第22話 本部

 本屋を出て、元の道を戻って来る。市場がある大通りまで来ると、市場には戻らず、そのまま真っ直ぐ進むジェイド。東西に伸びる大通りを通り過ぎて北の道に入った。林が続き、山がすぐ近くにあるので、町よりも緑が多い。

 そこは坂になっていて、上って行くと見えて来た。石造りの大きく無骨な建物に、こちらも大きな鉄塔は迫力がある。そして、目の前には巨大な門がそびえ立っていた。山を削った中にある要塞のようだ。門の両側には屈強な、見るからに強そうな兵達が警備しているので、悪い事を企む者は、この門を見るだけで気力をいでしまいそう。


「ここは……」

「俺が大隊長をやってる国王軍第五団・特別警護隊の指令本部だ」

「特別……?」

 イオリが“特別警護隊”という名前に引っかかりを覚えた事に気付いたジェイド。彼は頭をかきながら、簡単に説明した。

「一から四団は普通の国王軍で、本部は王都にある。うちだけこの町に本部を置いてるんだ。海から来る犯罪者や厄介事は多いからな。だから特別警護の任を受け、警察と協力して海岸線の警備もしてるってわけだ」

「そうなんですね。すごい……」

「自分に与えられた仕事をやってるだけだ。王都にいる口うるさい連中がいないおかげで、気が楽だしな」

 こういう組織は上下関係や規律も厳しいだろう。イオリは本で読んでいた物語の知識しかなかったが、ミソールやルクス達を見ていたので納得した。ジェイドは彼らの上官だが、偉そうにしていない。目つきは鋭くて怖い印象だが、部下達はあまり緊張せずに接していたように感じる。上下関係や規律など、大事な所はしっかり守りつつ、それでも必要以上に部下へ圧力を与えないようにと、ジェイドの気遣いだろうか。


「大隊長、ご苦労様です!」

 敬礼してジェイドを迎え入れる門番の兵に声をかけられた。

「おう、ご苦労さん」

 イオリを見る。

「この方は……?」

「詳しい事は戻って来た奴に聞けば良い。例の補助要員だ」

 彼の言葉に、門番達はピンときた。

「ああ! ハゼリさん、喜びますよ」

 どうぞと道を開けてくれた。イオリはぺこりと門番に頭を下げて、ジェイドの後ろを着いて行く。

(軍の敷地に、私が入って本当に良いんだろうか……)

 保護対象だが、一般人のイオリにこの空間はとても恐れ多かった。

「あ、あの、さっき言ってた補助要員て……」

「着いて来れば分かる」

 ジェイドはそれだけ言うと、どんどん先へ進んで行ってしまった。



 ジェイドはイオリを、軍の敷地の端にある建物に連れて来た。他の施設より距離を取った場所にある建物だ。三階建てで、それなりの規模がある。学校の建物に似ていると思ったイオリだった。

「ここは、第五団に所属する軍人の宿舎だ。独身の奴が住んでる。結婚すれば、町に家を買って住む事が出来るんだ」

「へぇ」

「で、ここが、お前が今日から住む場所で、仕事場だ」

「……え!?」



「私はこの宿舎の管理人、ハゼリだよ。よろしく」



「サキシマ・イオリと言います。よ、よろしくお願いします!」

 頭を下げるイオリ。ジェイドはイオリに管理人を紹介した。彼の部下達は今、船の荷物の整理や片付けの為、本部にいるのでここにはハゼリ、ジェイド、イオリだけだ。

 ハゼリは肝っ玉母さん、という雰囲気をかもし出している。明るい茶色のウェーブした髪は柔らかそうで、体格もゆったりとしていて頼れるお母さんだなと、イオリは感じた。

「イオリだね。かわいい子じゃないか。異世界からたった一人で。しかも、訳の分からない連中に追われてるんだって? かわいそうに」

 イオリは頷いた。ジェイドは彼女に全てを話しているようだ。

「私が異世界から来たって、皆さん知ってるんですね」

 ジェイドがイオリを見た。

「知ってるのは第五団の人間だけだ。町の人間や、さっき話した王都に本部がある奴らには話すなよ。どこに敵が紛れてるか分からんからな」

「は、はい」

「後は、国王様には報告する」

「こっ、国王様って……この国で一番偉い人でしたっけ……」

「偉くなかったら、国王とは言わねぇだろ」

「!!??」

 驚愕の表情で固まったイオリを見て、呆れたようにため息をついた。

「当然だ。国王陛下は、お前が来るのを待ってたんだからな」

「えぇ!?」

 ジェイドは頭をがりがりとかく。

「まぁ、また色々話してやるよ。とにかく今は、お前の生活拠点を確立させろ。ハゼリ、ここで働かせる代わりに、置いてやってくれ」

 イオリは頭が若干混乱していたが、思考を現実に引き戻す。イオリと目が合ったハゼリは、にっこりと笑った。

「それじゃあ、明日から私の手伝いをしてもらうよ。少しずつ、覚えていけばいいから」

「よ、よろしくお願いします!」

 イオリも笑顔でお世話になりますと、もう一度頭を下げた。

「礼儀は身についてるようだ。こりゃあ、目を光らせないといけないねぇ」

「?」

 ジェイドに意味ありげな眼差しを向けるハゼリ。見られた彼は何の事かと眉を寄せ、眉間の皺を深くした。もちろんイオリもどういうことか分からず、首をかしげている。




「とりあえず、部屋に案内するよ。荷物はさっき届いたから、部屋にある。着いておいで」

 ハゼリは鍵を手に持ち、イオリに来いとうながす。行っていいのかジェイドを見上げると、彼も頷いた。

「後は頼む。俺は戻る。外出は控えろ」

 ジェイドがイオリに本を渡す。そして、もう役目は終わったとばかりに、外へ向かって歩き出そうとした。イオリはジェイドの背中を見つめ、何を言うべきか一生懸命考える。

「あ……、ありがとうございました!」

 結局、この言葉しか出てこない。イオリは頭を下げた。顔を上げた後も、笑顔を作ってジェイドを見送ろうとする。

「……」

 ジェイドはじっとイオリの顔を見ると、何とはなしにずっと持っていた新聞をイオリの頭にぽんと乗せた。

「?」

「やる」

「へ……」

「読めるようになれよ」

 新聞を手にして、イオリはしっかりと頷いた。

「がんばります!」

 彼女の返事を聞くと、ジェイドはふっと笑い、右手でイオリの頭をぽんとなでた。

「じゃあな」



 イオリは、ジェイドが見えなくなっても、しばらくその場から動けず、彼が出て行った扉をじっと見つめていた。

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