第13話 追放した人がヒロイン 結

 街中の道を、全速力で駆け抜ける。

 本気で走ればボクは、肉食の獣の数倍速い。

 道行く人たちが、驚いてこちらを見てくる。

 関係ない。

 怪しまれたって、構うものか。


 ……でも、何でボクはこんなに必死になってるんだ?

 ボクはもう、彼女達とは何の関わりもない他人だ。

 彼女達の方から、俺との関係を絶ったんだ。


 今さらノコノコ出ていって、あわよくばピンチを救って、英雄視されたいとでも思ってるのか?

 やっぱりアレンがいなきゃダメだ、とでも言ってほしいのか?

 褒められたい?

 感謝されたい?

 またパーティーに戻ってと、言われたい?


 ……違う。

 ようやく分かった。

 ボクはずっと、逃げてただけだったんだ。


 家族を殺した犯人から逃げて。

 一人生き残ったトラウマから逃げて。

 彼女達との関係からも、逃げていた。


 何が「追放された」だ。

 被害者ぶりやがって。


 ボクは彼女達との絆を、全力で引っ張ったこともなかった。

 誘われるまま、パーティーに入って。

 求められるまま、知識を与えて。

 そして言われるがまま、パーティーを抜けた。


 すぐに諦めて。

 達観したフリをして。

 今までの行動に、お前の意志はどこにあったんだ。


 彼女達に別れを告げられた時。

 ボクは喚くべきだったんだ。

 みっともなく叫ぶべきだった。

 這いつくばって、彼女達の脚を掴んででも、行かないでと懇願するべきだった。


 だってボクは、どうしようもなく、彼女達のことが好きなんだから。

 どうしようもなく、彼女達を大切に思っているから。


 だから、走るんだ。

 彼女達を失いたくないから。

 もう二度と、大切な人達を失いたくないから。


 そして叶うなら。

 もう一度、追放されたあの日をやり直すために。

 パーティーに入れてほしいと、みっともなくお願いするために。


 目的のダンジョンに向かって、ボクは全速力で駆け抜けた。




 ----



「くそっ!

