第7話 追放されたのは、くさいからでした 転

 指定されたのは、街はずれの広場。

 そこには、一人の少女がいた。


 金髪の丸っこいショートカットに、小さな背丈。

 スレンダーな体つきに、サイズの大きな鎧を着こんでいる。

 背中には背丈ほどもありそうな大剣。

 どちらの装備もあちこちに傷がついており、使い込まれたものだと分かる。


 まるで、そこらの町娘が歴戦の騎士の衣装を着たかのようなちぐはぐさには、違和感を覚える者も多いだろう。

 だが、俺は知っている。

 その小さな体から放たれる、恐ろしい威力の斬撃を。


「お前、【白銀の翼】のエレンじゃないか」


「……覚えてくださってたんですね!

 カイルさん、ご無沙汰してます!」


「覚えてるも何も……」


 【白銀の翼】のエレンといえば、この街の冒険者で知らない者はいない。

 俺が一緒にダンジョンに潜ったのが半年ほど前。

 それからめきめきと名を上げ、今では【白銀の翼】はAランクパーティーになった。

 そしてエレンは、その躍進の立役者の一人だ。


 【鳳凰剣】エレン=カロライン

 巷ではそんな呼び方もされている。


 俺も生でその戦いを見たことがあるが、圧巻だった。

 電光石火の身のこなしから、重い大剣が神速で振り下ろされる。

 機動力と火力がどっちもずば抜けて高いという、神が差配を間違えたかのような天才だ。


「そっちこそ、また俺なんかに用があるのか?

 【白銀の翼】からは、追放された前科があるんだが」


「ええ、そうですよね。

 だから今回はパーティーとしてではなく。

 私個人として、勧誘にさせてもらいに来ました」


 屈託なく笑いながら、エレンは言う。


「どういうことだ?

 お前個人に対してなんて、俺に需要があるわけないだろう。

 俺にはダンジョンに潜るしか能がないんだから

 できることなんて、お茶くみくらいだ」


「ふふふっ。

 ええ、もちろんお茶くみをしてほしいわけじゃないです。

 カイルさんの得意なことで構わないんです。

 ……つまり、ダンジョンに潜ってほしいんですよ。

 私と一緒に」


 さらにその笑みを深くして、エレンは言った。


「……はぁ?

 お前は【白銀の翼】のメンバーだろ。

 Aランクに上がったばっかりで、順風満帆みたいじゃねえか。

 そっちと潜ればいいだろ」


「いえ、それができないんですよ」


「なんで?」


「だって私、【白銀の翼】やめてきちゃったんですもん」


「…………は?」


 あの【白銀の翼】を辞めてきた?

 この街で一番ホットな、今をときめくあのAランクパーティーを?


「カイルさん、なんだかとっても面白い顔をしてますよ?」


「……もともとこんな顔だ、ほっとけ」


 ゴシゴシと、顔面をこすってから聞いた。


「なんで辞めたんだ?」


 その質問に。

 エレンはもじもじと、両手の人差し指同士をつっつき合わせ始めた。


「……えーと、そのぉ。

 それを話すには、少しばかり、前提の共有が必要でして……」


 エレンはさらにもじもじしながら、話を続ける。


「そのためにまず、私のちょっとした秘密を話したいと思います」


「……秘密?」


「はい、秘密です」


「はぁ?

 なんで俺にそんなものを?」


「まぁいいからいいから、聞いてくださいよ。

 誰にも言ってない、うら若き乙女の秘密ですよ?

 聞きたいでしょう?」


 別に聞きたくない、と言いたかったが。

 聞かないと話が進まないようなので、しかたなく聞くことにした。


 エレンが深呼吸して、おもむろに話し始めた。


「えーっと……。

 そのぉ……。

 ……あー、いざ言うとなると勇気がいりますね」


「帰っていいか?」


「待ってください!

 言いますっ!

 言いますからっ!」


 ――なんか、俺が秘密を暴こうとしてるみたいになってない?


