異世界トリップしたけど王子様がいないんですが

朝乃倉ジュウ

合縁奇縁

 空腹で挑む健康診断の採血で貧血を起こして失神し、次に目が覚めた時、私は異世界にいた。


 見渡す限りの荒野。

 土煙を上げて移動する、見たこともない島のように大きい、恐竜のような生物。

 その恐竜の背中に広がる石造りの要塞のようなお城。

 鳥やリスのように身軽に跳びまわる人。


 どうやら私は人外の世界に来てしまったみたい。中世ヨーロッパのような森なら、素敵な王子様とか騎士様に会えてそのまま恋愛できそうなのに。風がそんな訳ないとふきつける。砂埃でざらつく髪を手で押さえながら私はため息をついた。

「こういう異世界トリップものって素敵な人が助けてくれるものじゃないの?」

 目を覚ました私の近くには、腰の低い軍服の少年一人だけ。しかもここから動かないでくれと言うのだ。不満気に口を尖らせたら少年はおどおどしながら謝った。

「すみません……! ぼくなんかが……でも、ここで待つように隊長に言われてて……」

「ねえ、異世界ってわかる? 私は違う世界から来たんだけど」

「すみません。本で読んだくらいでしか……すみません」

 謝る癖がついてる子って自分に自信がないんだっけ? 会話のテンポがいつもと違うからなんだか苦手だな。

 私は少年に隊長とやらが来るまでこの世界について聞いてみた。

「ここってどういう世界なの?」

「どういう世界って……見ての通り、何もない……です。ぼくたち“アルマ”は、えっと、その……お宝を探してるんです。資源が足りない世界だから……わかりにくいですよね……すみません」

 軍服を着ているから知っているのかと思ったけど、それほど詳しいことを知らないのかな。隊の中でも一番下とかかもしれない。

「その“アルマ”ってなに? グループ名とか?」

「あ、すみません……ぼくたちの、種類……です」

「アルマ族ってこと?」

「えっと、そうではなく……」

 上手く言えない少年が両手をばたつかせて言葉を探す後ろに、急に軍服を着た青年が降ってきた。

 少年と違うマントを身に着けていることを見るからに、この人が隊長なのかもしれない。漫画やゲームの知識だけど。

「隊長!」

 私の予想通り。少年は青年を隊長と呼んだ。子供が親を待っていたように、少年は明らかに安堵している。

 歳は私と同じか少し上くらいかしら。軍帽でよく見えないけど顔は悪くないみたい。でもつり目はタイプじゃないな。残念。

「待たせたな。どうにも参番隊とはソリが合わなくて“お話”が長引いた」

 子供を安心させるように優しく、隊長は少年の背中を撫でながら私を見た。

「さて──あんたが人間か」

「異世界から来た美崎よ。今、そこの子にこの世界のこととアルマ族について聞いてたとこなの。お宝を探してる種族なんでしょ」

「異世界にアルマ族って……フッ」

 隊長は私の言葉を鼻で笑った。そして口を隠すように手で覆いながらも、その下で苦笑いした。

「ああ──異世界か。そうだな、そういうことにしておいてやろう。俺も本で読んだことがあるからな。この世界のお宝は、強いて言えば人間だ。だから宝を探す種族というのも認識としては間違いじゃない。だけど訂正はさせてくれ」

「なにを?」

「俺たちは“アルマ”だが、それは種族ではない。ただの種類だ」

「なにが違うの?」

「そこまで詳しく知らなくて良いさ」

 隊長は一方的に話を終わらせた。それ以上は聞けない空気を読んで、私も聞くのを止めた。少年は不安そうに私と隊長を見ていたが、話が終わったとわかると控えめに手を挙げた。

「あ、あの、風が強くなってきたので、お城に入った方がいいと思います」

「ああ、そうだな。ミサキ──と言ったな。この世界で人間は貴重品だ。人間を保護している場所まで連れてってやるから、大人しく俺たちについて来い」

「お宝なのに保護してくれるところに連れてってくれるの?」

「報酬がもらえるからな。別に牢屋に入れたり縛りあげはしない。城の中でなら自由に動いてかまわない。三食におやつもデザートも出してやるし、内側から鍵をかけられる一人部屋も用意してやる」

