人生近道クーポン券

藤泉都理

人生近道クーポン券




 んふふふふふ。

 竜の血が入り混じる少女は仰向けになって笑っていた。

 魔女からもらった人生近道クーポン券を見ながら。


 竜の姿の時は身体が小さい少女は、いつか偉大な竜である父を背に乗せて空を飛ぶことを夢見ていた。


 いつか大きくなる。

 父の言葉を信じて。

 いっぱい遊んでいるのに。

 いっぱい食べているのに。

 いっぱい寝ているのに。

 身体が大きくなることはなかった。

 兄姉たちはすくすく育つのに。

 少女は小さいまま。


 もしかして、大きくなるまでにまだまだ時間がかかるのかな。

 竜の寿命は千年って言うし。

 もしかして、千年待たないと大きくならないのかな。


 思い悩んだ少女が同じ森に住む魔女に相談すると、この人生近道クーポン券をくれたのだ。

 何でも魔女の集会時で行われたビンゴゲームの景品としてもらったらしい。


『これを使えば一日だけ。人生を近道できる。一気に年を重ねてあんたの望む姿になれるさ。あ、ちなみに期間限定だけじゃなく使用期限もあるから。使えるのは今日までだからね。今日を過ぎると消滅するから気をつけるんだよ』


 んふふふふふ。

 仰向けになっていた少女は立ち上がると竜に変化し、人生近道クーポン券を使用しますと大声で言おうとした瞬間。突風が巻き起こって、人生近道クーポン券が空の彼方へと飛び去ってしまった。


「待って!」


 人生近道クーポン券を一生懸命追いかけたが、身体が小さいだけでなく飛翔もまだ上手ではない少女は結局、見つけ出すことができず、わんわん泣きながら家へと戻った。






「まったく。あれほど魔女には気をつけなさいと言ったのに」


 その日の夜。

 わんわん泣きながら兄姉たちと遊び、わんわん泣きながらご飯を食べ、わんわん泣きながらお風呂に入り、わんわん泣きながら歯磨きをして、わんわん泣きながら眠りに就いた少女の部屋にこっそり入った少女の父は、手に持っていた人生近道クーポン券を炎で消滅させた。


「まだまだ小さいままでいいんだよ」


 一日限定だろうが、こんなに早く大きくなった姿を見たら涙が止まらないんだから。

 想像しただけでもう涙目になってしまった少女の父は優しく少女の頭を撫でて、少女の部屋を後にした。











 翌日。

 少女が人生近道クーポン券を失くしたことを魔女に謝りに行くと、予期せぬ言葉を贈られた。


「え?失くした。しょうがないねえ。じゃあこれ。今日まで使える人生近道クーポン券だよ。一か月分あるからね。また失くしたらおいでなさいな」

「ありがとう!」


 嬉々として家から出て行った少女を見送った魔女はにんまりと笑った。




「もう!魔女のおばか!」


 一か月間、少女の父は突風を出し続けたとか続けていないとか。











(2023.7.10)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人生近道クーポン券 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