 どうすりゃいいってんだ!」


 ミラが、イラだった声を出す。

 ドラゴンが出たのだ。

 あの時と同じダンジョン。

 あの時と同じ、レッドドラゴン。


 恐らく、非常に稀な確率で合致する出現条件があるのだろう。

 しかしそれに二回も当たるとは、ツイてないにもほどがある。


 ただ、私達もあの時とは違う。

 あの時は一撃で戦闘不能になったが、今回は耐えられた。

 しかし撤退しようとすると、出口を塞がれた。

 逃げ場所を探しまわったあげく、袋小路に閉じ込められた。

 入口は小さいからやつも入ってこれないが、私達もできることがない。

 やつは執念深く、洞穴の出口で待機しているようだ。


 ミラの魔術が頼りだが、私達から視認できる位置に奴はいない。

 一度、いなくなったかと思って顔を出したら、すぐそばに奴がいて死にかけた。


 状況は最悪だ。


 こうなると、他の冒険者が通りかかるのを期待するしかない。

 だが、ここはCランクダンジョン。

 たまたま通りかかったとしても、Aランクのレッドドラゴンを倒せるとは思えない。

 いたずらに犠牲が増えるだけかもしれない。


 だが私達にもできることがないのだ。

 冒険者が通りかかり、奴がそちらに注意を向けた瞬間。

 即座に奴に攻撃を加えて、訪れた冒険者と共に、奴を倒す。

 これしかない。


 だが、ここに閉じ込められてもうすぐ3日。

 攻略に2日もかからない予定だったから、予備の食料も尽きてしまった。

 誰も、通りかかる気配がない。


 もうダメなのだろうか。

 ここで死ぬ運命なのか。


 不意に、レッドドラゴンを一刀のもとに両断した青年の顔が浮かぶ。

 ああ。

 なんて女々しい。

 自分から関係を絶っておいて、都合のいいときだけ頼るなんて。


 でも、本当は。

 ずっとそばにいてほしかった。

 あの優しげに微笑む姿を、ずっと見ていたかった。


 溢れそうになった涙で、景色が滲む。

 あわてて袖で拭う。

 もう、過ぎたことだ。

 その決断によって、彼は自由を得たはずだ。

 今頃は王都のSランクパーティーにでも所属しているだろう。

 少なくとも、レッドドラゴン程度に苦戦することなどないようなパーティーに。


 もうすぐ、3日が過ぎる。

 残りの体力を考慮して、3日経っても状況が変わらなければ、リスクを負った手段を取ると決めていた。


「……やるしか、ないか」


 そう呟くと、ミラとシャーロットも頷いた。


「行こう」




 全速力で、洞穴を出る。

 やはりドラゴンは、入口で待機していた。

 出てきた私達に、即座に反応する。


 だが、まともに相手をする必要はない。

 こちらは逃げられさえすればいいのだ。

 階層の出口を目指して走る。

 ミラとシャーロットを先に走らせ、私はしんがりを務める。


「ゴアァァァ!!」


 ドラゴンの咆哮と足音。

 あっという間に距離が縮まる。

 振り向くと、その首がもうすぐそばにあった。

 剥き出しの牙は、その全てが鋭い。

 その奥には、よだれが糸を引く舌がよじれていた。

 その様は、ひたすらに禍々しく見えた。


「ホーリーフィールド!」


 周囲に聖なる加護が満ちる。

 聖騎士の中位スキル。

 魔物の動きを鈍らせ、味方の防御力を高める効果がある。


 しかしそんなもの関係ないとばかりに、ドラゴンが首を伸ばし、噛みついてきた。

 身をよじり、なんとか顎で挟まれることだけは回避する。

 ガチンガチンと、その鋭い牙がぶつかりあう音が響く。

 何度も避けると、今度は首を鞭のようにしならせて、頭をぶつけてきた。


「くっ!」


 盾で受けはしたものの、その質量は殺しきれない。

 衝撃で後方に飛ばされた。


「「エミリア!」」


 こちらを振り返り、心配する二人。


「行って!!」


 私は、それを遮るように叫ぶ。

 一瞬のためらいののちに、二人は奥へと駆けだした。

 ……よかった。


 ズシン、ズシンと。

 ドラゴンが近づいてくる。

 まるで倒れた私をなぶるような、ゆっくりとした足取りで。


「まだ、終わりじゃない」


 私は立ち上がって、叫んだ。


「ディバインスラッシュ!」


 聖気を纏った、高速の斬撃。

 ドラゴンの首を目掛け、身体全体をしならせるように剣を振るう。

 私の持つ最高位のスキル。

 ドラゴンとて切り裂くことができる。

 大上段に構えた剣を、一気に振り下ろそうとして――。


「あぐっ!」


 突如、腹部に大きな衝撃が走った。

 剣がドラゴンに届く前に、無防備な腹部を尻尾で打ち据えられていた。

 鎧は砕け、私は壁に叩きつけられる。


「う、うぅ……ゲホッ!」


 喉に何かがせりあがってきて、咳をしたら大量の血がでてきた。

 もはや、立ち上がることさえできない。

 ドラゴンは舌なめずりをしながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。


