間章.トラウマ


『遥輝、何度言ったらわかるの! いいかげんに覚えなさい!』


 ひゅん、という音とともに背中に激しい痛みが走った。


『どうして正しいことに使えないの! 私はこんな下らないものを買わせる為に‘誕生日プレゼント’をあげたわけじゃないのよ!』


 違う、下らなくなんてない!

 これは実母さんへのプレゼントで、きっと仕事先でも役立つものなんだ!

 ほら見て、綺麗な万年筆だし、実母さんの名前だって入っているよ……!


 実母さんは聞く耳を持つことなく、さんざん布団たたきで僕を殴った後、僕が母の日用に買った万年筆を拾い、レシートはあるのか、さっさと返品に行くぞと、耳元で怒鳴った。

 そこにお父さん駆けつけて二人は言い争いになり、僕が見ていることも忘れて汚い言葉で罵り合う。そんな光景が恐くて僕は実母の前に割り込んだ。


 ごめんなさい、僕が悪かったんです!

 実母さんの言うことをなんでもききます!

 と、とにかく喧嘩を止めてほしい一心で叫んだんだ。


『そうよ、二度とこんな間違いを犯さないと誓いなさい!』


 はい、約束します!



 僕は実母さんの逆鱗に触れないようその約束を忠実に守っている。

 お小遣いは無駄なことに使わず、高価なものにも決して触れてはいけないと。

 実母さんが病死した今でも、この誓いを守っている。

 そうしないと、こうして殴れたときの記憶が痛みとともによみがえってしまうからだ。

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