奏とランタンと手持ち花火2
転落防止の
貼り付く感覚が気持ち悪くて、条件反射で飛び退いて手摺から体を離すと、手に持っていたリードがピンと張った。
さくらはじっと大堤防の上から何もない大海原を眺めている。
もうすぐ日の入りのようで、空を薄く藍色が
結局、いつもと大差ない時間まで散歩をする羽目になってしまった。
「さくら、そろそろ帰るぞ」
いつもはさくらを急かしたりはしないのだけど、なんとなく家の事が気がかりでそう声をかけた。
さくらは俺の声に反応するように
──────────────────────
さくらを送り届けて事務所に戻ると、奏が門限を破った子供を待つ両親のように事務所の前に仁王立ちをしていた。
「なにしてんだ?こんなところで」
俺が右の引き戸に手を伸ばせば奏も右へ、左の扉をに手を伸ばそうとすれば奏も左に動く。
奏では真っ直ぐな瞳で俺を見つめている事から、偶然ではなく、故意であるのは間違いない。
「ちょっと通してくれないか?」
「翔君!!少し散歩なんてしたいと思わない?」
少し上ずった口調だ。態度もおかしいし、何かを隠そうとしているのは明白だった。
俺の嫌な予感が当たってしまうのだろうか……?
おじさんと女子高生の禁断愛……
「はあ?今、二時間の長い散歩から帰ってきたばっかりなんだが。だから、一人で行ってくれ。あー喉乾いた」
そう言ってから、奏のいない方の扉に手を伸ばすと、手首をぎゅっと掴まれた。
「あーもう!!ちょっと今は見ない方がいいと思うの、翔君のこの後に影響を及ぼすというか……うーん。あのー……お願い!!私の顔を立てると思ってさ!!」
奏は俺の手首を掴んだまま、頭を深く下げた。
なんと答えるべきか、答えあぐねていると、俺の無言を了解と捉えたのだろう、奏は俺の手を引いて弁天橋の方角へと歩き始めた。
「どういうつもりなんだ?何がしたいの?まったく意味がわからないんだけど」
奏は振り返り、少し吐息混じりにイタズラな笑みを浮かべ
「さあ?なんだろうね」ととぼけてみせた。
奏に手を引かれ遠ざかっていく最中、事務所の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「大和さん、これはこっちでいいのー?」
あの間の抜けた声はアホの立花に間違いない。
「立花も居るのか?
いったい何をやらかすつもりなんだ?それともやらかした後の処理か?」
少し、いや、かなり不安になりつつ奏に答えを求めてみたのだけど、イタズラ坊主のようなキラキラとした綺麗な瞳で見つめてくるだけだ。
「フフフ、翔君て、
まったくこいつは。
「灯籠?それは江ノ島灯籠の事か?それなら遠目からチラッとなら見たことはあるぞ」
江ノ島灯籠って言うのは、八月から九月一日にかけて行われる島をあげての行事の事で、観光、参拝に使われる主要な動線と江ノ島神社の各宮や観光スポットを千機あまりの灯籠で照らしだす。カップルが出張るイベントだ。
正直あまり興味がないから、これ以上詳しくは知らない。
「そっか、じゃあ今から行こっかーっ」
「は?なんのために?」
奏は、思わず目を伏せてしまいそうになる笑顔をこちらに向け、答えた。
「それはねー、私が見たいから!!」
奏に抗えずに、されるがままで商店の建ち並ぶ参道の入り口に辿りついた。
つい二時間前とは様子が違い、ほとんどの商店は既に閉店しているという事もあり、人の数はまばらだ。
「ねえ、翔君。階段の上まで競争しない?________はい!!ヨーイドン!!」
言うや否や奏は勢いよく飛び出した。
「おい走ると危ないぞ!って、まったく……」
あまり奏の足は早くないようだ。
だけど、やはり逃げる物は追いたくなるのが人間の性なのだろう。
気がつけば奏を追いかけて俺も走り出していた。
次第に距離が詰まり、階段の途中で追い付いて、奏を追い抜かした。息を切らせながら一気に石段を駆け上がる。
そして最上段の石段を昇り終えた先で、俺は寝転び空を見上げた。
ゆっくりと登ってきた奏が
「そんなところで寝転んでたら邪魔になるからダメだよー。早く起きて」
と右手を差し出してきた。
「ああ、それもそうだな」
返事をしてから奏の手を借りて引き起こして貰った。
「それにね、せっかくここまできたのに勿体ないよ。よーく見てごらんよ」
奏が見ろと言った方角に目を向けると、幻想的な世界が広がっていた。
等間隔に置かれた灯籠が淡い光を放ち、参道を照らし出している。
見慣れた景色のはずなのに、どこか異世界にでも迷いこんでしまったのではないかと錯覚してしまうような光景だった。
言葉を失いフラフラとその光の中に吸い込まれるように歩いて行くと、テトテトと奏も後ろを着いてくる。
「翔君って意外と______ロマンチストなんだね」
「俺は
奏は早足で俺を追い抜くと、身を翻して微笑を浮かべた。
灯籠の淡い光に照らし出された奏の美しい顔立ちはどこか儚い。
「私が保証するよ。翔君はロマンチストだよ」
「それを言うなら、奏の方がロマンチストだろ?」
「それは違う。私こそリアリストだよ」
そう言った奏の表情からは、憂いのような物が感じられた。
それこそ淡い光とも合間って、触れれば壊れてしまいそうな……思わず目を剃らした。
「……」
「じゃあ、そろそろ戻ろうか?」
ほんの一瞬しか目を剃らしていなかったのに、奏からは先程までの物憂げな雰囲気は完全に消え去っていた。
「えっ?もう良いのか?」
まだここは入り口も入り口だ。島の裏側の岩屋まで灯籠は、ずーっと続いている。
その答えに奏は頷いた。
「うん。
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