09.『僕に任せて下さい』


 佐野と別れて生徒会室へ向かうと、梨香さんと立花姉妹がいた。

 副会長は私用で欠席するらしい。

 僕は軽音部に予算の伝達ができたことを報告した。


「金額については未確認だったようですが、月曜までが理事長への期限だと伝えたので、それまでには返事がくると思います」

「え、期限なんてあったかしら?」

「そういうことにしておけば無視されないでしょう? それに『できない』ではなく『難しくなる』と伝えただけですから嘘にもなりません」


 報告を終えると各々で今日の活動にとりかかった。

 立花姉妹は地元情報誌に掲載する紹介文の作成を始め、僕らは送付状とポスターを一緒に封入していく。宛先は地元の中学や図書館だ。

 作業に没頭していると、隣にいた梨香さんから視線を感じた。


「軽音部のことはありがとう。じつはあの人たちのこと、少し苦手なの。教室も近いから伝えられるチャンスは多いけど、泉さんってなんだか恐くて……」


 彼女にも苦手なものがあるとは意外だが、その証拠に今まで見たことがないほどの暗い表情をしている。

 たしかに泉には近寄りがたい雰囲気があった。

 それに加えてパパ活をしているという噂もあり、梨香さんはそれを信じているようだった。


「街で泉さんを見かけたことがあるんだけど、待ち合わせみたいに立ってて、私に気付いたらすぐにいなくなっちゃったの。まさか本当にパパ活していたのかな?」

「それはないと思います。そもそも住んでいる地域を避けるでしょうし」

「そうだよね。そんなわけないよね。私じゃあるまいし、裏アカで活動なんかしないよね」

「会長、裏アカを持ってるんですか?」

「ファンクラブ用のやつ。根岸くん以外には知られたくないから、秘密よ?」


 唇に指を当てると、梨香さんは桑原のことも苦手であることも告げた。


「彼がいつも泉さんの傍にいるから、よけいに近寄りにくくて」

「まさか、アイツになにかされたんですか?」


 乱暴を受けたのかと心配になったが、今まで衝突したことはないらしい。

 むしろ彼女は桑原を避けており、昨年の活動においても軽音部への対応だけはアリーシャ先輩を含む、先輩たちに頼っていたらしい。


「今は私が会長だからしっかりしないと。次になにかトラブルがあれば私が対応するわ」

「梨香さん、足がめちゃんこ震えていますけど……」

「こ、これは武者震いよ」


 胸をはる梨香さんだが虚勢だろう。僕も関わりたくはないし、先程も佐野たちがいなければ殴られていただろう。

 だけど、彼女が連中に近付いて危ない目にあうのはもっと嫌だった。


「軽音部のことは僕に任せて下さい」

「ダメよ。そんなんじゃ逃げ癖が治らないもん」

「誰だって苦手なことはありますから助け合えばいいんです。予算については僕が窓口になりますから会長は安心して下さい」

「……いいの?」

「もちろんです。チームプレーで乗り切りましょう」

「ありがとう。なんだか私、根岸くんに頼りっぱなしだね」



 梨香さんがうっすらと頬を染めたので、なんだか僕も気恥ずかしくなってしまう。

 だが、嬉しいことばかりじゃない。

 引き受けた以上は責任が伴う。

 泉たちが予算のことを意見しにくれば僕が対応しなければならないし、不手際があれば桑原から暴力を受けることだってあるのだから。


 覚悟を決めると、そこへ鈴音がタブレットを持ってやってきた。


「お二人とも、これを見て下さい!」


 見ると、生徒会役員のSNSアカウントに地元のラジオ局からDMが届いていた。


「地域行事を紹介する番組に出演してほしいみたいです! 収録は来週で、局の人が学校に来て録音しくれるみたいですよ!」

「面白そうだが上官の許可をとらねばなるまい。放送で変なことを喋れば軍法会議だぞ」


 美音の言う通り、ラジオへの出演となれば校長や理事長の許可が必要だろう。


「では私から伝えておきましょう。しっかりと説明すれば承諾してくれると思います」


 梨香さんの言葉に「ご一緒します!」と鈴音が挙手し、今日中に許可を取ろうと鼻息を荒くする。

 できるだけ早く返事を送りたいらしい。たしかに金曜(きょう)を逃すと返事は週明けになってしまう。今から進めたほうが打ち合わせもスムーズになるだろう。


「やる気になるのはけっこうだが、セクハラ理事長に喋れるのか?」

「う、うるさいわね! それぐらいできるわよ! 会長もいるんだし!」


 鈴音はイーッと歯を出し、梨香さんの腕に抱きついた。

 二人が生徒会室を出て行くと、美音が大きなため息を吐いた。


「鈴音に伝令兵は無理だろうと思ってな。砲撃を避けつつ塹壕を駆ける激務だというに」

「会長と一緒ですからきっと大丈夫ですよ」


