02 カンブリア・モンスター

  男はイラついていた。

 トイレに立った嬢がなかなか戻って来ない。

 好みの可愛いタイプで、だと喜んでいたのに。

 ──買った時間がどんどん減っていく。冗談じゃねえぞ。

 男はスッポンポンのままベッドを降り、玄関脇のトイレまで行く。

「おーい、おねーちゃん、だいじょぶかい?」

 返答はない。

 ドアに耳を寄せる。

 お、ぐ、……押し殺した妙な呻き声がする。

 なんだよ、なんだよ、吐いてんのかぁ?

 ドボドボ、っと液体が便器に落ちる音がする。

 男は萎えた。

 もうダメ。チェンジだ。店に文句言ってやる。

 手荒くノックした。「あのさあ、キミ、帰りなよ。別なに代わってもらうから」

 沈黙。すみません、の一言もない。

「店へ電話するぞ。具合が悪いなら迎えに来てもらうから!」声に怒気が混じった。

 と──

 カチリ。

 トイレの錠が外れる。

 ドアがすうっとこちらへ開く。

 嬢は小柄だったのに…… 男は見上げていた。嬢の顔はドアの上枠を超える高さにある。

 見下ろす双眸は金色にギラつく。口は耳まで開いて紅い歯茎が剥き出しだ。水飴のようなよだれが顎へ伝って垂れ落ちる。

 躰の巨大化に皮膚の伸張がついていけない。顔も躰もあちこち裂けて血を噴いていた。

 ひいっ。

 トイレから現れた怪物モンスターを見上げたまま、男は腰を抜かして絨毯に崩れた。横隔膜が下がり、悲鳴をあげるための空気が胸に溜め込まれる。が、その空気が使われることはなかった。

 嬢の大口が、男の顔面を喰い潰した──

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