第14話 追放されて当然の主人公 上

 世界に夜の帳が下りる。

 ある街の広場に、二人の男が立っていた。


「……ツァイス。お前をパーティーから追放する」


「――えぇ!?」


 夜遅くに呼び出された挙句、開口一番告げられた一言。

 ツァイスと呼ばれた男は、驚きを隠せずに叫んだ。


「僕って死んでたんですか!?」


「それは追悼」


 ひゅううう、と、冷たい風が二人に吹きつけた。

 秋も深まってきた今日この頃。

 男のもう若くない身体に、夜風がしみる。


「俺が言ってるのは、追放!

 ……そもそも自分が生きてるかどうかくらい、自分で把握しとけ!」


「じゃあボク何か、憲兵に捕まるようなことでもしましたか!?

 身に覚えはなくもないですが!」


「それは通報!

 身に覚えあるなら自首しろ!」


 げんなりしつつ、男は答える。

 そんな男の身体を、秋風が骨まで冷やしていった。


「え、じゃあ、嘘でしょう。

 アレですか……?

 うわー、いやだ!

 アレだけは勘弁してくださいよ!

 ボクはまだ生きていたいんですよ!」


「……うん? 

 待って、分からん。アレって何のこと?」


「アレでしょ、もちもちしてて甘い、ようかんに似てる……」


「ういろう!

 せめて子音を合わせる努力くらいはしろや!

 ……ていうか、ういろうするって何だよ?

 ういろうを動詞にしてその目的語になると死ぬの?」


 男がついに、声を荒げて捲し立てた。

 しかしツァイスは(ういろうを知らないなんてこの人バカだなぁ)という顔でこっちを見ていた。

 その顔を見た男は首を振り、ため息をつく。


「――まぁ、どこか別の国の言語と奇跡的に同じ発音と意味をとりそうな言葉で、3つもボケたことだけは褒めてやる」


「ありがとうございます。じゃ、僕はこれで。

 あ、明日は10時にギルド前のスタバ (マーのコーヒーがカみたいに美味しいお店) に集合でいいんですよね?」


「待てやこら」


 くるりと振り返って立ち去ろうとしたツァイスの肩を、男は疾風のごとき速さでガシッとつかむ。


「追放だっつってんだろ、追放!」


「……え、もしかして追放ってあの、追い出されるやつですか!?」


「そうだよ!」


「ええっ!? なんでですか!?

 ボクみたいな優秀な人材を追放するなんて、見る目ないにもほどがありますよ!」


「いやこの会話だけでも、そんなことはないと言い切れる」


「絶対この後、ボクが抜けた穴を埋められずにパーティーのランクが下がって、パーティー内の人間関係もうまくいかなくなりますよ!」


「大丈夫だ。心配するな」


「かたや追放されたボクはというと、パーティーのせいで制限されてた能力 (倫理観の欠如) が覚醒して、通報された後にういろうされて、追悼されるはめになっちゃいますよ!」


「いや追放されたなら、もっと上手くいけよ!

 もっといい能力を覚醒させて、助けた女の子を侍らせて、幸せに生きていけよ!

 ……ていうか、やっぱりういろうされると死ぬのかよ!?」


「ういろうされると死にます。常識です」


 ツァイスはあきれ顔で告げる。

 その顔は今夜最も、男の神経を逆撫でしたという。

 しかしそんな男の心情など全く考慮せずに、ツァイスはなおも続ける。


「……ふう。全く。

 追放されたら全てうまくいくなんて。

 現実がそんなに甘いわけがないじゃないでしょう。

 だからボクは追放されたくないんです。

 わかったらとっとと、発言を撤回してくださいよ。 

 ボク、戦力としてちゃんと役に立ってるでしょ?」


 ツァイスはため息をつき、やれやれといった調子で首を振り、両手の平を空に向けた。

 男はそれを見て、怒りをこらえた口調で言う。


「ダメだ。

 調子にのるなよ。お前は追放だ。

 たしかに能力的には問題ないが、お前にはとても重要な問題がある」


「え、能力以上に重要なものが、無慈悲なダンジョンの中に存在するんですか。

 ……一体なんですか、それは?」


「それはな……」


「…………」


「…………」


「……お前、魔物の倒し方がグロいんだよ!」


 男は、これまでの怨念を込めて、過去一の音量で叫んだ。


 しかしツァイスはポカンとした顔で男を見つめ返し。

 しばらくしてから言った。


「……え、何言ってるんですか?

 魔物なんて人に仇なす下賎で醜悪な汚らわしい生き物なんだから、どう殺したって自由じゃないですか」


「――いや今でも十分倫理観欠如してるから!

 それなんだよ! それ!

 俺たちのパーティーみんな、善良な感覚の持ち主なの!

 お前とクエストこなすと精神を蝕まれちゃうの!

 ダンジョンなんか潜った日にゃ、3日間の休息と専門医によるカウンセリングが必要だって、メンバー全員が言ってんだよ!」


「それは弱さを責任転嫁しようとしてるだけですよ!

 だってそんなこと言ったって結局、みなさん魔物は倒すんでしょ?

 ボクとやってることは同じだってことを認めたくないから、ボクを虐げようとしてるだけじゃないですか!

 そんなのはただの自己満足です!

 人にとやかく言う前に、自分たちの倫理観をこそ見直すべきですよ!」


「いいや! 非常に真っ当な価値観に照らした結果だ!

 大体さっき、自覚あるようなことを言ってただろーが!

 お前がなんと言おうと俺たちには異分子を排除する権利がある!

 自然の摂理だ!

 お前とはパーティーを組んでられん!

 もう明日から来るな!」


 男は話は終わりとばかりに、男はツァイスに背を向けて歩き出した。

 それを見たツァイスは、少しだけ焦って言う。


「……ま、待ってくださいよ!

 チャンスをください!

 そもそも、他のパーティーメンバーが本当に同意してるのかが疑問ですよ!

 それを言ってるのはあなただけかもしれない!

 せめて改めてパーティー全員でダンジョンに潜って、ボクが納得できる形で追放するのが筋じゃないですか!?」


 ピタリと男の足が止まった。

 その姿のまま静止して、数分が経とうという頃。

 振り返り、苦虫を噛み潰したような口調で言った。


「……くそ!

 ギリギリで一理あることを言いやがって。

 しょうがねえ。

 じゃあ明日、朝9時にギルド前のスタバ(略)で待ち合わせにしよう。

 ただし、明日パーティーの全員が同意したら、絶対に追放だからな」


「分かりました。

 では明日、スタバ(ryで会いましょう」


 その会話を最後に、二人は別れた。


 相変わらず、夜の街には冷たい風が吹き抜けていた。


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