 美音を安心させようと口にしてしまったが、そもそも梨香さんも理事長のことが苦手なはずだった。説明の途中でセクハラを受けるのではないかと僕も心配になってきた。


「あの、大将。僕も二人の援護に行ってきてもよろしいでしょうか?」

「志願するとは立派だぞ曹長。後の作業は私がやっておくから同行を許可する」

「ありがとうございます。では、自分はこれより会長と大将のお姉様の支援に向かいます」

「む? なにを言っている? 姉が私で、妹が鈴音だぞ?」

「え! てっきり逆なのかと思ってました、台詞も鈴音のほうが先にきていたし……」

「なにを意味不明なことを……。そんなことはいいから行け。成功すれば少尉にしてやる」

「はっ、根岸曹長、出撃します!」


 僕は二人を追って廊下を駆け出した。

 ちょうど梨香さんが理事長室のドアをノックしていた。


「あれ、根岸先輩も来たんですか?」

「応援にきました。肉壁役です」

「え、どういう意味ですか?」


 失礼しますと声をかけて、僕らは入室した。

 部屋には黒い絨毯が敷かれ、革張りのソファーや熊の彫物が飾られ硬派な雰囲気が漂っているが、その主である理事長は好みの女子生徒に熱い視線を送る、恥知らずな中年なのだった。

 梨香さんからラジオ局から連絡があったことを伝えると、理事長は机に肘をついたまま大きく頷いてる。なんだかこの姿勢と仕草、どこぞのロボットアニメの司令官に似ているな。眼鏡はかけてはいないけど。


「ちなみに、番組で話す内容はこれから決めるのですか?」

「はい。ラジオ局が事前に取材内容を報せてくれるので、それに合わせて原稿を作ります」


 碇司令……、じゃなくて理事長の質問に鈴音が答えた。


「では完成したら見せにくるように。二人で、じっくりと打ち合わせしましょう」

「え、二人きりですか?」


 びくっと、肩を強張らせる鈴音。理事長は彼女を見据えて舌なめずりをすると、餌を前にした狼のように息を荒くしていた。


「理事長、打ち合わせまでは必要がないかと。原稿の添削さえいただければ――」

「――会長でもかまいませんが?」


 理事長の眼差しが、触手のように二人にからみつく。梨香さんの胸と、ニーソックスから剥き出る鈴音の太股を交互に見ているようで視線が上下していた。


「では、立花に原稿を作らせますので完成したら僕が持ってきます」


 僕はすかさず立ちはだかった。


「おそらく月曜にはできると思いますが、理事長の都合のいい時間はありますか?」

「ふっ。それなら教頭にでも添削してもらえ」

「よろしいのですか?」

「私は忙しいんだ」


 理事長の口調が百八十度変わる。僕と女子生徒じゃ態度が雲泥の差だった。


「ところで九条会長、予算はどうでしたか? 各部からの同意は得られましたか?」


 僕を避けて梨香さんに視線を向けようとするがそうはさせない。概ね同意は得られ、軽音部からも返事がある見込みだと報告すると「そうか」とそっけなく返事をされた。


「他に確認事項はありますか?」

「もうけっこう」と、蠅を追い払うように手を振られ、僕はしてやった気分になる。

 権威を後ろ盾に女子生徒に肉薄するなんて横暴は許されないだろう。ちょっと羨ましいけど……。


 そもそも生徒会役員とはいえ、一生徒が理事長に報告や予算交渉なんてしないはずだ。

 これは本校のモットーである『自立』できる力、生徒一人一人が自分で物事を決定し、ときには選択肢を勝ち取る交渉力を養う為の取組みであるらしい。

 それで生徒会役員(ぼくら)は理事長と直接話す機会が多いのだ。


 退室して色欲中年の魔の手から逃れた途端、鈴音が僕らに抱きついてきた。


「お二人ともありがとうございます、こんなにネチネチ見られるなんて想像以上でしたぁ!」

「私はなにもしてないわ。盾になってくれた根岸くんに感謝しなくちゃ?」

「いえいえ。それにしても、いつも一人で会っていたなんて、会長も大変ですね」

「うん。正直、まだ慣れないわ。今度から根岸くんに同行をお願いしようかな」

「私も理事長に会うときは根岸先輩と一緒がいいです! 魔除けになりますから!」


 僕らは生徒会室に戻ってからラジオ局に返信し、原稿について意見を出し合った。

 今日は凛の迎えがあるので早めに下校したが、その時点で大まかな内容は決められたし、後の作業は鈴音に一任できそうだ。彼女も週末中に完成させると意気込んでもいる。

 一足先に退室したとき、梨香さんが僕を追って昇降口までやって来た。


「今日もいろいろと助けてくれてありがとう。明日は、私がお礼をするからね?」


 と、別れ際に囁かれ、校門に出ても手を振って見送る姿に、僕は赤面していたのだった。

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