23:束の間の事情④。

 劇的ビフォーアフター。

 あの文句なしの陽キャ美男子である阿王帝が余りに合っていない丸形の眼鏡に片目隠し。更には良い感じに着崩していた制服をしっかり着ている。

 元の素材が良いせいで陰キャには見えないが、それでも陽キャ感は大分失われていた。


「……」

「な、なんだ? まだ疑っているのか?」

「そりゃ……はい」


(だって口調も何処となく変わってるし……)


 図書室独特の静寂を破った後、阿王帝が確保していた隅っこの席に連れられる千寿。

 こうして対面で座り、失礼を重々承知で見える範囲の彼をじっくりと眺める。すると阿王帝と名乗る生徒は自身の制服の内ポケットから生徒手帳を取り出し、眼鏡で自身の前髪を上げながらそれを千寿に見せてきた。


「まだ疑うか?」

「あ、はい。いいえ」

「なら良かった」


 そう言って眼鏡と前髪を戻し、見せてきた生徒手帳をしまう。


「……」

「……」


(か、会話が……)


 声を掛けた生徒が阿王帝だと分かったとして、ファーストコンタクトが胸倉を掴まれての警告だった為に会話など生まれない。特に胸倉を掴まれた千寿からだと。

 それでも千寿は頭を回転させた。


「――ぁ、2人なら旧ゲーム部の部室でひ……るご飯食べてます」

「あ、あぁ……そうか」


 危く”膝枕”というワードが出掛けたが何とか呑み込んで別の言葉に言い換える。


「2人はその――……元気か?」

「え? あ、はい。元気です……けども?」

「そうか」

「……」

「……」


 会話終了。琥珀と満穂の話題は2人にとっての共通の話なのだが、如何せん2人は顔見知りですらない赤の他人。口下手的なものが互いに発揮してしまい広げられなかった。

 そんな中、起死回生と言わんばかりに先ほど阿王帝が雑誌棚に戻していた雑誌を思い出す。


「古い漫画とか好きなんですか?」

「ん? 好き……とはちょっと違うな。思い入れがあるってだけ。どうして?」

「さっき戻してた雑誌をチラッと……」

「あぁ……」


 先ほど阿王帝が返していた雑誌の表紙には古い漫画作品のキャラクター達が複数描かれていたものだった。


「向こうだとああいった古めの作品が学校の図書室や町の図書館に置かれてたりしたんだよ」

「向こう?」

「あぁ。小5の秋から中3までアメリカに行ってた」

「あ、そう言えば阿王さん帰国子女でしたね。もしかして英語の勉強で使ってたとか?」

「! そうだ。良く分かったな」

「昔テレビで日本の忍者漫画が好き過ぎていつの間にか日本語をマスターしたって外国人を見たなと」


 語尾が独特の。中学生の頃にテレビで見た外国人旅行者へ突撃インタビューの番組で某忍者漫画に出てくる主人公の口調を真似ていた外国人が居たな、と思い出す千寿。


「へぇ。好きが高じてか。それは羨ましい。俺の場合は藁にも縋る思いでだったからな。あと孤独から逃げる為に」

「孤独?」

「! あぁ」


 孤独と最後に言い、それを指摘された帝は不味った、と薄っすらと苦笑いを浮かべる。


「――人間、言葉が通じなければ話し掛けたりはしないだろ? 日本人が集まる交流場も1人で行くには遠かったからな」

「な、成程」


(見た目がこんなに良くても……って、渡米したのは小学生の頃か。今がイケメンでも昔もそうだとは限らない、か。それに日本人受けが良くてもアメリカ人受けするとも限らない)


「だから目が悪くなるくらい本を読んで勉強したよ。日本語版と英語版とを交互に読んでさ。――! と、もうそんな時間か」


 ポケットから震えている携帯電話を取り出す。千寿が図書室の時計を見ると昼休み終了8分前だった。


「悪い。教室に戻る前に色々と準備があるからもう行かないと」

「あ、はい」


(準備? 髪のセットとかかな?)


「今日はありがとうな」

「え――あ、はい」


 去り際に言われた予期せぬお礼に呆気に取られる千寿。咄嗟の返しが思いつかず、千寿は阿王帝の背中を見送った。


「ふむ」


(噂とかで聞いてた印象と大分違う。もしかして今のが阿王さん本来の姿だったり?)


 話で聞いただけの阿王帝と、今見た阿王帝。二種類の阿王帝の事を考えながら千寿は教室に戻り、帰宅後のアプリ通話で昼間の出来事を2人琥珀・満穂に共有する。


「今の話を聞いて幼馴染的にはどう? やっぱり無理してる感じしますかねと」

「んー……どうでしょう? そもそも幼馴染とも呼べるかも怪しいんですよね。私と帝君」

「あれ? そうなの?」


 阿王帝と榎本満穂は幼馴染である。それも家がお隣さん同士な上に親同士も交流がある、というのが学校内での認知だった。


「帝君が親の仕事の都合で海外に引っ越すまでは交流がありましたよ? お隣同士でしたし。でもそれはあくまで親の都合です。親同士の交流の場で私達子供が居たってだけなんですよ実際は」

「そうなんか? 一緒に遊んだりとかは? 親関係無しによ」

「無いですね。それこそ親が関わっていないと」

「「へぇ」」


 意外や意外、と千寿と満穂は声に出す。


「私は私で友達が居ましたし、帝君もそうです。――ただ」

「? ただ?」


 突然口を濁す満穂。少し悩んだ末に口を開く。


「あまり……その……多分ですけど、良い扱いはされていなかったと思います」

「あら意外ですねっと。あの見た目なら……まぁ子供の頃ですけども。でもそれなりに可愛がられてたんじゃないの? 今であんなに良い見た目してるんだし」

「ところがどっこい。昔の帝君は小さかった上に太ってました」

「! へぇ……」


(相当苦労したみたい? アメリカでの生活)


 見た目のビフォーアフター。そして図書室で漏らした”孤独”という言葉。そして何よりも図書室で見せたあの苦笑いが印象に残り、千寿にささやかながらではあるが興味を残した。

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