 そんな俺の疑問をよそに。

 エレンはとても恥ずかしそうに言った。


「えーっと、実はですね。

 ふぅ……よし。

 その……私、昔から、変なにおいが好きだったんですよ。

 汗をかいたあとの脇とか。

 一日履いたブーツとか。

 何か月も洗ってない兜の内側とか」


「……お、おう」


 なんか、思ったより生々しい秘密が出てきた。

 俺が一歩引いたのを見て、エレンは慌てて付け加える。


「いや、臭ければなんでもいいってわけじゃないんですよ!?

 好きなのは、生き物から生まれる匂いなんです!

 だから薬品とか、ゴミとか、死骸とかの匂いは普通に嫌いです!」


 ……いやそんな、チャバネゴキブリは好きだけど、クロゴキブリは嫌いです、みたいな、マニアにしか分からないフォローをされても。

 こっちは困惑しかできんって。


「私はこれまでずっと、それを隠して生きてきたんです!

 こんなこと言ったの、カイルさんが初めてなんですからね!」


 エレンがムキになったように叫んだ。

 まぁ態度からして、本当に初めてのカミングアウトなのだろう。


「……わ、わかった。

 とりあえず、お前は匂いフェチってことなんだな?」


「ええ、とりあえず、その認識で結構です」


「……それで?

 何でここに来たの?

 俺とダンジョンに潜りたいっていう理由は?」


 俺は当然の疑問を口にした。

 性癖を暴露されただけで、肝心の疑問が全く解消されてないではないか。


「カイルさん、それについてお話するには、もう一つ情報の共有が必要なんです」


 ピッと。

 人差し指を立ててエレンが言う。


「ここまでが前提その1です。

 続いて、前提その2についてお話します」


「回りくどいなぁ……」


「こちらについては、カイルさんの人生においても重要なものになると思いますので、よく聞いてください」


「え? 何の話?」


「あなたが何度パーティーを組んでも、必ず追放される原因についてです」


「…………」


「…………」


 一瞬の、沈黙ののち。


「何ぃっ!!??」


 俺は、ガシッとエレンの肩を掴んだ。


「おま、お前、それを俺に教えてくれるのか!?

 追放される時にいくら聞いても、誰も教えてくれなかったんだよ!

 教えてくれるならマジでエレン神っ! 天才っ!!」


 思い切り、エレンを揺する。

 ガクガクと頭を前後に振りながら、エレンは続けた。


「――お、落ち着いてください。

 申し訳ありませんが、これを告げるためには、条件があります」


「何っ!?」


「まず、これまでその理由を明かさなかったパーティーの方々を恨まないでください。

 どうしても言いづらいことというものがあるのです。

 情報の有無が生死を分かつ冒険者ですら、そうなのです。

 私がこの決断を下せたのも、特殊な背景があってこそのことなのです」


「恨まない! 恨まないっ!

 何を言ってるのかはよく分からないが!

 とにかくお前が今ここで教えてくれるというなら、俺は誰も恨んだりしない!」


 エレンの両肩を握る手に力を込めて、俺は宣誓する。

 エレンはうなずき、続きを口にした。


「……そして、めげないでください。

 残酷な真実を目の当たりにしても、決してくじけないと誓ってください。

 大丈夫です。

 私が必ず、そばにいますから」


「誓う誓うっ!

 何言ってるのか全然分からないが、誓うよ!

 何を聞いても、俺は絶対にくじけない!」


「わかりました。

 それだけの覚悟があれば大丈夫でしょう。

 ……では、言いますよ。

 心して聞いてください」


「はい!」


 エレンは天を見上げ、目を閉じた。

 そのまま、沈黙が続く。


 穏やかな陽気の中、どこからか子どもの笑い声が聞こえた。

 吹き抜ける風に、きれいな花びらが空を舞う。


 エレンは石像のように動かず、目を閉じたまま固まっていた。


 この時間が永遠に続くのでは、と俺が思い始めた時。

 エレンは、見上げていた顔を戻し。

 ゆっくりと目を開けて。

 厳かに口を開き。

 言った。


「……あなた、くさいんですよ」


「…………え?」





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