第2話 中学三年・四月 その2


 せっかく授業が午前終わりだったのに、昨日は随分と午後の時間を無駄にしてしまった。 それもこれも、全部瀬奈の「グラビアアイドルになりたい」宣言のせいだ。


 あれから家に帰った俺は、どうにも落ち着かない気分で、午後を過ごした。文芸部の活動の続きをしようとしても、数文字打ってはまた消して、の繰り返し。仕方ないので読書でもしようかとしても、文字も頭に入ってこない。たまには真面目に勉強でもしようかと思ってももちろんダメ。最終的には、だらだらとスマホのゲームをしながら時間を潰すだけになり、気がつくと夜だった。  



「それで、瀬奈。昨日のあれは、本当だったのか」


 グラドル宣言から一夜明けた今日。放課後、文芸部部室・パソコン室にて。俺は瀬奈に向かい合うような形で、問いかける。


「あれって?・・・・・・ああ、グラビアアイドルになる、て話?もちろん、本気よ。」


 どう?ちょっとは見直した?と言わんばかりに、堂々と胸を張る瀬奈。


「あ、そうそう。すでに美菜みなちゃんと咲良さくらちゃんには、このことを伝えているからね。井神くんから教える必要はないわよ」


 今日はまだ来ていない、文芸部所属の二人の同級生について言及する瀬奈。


 ここでひとつ説明しておくと、美菜と咲良は、それぞれフルネームで河合かわい美菜みな河合かわい咲良さくらという。名字が一緒だが、別に双子というわけではない。偶然の一致で、同じ名字の同級生が、同じ部に入ったのだ。


「ふうん・・・・・・で、美菜と咲良はなんていったんだ?」

「美菜ちゃんは、極めて好意的な反応を示してくれたわね。すっごーい。芸能界目指すなんて、瀬奈ちゃんやるーっ。頑張ってね!・・・・・・」

「咲良の方は?」

「咲良ちゃんはね・・・・・・ええーっ・・・・・・瀬奈ちゃん、頭打った?大丈夫?て感じ」


 そりゃあ、普通はそう返すだろう。というか、美菜の反応の方がおかしい。冗談と思ったんじゃないのか。


 そもそも瀬奈は、女子の中では、どちらかといえば、あまり目立たないタイプの子だ。クラスの中心でワイワイ騒いでいるような、パリピ層から距離を取っている、そういう部類に入る女子だ。


 それが、いきなり芸能界を目指すと言い出したのだ。それもグラビア。正気を疑われてもしょうがない。


「ま、咲良ちゃんも近いうちに、分かってくれるわよ。わたしの目指すものが」


 そうかなあ・・・・・・。


「あれ?それじゃ、俺はどうなんだ?咲良と違って、俺は瀬奈の目指すものが、理解できないってことなのか?」

「なに言ってんのよ。井神いかみくんは、もうとっくにわたしの考えを理解してくれているでしょ」

「はい?」


 いや待て、俺がいつ賛成したっていうんだ。 抗議しようとする俺の声を遮り、瀬奈は話を続ける。


「だって、わたしがグラビア目指すのって、間接的には井神いかみくんが原因なんだからね?当然、理解しているわよね、てことよ」


 待て待て。意味不明過ぎる。俺のせいで、瀬奈がグラビアアイドルになろうとしている?


「おい、瀬奈。いったいどういう・・・・・・」

「あ、美菜ちゃんに咲良ちゃん。おつかれ~」


 丁度そのとき、美菜と咲良が部室に入ってきて、瀬奈のあいさつで俺の声をかき消される。


「咲良ちゃん、早速だけれど昨日書いた原稿、見てくれないかな?」

「はいはい、瀬奈ちゃん。ちょっと待ってね・・・・・・」


 いつもの文芸部の活動が始まる。


 仕方あるまい。俺の抱えた疑問については、またそのうち瀬奈に聞くことにしよう。

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