第14話 危機

「な……なんで……」

 かろうじて出た言葉。イオリの様子が一変した事に気付いたミソールが前に出る。

「イオリちゃん、あいつ誰?」

「あっ……、い……」

 答えたいのに声が出ない。恐怖で喉が引きつってしまい、うまく話せないのだ。


 ミソールには、それで十分だった。


「お前か」


(大隊長の言ってた通り!)

 ジェイドはイオリを襲った者が、再び彼女の前に姿を現すかもしれないと全員に注意喚起していたのだ。


 ミソールが素早く胸ポケットから笛を取り出そうと動く。笛は異常事態が起きたと周りに知らせるのに、一番手っ取り早く、効果がある。

「邪魔だ」

 襲撃者は、タン、と甲板を蹴ると、次の瞬間にはミソールの目の前にいた。手に持っていた金属バットを振り上げている。

「!」

(早い!!)

 即座に横へ飛び、一撃を回避する。襲撃者が振り下ろしたバットは甲板にめり込み、バキィッ! と、大きな音を立ててミソールがいた場所に大穴が開いた。避けるのが遅ければ、自分の体に大穴が空いていたかもしれないと思うとゾッとする。

 日頃の訓練の賜物たまものかと、ミソールは厳しい上司に感謝した。カワイイ顔をしていても、やはり彼女も軍人だった。



「何だ、今の音は!」

「中央の辺りか」

「急げ!」

 破壊音を聞いた兵達がバタバタと騒ぎ出す。



「ミソールさんっ!」

 イオリがミソールの元へと走り出す。恐怖で体が動かなくなると思ったが、逃げなくてはという意識が足を動かした。

 が。

「! わっ!!」

 イオリは背中の服を掴まれ、ぐんと後ろに引っ張られた。その勢いのままに仰向けに倒れてしまう。背中と頭を打った。それでも逃げようと体をひねり、回転させる。

「おいおい、逃げんじゃねぇよ」

 イオリの動きを無理やり止め、馬乗りになる。襲撃者の顔が、影で暗いながらも見えた。イオリと同じくらいの若い男性。吊り上がった目、荒れた言葉遣い、そして首にチョーカーのような黒い輪っかが見えた。イオリの事を人として見ていないような、冷たい視線だ。彼の左手は、イオリの首を掴んでいる。

「イオリから離れろ!!」

 ミソールからは、イオリの右側、襲撃者の左側が見えていた。持っていたライフルで襲撃者の左腕を撃つ。見事命中し、当たった反動で腕が上に跳ねたが、イオリの首から手を全く離さない。イオリの頭も一緒に上がり、再び頭を甲板に打ち付けてしまう。

「いっ!」

「しま―――」

 ミソールはまずいと銃口を逸らし、襲撃者を見た。


 目が合った。

 冷たい視線がミソールを射貫く。


 そして、バットを向けられていた。


「邪魔だって言ってんだろ」

「!?」

 がきんっ!

 突然、バットが伸びて来た。先端は針のようにとがり、真っ直ぐミソールめがけて伸びたのだ。間一髪の所で、ライフルを盾にしたミソール。銃口の筒の部分に当たり、体に穴が空く事は免れたが、力が強く、勢いのままに体がひっくり返されてしまった。

「っく……」

「ミソー――!」

「イオリちゃんっ!!」

 使い物にならなくなったライフルを手放し、腰に下げていた剣を抜く。ミソールはまだあきらめてはいなかった。手を伸ばすイオリだったが、襲撃者が彼女の首をぐっと絞めたので、苦しくて視界がかすんだ。

「っあ゛……」


「てめぇらは俺の影で遊んでろ」

 襲撃者の足元の影がゆらりと動くと、彼と同じ姿の真っ黒な影が立ち上がる。それも何体も。駆けつけた兵士達の分だ。影が一斉に彼らに向かっていく。

「何だこいつ……。影!?」

「敵襲、敵襲ー!!」

 甲板は騒然となった。

「イオリちゃ……」

 ミソールも影の相手に精一杯になり、イオリの所へ辿り着けない。敵の攻撃を剣で受け流す事しか出来なかった。影のくせに強いのだ。


「ぐ……」

 イオリが自分の首を絞める左腕を握り、放そうともがいた。しかし、びくともしない。怖い。殺されると思うと焦りが出る。早く何とか逃げなければと足をじたばたさせるが、男の力にかなうはずがなく。無情にも空を蹴るだけだ。

「一緒に来てもらう所がある。生きたままが良いか?」

「い……行かない……」

 かろうじて声が出た。こんな男に着いて行っても、ろくなことがない事は明らかだ。男はにやりと笑った。

「そう言うと思った。お前の生死は問わねぇ。なら、死んで行け」

 男は、一切の情けもなく、バットを振り上げた。太陽の光を受け、バットがキラリと光る。キレイだなどと思う余裕はない。むしろ、命の危機にそれはとても恐ろしい輝きだった。


 イオリはそのバットを見つめていた。怖くて目を閉じたいと思っているのに、体が言う事を聞かないのだ。


 鮮明によみがえる。


 家と部屋を破壊する音。

 家族の怯える表情。

 そして、悲鳴。


(嫌だ、怖い、悔しい! 家族の事も聞けてない。私は何もできない……。こんな所で――)



 視界がにじんだ。

「ジェ……」


(ジェイドさん!!)


 振り下ろされるバットを見つめながら、イオリは心の中でジェイドを呼んだ。



 ドンッ!



「!?」

 バットはイオリに当たる事なく、離れた場所へ落ちた。ガツンと大きな音を立てて。イオリは何が起きたのか、しっかりと見ていた。


 突然、男の右腕が吹き飛んだのだ。バットを持っていた右腕は、二の腕あたりから弾け飛び、バットと一緒に落ちた。

 あまりの出来事にイオリは悲鳴も上げる暇もなく、その様子を凝視する事しか出来ない。衝撃的すぎて、思考が停止してしまった。


「ちっ」

 男は舌打ちをして後ろを睨む。腕が吹き飛んだのに、全く痛がる気配がない。


 イオリもなんとか頭をもたげ、男の奥を見て、ホッとした。



「おい、何うちの客人を襲ってんだ」



 拳銃の銃口を男に向けたまま、うなるようにジェイドが言った。

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