 ああ、もうこれで終わり。

 私はもうここで、おしまいなんだ。


 これまでの記憶のかけらが、頭の中で渦を巻く。


 優しい両親のもとで、幸せに育った子どもの頃。

 その後、戦火に街を焼かれて。

 友達の二人と街から逃げて。

 身を立てるために冒険者になって。

 ……そんな私の物語は、ここでおしまい。


 最期に浮かんだのは、彼の顔だった。

 追放すると伝えた時の表情。

 彼は本当に悲しい顔をしてた。

 その反応が意外だった。


 彼と過ごした一年間。

 彼はずっと、心の内を見せてくれなかった。

 私達が何をしたって、柔らかく微笑むだけだった。


 失敗したらその原因を。

 成功したらその勝因を。

 微笑みながら、教えてくれた。

 しかし彼が一緒に喜んだり、悔しがったりすることはなかった。

 遥か高い所から、ずっと私達を導いてくれていた。


 そんな彼に対して、私達は何も返せていなかった。

 私達は彼にとって荷物でしかないと、自然に考えていた。


 だから、追放したのだ。

 彼にとって、いい厄介払いになると信じていた。

 痛みがあるのは、私達だけだと思っていた。

 彼は淡々と受け入れて、また別の場所へと去っていくのだと思っていた。


 でもあの時。

 彼の表情は、想像とは全く異なった。

 はじめて、あんなに悲しそうな彼を見た。

 そんな顔をするなんて、予想外だった。

 私は結局、その時に至るまで、彼の内面を何一つ理解できていなかったのだ。


 もっと彼との関係を深めていれば。

 もっと普通に、彼と接していれば。

 もしかしたら別のやり方が、浮かんだかもしれないのに。


 私は等身大の人間としての、彼を見ていなかった。

 その優れた能力で彼の全てをラベリングして、勝手に彼を遠ざけていた。

 私達のようなお荷物は、彼にふさわしくないと。

 彼のことを知ったようなフリをして、誤った結論に至った。


 ……いや、本当は、それだけが理由じゃない。

 私達の目に映る彼は、あまりに完璧すぎた。

 彼に迷惑をかけすぎて、共にいることがつらくなったのだ。

 彼は失敗を一切せず、私達は失敗ばかり。

 自分の愚かさを浮き彫りにされるようで、つらかったのだ。


 本当は彼に追いついて、肩を並べて歩きたかったのに。

 彼の優しさに惹かれていたのに。

 もっとよく、彼のことを知りたいと思っていたのに。


 自分では彼に釣り合わないと。

 簡単に自分に見切りをつけて、彼に並ぶことも、彼を知ることもあきらめた。


 もっと自分に、素直に生きればよかった。


 もしも、もう一度チャンスがあるのなら。

 やり直したい。

 彼を追放したあの時に、戻りたい。


 私達は未熟で、頼りなくて、あなたの足を引っ張ってばかりだけど。

 いつかきっと、あなたに追いつくから。

 だからずっと、そばにいてほしい。

 そう、伝えたい。


 ドラゴンの口に、炎が灯る。

 レッドドラゴンの代名詞たる、ファイアブレス。

 あれで焼かれたら、骨も残らないだろう。

 しかしもう、身体はピクリとも動かせない。


 さようなら、ミラ、シャーロット。

 あなたたちと過ごせて、本当に楽しかった。

 そしてごめんなさい、アレン。

 幸せになってください。


 私は目を閉じて、その瞬間を待った。





 ……しかし、いつまで待っても、その瞬間は訪れなかった。

 おかしい、あれはブレスの予備動作ではなかったのだろうか。

 恐る恐る、瞼を上げる。

 そこには。


 首のなくなったレッドドラゴンと。

 剣を振り抜いたアレンがいた。


「……え?」


 血の溜まった喉の奥から、思わず声が漏れる。

 レッドドラゴンの首が、遠くで地面に落ちる音がした。

 二人分の足音も。

 ……しかし私は、アレンから目が離せない。

 彼が私の方を向き、心配そうに駆け寄ってくる。


 おかしい。

 こんな都合のいいことが、現実に起こるはずがない。

 これはきっと、死の直前に見ている夢に違いない。


 アレンは何かを唱え、私に向かい手をかざす。

 私の身体が、暖かい光に包まれた。

 身体が動くようになる。

 声も出せるようになる。


 ……いい。

 もういい。

 これが夢でも構わない。

 たとえ夢の中だとしても。

 アレンに会えたなら、言わなきゃいけないことが、私にはある。


 すぐに立ち上がって。

 目の前のアレンに向かって言う。


「アレン、ごめんなさい。

 また私達と一緒にいて下さい」


 しかし、私がそう言ったのと。


「エミリア、お願い。

 ボクにまた、君達と一緒にいさせてほしい」


 アレンがそう言ったのは同時で。


 その時はよく、聞き取れなかったのだった。






 了。

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