 要塞のような城の中に連れて行くのかと身構えたけど、意外な優遇に私は喜んでついていくことにした。そうそう、異世界トリップらしくなってきたわ。風が強いからと少年が手を繋いでくれた。そっちの方が飛ばされそうだと思ったけど、少年が握る手の強さに私は思わず声を出して驚いた。

「すっ、すみません! 強くにぎりすぎました」

「ううん、驚いただけだから大丈夫。意外と力あるのね」

「俺たちは人間と違うからな。そうだな……人間的に言うなら“人型兵器”ってやつがわかりやすいか。戦車くらいなら素手で缶のように潰せるさ」

 隊長の言葉に私はどこか違和感を覚えた。でも少年に手を引かれて城の中に入り、そんなのすぐ忘れた。目の前に広がる映画のセットのような、石造りの厳かな城のホールに圧倒されたのだ。

 貴族が住んでいるような煌びやかさは無い。でも石というシンプルで落ち着きのある造りはいかにも異世界という感じがして好きだ。周りを物珍しく見回していたけど、隊長も少年も足を止めずに奥へ私を連れて行く。広い廊下も窓から差す光で明るい。壁や天井にはゲームで見るような蝋燭に火を灯すタイプのランタンが付けられているから、きっと夜でも明るいだろう。

 少年が手を引いてくれているからよそ見をしていたら、木製のドアの前で隊長が足を止めた。少年に止められ、私はやっと前を見た。

「ここがお前の個室だ。中にトイレも風呂もある。後で女性のアルマを護衛と案内を兼ねて来させる。それまでは好きにくつろいでろ」

「あ、中に口にして大丈夫なお水や食べ物もあるので、よかったら食べてください」

 そう言って二人は私を部屋に押し込むと有無を言わせず、早々に扉を閉めた。なんなんだろ。

 でもなんだかそれも異世界っぽい。私は部屋の中を探検することにした。




 隊長として、俺は今後の事を考えて頭を抱えた。

「あのミサキという人間、ここを異世界だと思い込んでやがる」

「すみません! すみません! ぼくの説明がうまくできてなくて……! 訂正できませんでしたぁ!」

 城外のアルマをホールに集まるよう指示を出し、足早にホールに向かう。俺の後ろをついて歩くホシがべそをかきそうになっているが、今はあやしてる暇はない。

「いや、いい。全体通達で話を合わせておくぞ。一から説明して絶望されても面倒だ」

「でも隊長、保護区に連れて行くまでにちゃんと説明しないと……」

 俺は足を止め、ホシの肩を掴んだ。

「ミサキの人間ポッドには令和と書かれていた。つまり少なくとも三百年は経ってる。ここは異世界ではなく現実の世界で、三百年後の世界。人類はほぼ絶滅。自然環境も壊滅的。しかも走っているのは渋谷区。俺たちはコールドスリープさせられている人間を探して保護区に連れて行く人間兵器。この情報量をすぐに受け入れて飲み込める人間はまずいない。下手にパニックを起こされて死なれたり他の隊に拐われたらどうする!? 百年ぶりに女性の人間を保護したんだ、慎重に動け!」

「す……すみません……」

 俺はホシの肩を軽く叩き、ホールへ向かう。

 保護区の人間は少ない。他の隊での人間の私物化、人体実験などもよく聞く。人間ポッドを同時に発見した参番隊の偵察を壊滅させたとはいえ、本隊以外の他の隊も、ここで人間を保護したとはいつかはバレるだろう。

 ミサキを無傷で保護区へ連れて行かねばならない。それが俺たちアルマの存在意義。なのに永い時間が他の隊をおかしくさせてしまった。まともに機能しているのは壱番隊と俺の隊くらいだろう。

「はぁー……いいぜ、やってやるよ。三百年後なんて異世界と変わんねぇもんな。異世界と思い込んで大人しくここにいてくれるならそう思わせたままでいてやるよ」

 俺はホールに集まった隊員たちに大声で今後の指示を飛ばした。

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異世界トリップしたけど王子様がいないんですが 朝乃倉ジュウ @mmmonbu

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