03.Battle of final exam


 期末試験は六月の最終週に始まる。

 僕にとっての山場は、現代文のある木曜日だった。

 梨香さんの解説があったとはいえ苦手科目だし、むしろ成果を出したいというプレッシャーでよけいに緊張していた。

 だが、準備は万全のはずだ。あとは祈るしかないだろう。

 試験が始まり、順調に解いていくものの、終盤の問題で詰まってしまう。


 問三十『三月記の月はなにを表しているか答えよ』


 そんなもんわかるか。だいたい本文に書かれてないぞ。

 僕は比喩とか暗示という文章表現がとくに苦手だった。回りくどいことをせずにストレートに表現してくれればいいのに。


 危うく空欄にしかけたものの、諦めずに考えつづけた。

 梨香さんの言うとおり、アニメや漫画の逆転シーンを思い浮かべると不思議と闘志が湧いてくる。BGMや声優さんの台詞まで聞こえて思考が反れそうになったけど。


 いったん脳内再生を中断して、深呼吸する。

 ここは梨香さんの解説を思い出してみよう。


『遥希くんはどんな浴衣が好き?』


 いかん。

 思い出すのは短冊を書いていたときじゃない。もっと時間を巻き戻さなくちゃ。


『どう? 眼鏡があるといつもよりも賢く見えるでしょ?』


 違う。

 必要なのはカフェじゃなくて、二人で学習席にいたときの記憶だ。李徴さんの素性や性格、最後に月に吠えた理由を教えてくれたじゃないか。


 ……それにしても、眼鏡の梨香さんも綺麗だったな。

 とても様になっていたし、あの時は女医って思ったけど、女教師って雰囲気もあったよな。

 女教師。

 梨香さんが、女教師。

 ヒールとかスーツを着て、眼鏡をくいってしながら『あら、こんな問題も解けないの?』と、いつもよりも強い口調で隣に座るのだろうか?

 おい。落ち着け僕。

 今は試験中だぞ。妄想してニヤけている場合か。


 まずい。

 このままじゃ脳内が梨香さんで占領されてバグってしまう。ここは彼女の解説を忘れて自力で解いたほうがいい。

 考えろ。

 三月記の『月』はなにを表している?

 月といえば、夜空に浮かんでいて、やがて光を失って消えるもの。

 例えばそう、花火みたいに。

 花火といえば――




 浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣女教師浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣スーツ浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣浴衣……。



 僕は頭をかきむしった。

 もっと冷静になれ。妄想ごときで試験を投げ出していたら失望されるぞ。

 だけど時間がない。もうチャイムが鳴ってしまったのだ。


「試験終了~~。回収するまで席を立たないように」


 くそ。

 この問題以外は解けたが、空欄を作ると無性に損した気分になってしまう。それなら当てずっぽうでも書くべきだが、なにを書けばいいのか。


 先生が解答用紙を回収していく。

 僕の席は教室の中央なのでまだ時間はあるが、もう打つ手はない。

 こういうとき、バトル漫画なら新しい力が覚醒したり、推理ものなら『ピキーン!』って閃きが起こるんだろうけど、今更逆転シーンを心に思い浮かべても無理だった。


「ん? 心?」


 はっと、僕はある言葉を思い出し、答案用紙が回収される寸前に『心』と書き殴った。

 そうだ。消えゆく月は、李徴さんが失いかけた人の心を表現したのだと、ノートに記録していたじゃないか。

 よかった。

 不正解かもしれないけど、空白よりもマシだろう。

 僕は安堵の息を吐き、汗にまみれた手で先生に用紙を提出した。


 ふぅ。他の科目よりもどっと疲れた。

 激戦を終えた僕は机に突っ伏して休んだ。

 まだ他の試験が残っているけど、現代文よりは楽だろう。


「おいネギ、試験中に変なパントマイムするなよ?」


 友だちの佐野が声をかけてきた。

 脳内会議の影響で挙動不審になっていたようだ。一人妄想時のあるあるだな。


「まさかお前、不正行為をしていたのか? 今流行りの電子カンニングか?」

「違うよ。梨香さんに教えてもらった心理作戦を試していたんだ」

「ということは、生徒会長さんも試験中にニヤニヤしたり、頭をかいたり、首を振ったりしているのか?」

「それはないと思うけど……」


 カルルピの映画を見に行ったときや、部屋での鑑賞時にもそんなことはなかったが。


「それにしてもやりきった顔だな。まだラスボスがいるのに」


 佐野の言うとおり、金曜の午前中に二科目残っていた。

 これを期末試験最後ということでラスボスと例えているらしい。


「僕にとっては現代文が最難関だよ。これさえ終われば後はなんとかなる気がする」

「たしかにゲームでも序中盤のボスが強く感じることはある。『忌み鬼』さんとか……」


 佐野が眼鏡を光らせて解説する。『岩タイプのジムリーダー』に『獣狩りの神父』、『砂漠の殺し屋』と評されるサソリと、ラスボスよりも苦戦を強いられるボスは多い。僕にとっては現代文がまさにそれだった。

 木曜の試験が終わり、ラスボスたちも無事に倒せた。


 期末試験は終了となり、金曜日は午後から通常授業となる。

 昼休みの校内には解放感と疲労感の混じった不思議な空気が満ちていた。

 

 僕は生徒会室に向かった。

 七月にひかえたオープンキャンパスの打ち合わせがあったので、招集を受けていたからだった。




※※※※




ご愛読ありがとうございます。

申し訳ありませんが、ここから更新が不定期になりますm(_ _)m 急いで製作しますので、よろしくお願いします💦



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