03


     *


「ひでえな」特捜部の時田刑事は太い眉をひそめた。

「同じヤツだ。これで三件目か」シュウは刑事と並んで室内を見廻す。

 ラブホテル4階の一室。トイレ前に血溜まりが拡がっている。

 頭部と、左胸から左腕を失った遺体が、赤い海に浸っていた。

「ここまで喰って満腹ってわけだ」時田が吐き捨てる。

 シュウはただ一つの窓に寄った。

 窓とはいえ、すりガラスの外は鉄柵に遮られ出入り不能の造りだ。その鉄柵が針金のように両脇に押し拡げられている。

「かなりの怪力だ」

 50センチ先に、隣接するビルの壁。ビルの谷間には排水溝が伸びている。

 体内ナノマシンで視野をズームアップする。排水溝の表面に血痕は認められない。

 上か。

 振り仰ぐと、細く切り取られた空から初夏の光が降り注ぐ。

 ホテルの壁を血の痕が点々と登っていた。壁伝いに6階建ての屋上へ出たようだ。

 非常階段を使って屋上へ行くと、血痕はネズミ色の床面を横切り、フェンスを越えていた。

 何棟も並ぶラブホテルの屋上が、高低差をつけながら飛び石のように連なっている。

 跳び渡っていったのだろう。ホテル街のむこうは大川だ。川まで行けば返り血を洗える。そして、何食わぬ顔の女性に戻る──

「行先はわかりそうか?」後から来た時田が問う。

「大川だろうな。そこで痕跡は途切れる」

景宮かげみやサンも大変だな。あんなバケモノばかり相手にしてんだろ」

 バケモノの相手はバケモノにしかできない。シュウもバケモノだと時田は思っている。

 体内に戦闘系ナノマシン群を宿し、常人の10倍を超える速度や腕力を有する特務員エージェント──それがブーステッドマン──景宮かげみや しゅうだ。一見穏やかな青年だが、秘められたを知る者にはバケモノに見えても仕方がない。

 だがシュウは、この四十がらみの特捜刑事が嫌いじゃない。妙に気を遣われるより、はっきりしたもの言いの方が気楽だ。

「やっこさん、今度は店に入らねえでタチンボやるだろな。可愛いネエちゃんにニコッとされたら、男なんざイチコロだ。には困らん。やれやれ」

 時田は一枚の写真を出して見せた。店から預かった、当の風俗嬢のものだ。

 源氏名はハルコ。化粧っけの無い童顔だ。素人っぽさがウケるのだろう、客付きは良かったようだ。

 入店して10日目。当座の金を稼ぎ、が抑えられなくなって、不幸な巡り合わせの客を喰い、そして逃げた。

「もう鑑識入れてもいいか?」時田が訊いた。

 シュウは頷いた。

「じゃあ一緒に下りよう」

「一緒に下りたら、アイツは誰だ、と訊かれて面倒だぜ。ここで消えるよ」

 存在しない機関――ゼロ課。ゼロ課のエージェントを知る者は限られる。警察でなら時田がその一人だ。

「すまんな」刑事は言う。

「また連絡する」

 シュウは加速ブーストし、跳んだ。隣り合わせる屋上から屋上へと。

 あまりの高速に、建物の上を跳び渡る人影が目撃されても、気のせいか、で終わるだろう。

 そう。バケモノの逃走とまるで同じだ──

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