変わって元気のない俺を見て、魔術師のビクター・リンデルが怪訝そうな声を出す。


「若君、お顔の色が優れませんが? お疲れが残っているのでしょうか」

「あぁ……」

「ならば、午前は休みと致しましょう。お体に支障のある状態で鍛錬を続けるのは危険です」


 鍛錬をそこそこに切り上げて、俺は行くあてもなく屋敷の中を歩いていた。なんとなく畑のある内庭の方向へと足が向いてしまうのは、クララのことを考えているからかもしれない。一人で歩いているうちに、ふと思い立った。


 ――そういえば最近、兄貴のほうのリンデルが俺に付いて来ないな。


 数週間前までは、俺が毎日のように倒れて霊獣化を起こしていたから、騎士ディクスター・リンデルが常に同行していたんだが。最近は俺があまり霊獣化しないから、監視が手薄だ。


 ……あいつ、さぼりやがって。


 俺の世話係というのが、あいつの仕事だというのに。霊獣化した俺が、また何か仕出かしたらどうするんだ。


 ディクスター・リンデルには、改めて監視を強めるように言っておかなければ。クララに迷惑をかけようとしたら、俺を本気で檻に閉じ込めるよう指示しておきたい。――などと思っていたそのとき。


 リンデルの奴が内庭を歩いているのが見えた。追いかけて「お前なぁ……」と文句を言おうと思ったのだが、別の者が俺より先にリンデルに声を掛けていた。


「ディクスターさん!」

「おや、クララ様。おはようございます」


 ――クララだ。屋敷の中から駆け出して、リンデルの奴を引き留めていた。


「どうしたんです、クララ様。深刻な顔しちゃって」

「あの。……少しお時間戴けませんか。私、ずっと気になっていたことがあって。誰にも相談できなくて」


 クララがリンデルに相談?


 俺は、物陰から二人の様子を見ていた。頬を染めて切実そうな顔で訴えてくるクララに、リンデルがやたら爽やかに笑いかけている。


「もちろん構いませんよ? 私でよければお気軽にお尋ねください。どうせ若も、今は弟と一緒に魔術の鍛錬してると思いますから。最近ヒマ過ぎて退屈気味なんですよ私。ははは」


 ははは、じゃねぇよ……。


「ありがとうございます、ディクスターさん。あの……ジェド様には、絶対に内緒にして欲しいんですけれど」

「密談ですか? かまいませんよ、こう見えて口は堅いほうです」


 じゃあ、人のいない場所で二人きりで話しましょうかね。などと言いながら、リンデルの奴はクララを人気のない裏庭へ導いていった。

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