奏は……2

 昨日はあまり眠ることができず、今朝の目覚めは最悪だった。


 眠れなかった原因は暑くて寝苦しかった、という訳ではなく、自分の気持ちの理想と、抱いてしまった気持ちとの違和感に気が付いてしまったからなのか


 それとも奏の『佐渡晃が好きだ』と言うはっきりとした告白を受けて、モヤモヤしてしまっている自分がいる事に対しての違和感なのか


 そんな気持ちを抱いたまま、これから奏と顔を合わせなければいけないからなのか。


 一晩考えても答えが出ることはなかったけれど、奏と待ち合わせをしている以上、起きない訳には行かない。


 少しは気分が晴れるかもと、歯磨きをして、顔も洗ってみたけれど、そんな事でスッキリすることなんかなかった。


 動きやすい服装に着替え部屋を出てみるも、待ち合わせ場所に向かうのもなんかしゃくで、足は自然と西浜の方へと向く。


 幸いにも待ち合わせの時間までまだ余裕はある。


 普段は飲まない微糖コーヒーを道中の自動販売機で買って、江のえのすい裏の階段に腰をおろした。


 水平線に目をやると、ちょうど日が昇り始めたところだった。

 メラメラと燃え盛る火の玉が少しだけ頭を出して朝焼けの橙色だいだいいろと夜の紺色とが混じり合った綺麗なグラデーションを作り出している。


 コーヒーをちびちびとやりながら行く末を眺めていると、次第に夜の色は完全に消え失せてしまった。

 都合良く昨日の夜の事も一緒に消え失せてしまえばいいのに、とも思ったけれど当たり前のように無くなるはずなんてなかった。


「そんな都合の良い事あるわけないよな」


 ポツリと呟いた独り言は、誰にも届くはずの無いものだ。


 しかし、意図せずに誰かに届いてしまうという事は、往々にしてあるものだ。


「どんな都合のお話し?」


 急に話しかけられた物だから、ちょうど飲み込もうとしていたコーヒーが器官に入ってしまい。激しくむせた。


「ゲホ、ゲホ、……って奏?なんでここに」


 奏との待ち合わせ場所は弁天橋、しかも時間にまだ十五分以上早い。


 弁天橋に向かったのなら開けている東浜にいるのに気がつくのならわかる。しかし、ここは西浜だ。


 弁天橋からだと奥まっていて、気がつく事はないだろう。

 それにわざわざここまで降りてくるなんて、かなり不思議な事に思えた。


「ちょっと、大丈夫?なんでって……」


 奏は俺の背中をさすりつつ、『どうしてここにいるのか』について答えようとするが、続く言葉が出てこないようで、視線が虚空を舞う。


「……ほら。あれだよ。なんとなく、第六感的な!」


「第六感ね……あ、もう大丈夫だから」


 奏の撫でる手にお礼を言うと、奏はくるりと踵を返し俺に背を向けた。

 奏も動きやすいように、ジャージを着てきた事にこの時気がついた。

 ジャージといえば。


「そう言えば俺のジャージは?」


「あーここに来る前に事務所に寄ってきたから、ついでに置いてきちゃった」


 奏はこちらに振り返る事なくそう答えた。

 今はなんとなく面と向かって話しづらいから助かった。


「じゃあもう、行こっか。さくらちゃん待ってるし」


 言うや否や、奏は俺の返事も聞かずに歩き始めた。

 まだ散歩の時間には十五分ほどあるはずだが。


 まあいいか。こうして話しているより、幾分マシだろう。


 奏の背中を追いかけて、俺も歩き出した。


 その背後を、まだ目覚めたばかりの太陽が後押しするように照らし出していた。


 どうやら今日も暑い一日になりそうだ。

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