うちの生徒会長が女児アニメのショーに来ている件について。『土下座されたってこの限定グッズはあげませんからね!』

りす吉

第一部 建学祭編

00.プロローグ & 出会いは突然に


 屋上のフェンスから差しこんだ夕日が僕らをオレンジ色に染めていた。

 棒立ちになる僕と、その前で土下座する生徒会長こと九条梨香さんの姿を……。


「お願い根岸くん! クイズ大会の景品を譲ってよ、なんでもするからぁ!」

「そんなことされても困ります! っていうか、そもそもあの景品は僕のじゃないんですよ!」


 放課後の屋上で女子と二人きりなんて告白を連想させる夢のようなシーンだろう。しかし、長い黒髪を振り乱してしがみつかれては、そんなきらびやかな妄想は無理だった。


「逃げないで、最後まで私の話をきいて!」

「逃げてません、全力ではなれているだけです!」

「それを逃げるって言うのよ!」


 獣のように跳ね起きて突進する姿に僕は悲鳴を上げる。『皆さんごきげんよう』と、日頃の見目麗しきお姿はどこへやら。アニメの作画崩壊を現実でやるとこんな感じなんだろうか。

 九条梨香さんは私立旭丘高校の二年。クラスは違うが同学年だ。

 品性方正、才色兼備と、学校社会において最上位をあらわす四文字熟語をかっさらう人気者で、学校紹介としてオープンキャンパスの会場で挨拶をさせたら入学希望者が増えたという伝説があるくらいだ。

 そんな彼女に、まさかこんな秘密があるなんて……。


 逃げ場を失った僕に、彼女が壁ドンしてきた。人生初の壁ドンがこんなだとは誰が想像できただろう。おまけに掌打が強すぎて背後のフェンスがびっくりするぐらい軋んでいる。


「ちょ、ちょっと待って! 落ちちゃいますよ、異世界転生させる気ですか!」

「そんなことしないわ、話を聞いてほしいだけなの!」

「聞きます聞きます、聞きますから、お手柔らかにお願いします!」

「あの景品は私にだって受け取る権利があるはずよ! 出題の仕方に問題があったんだからやり直しをすべきよ! 根岸くんだってそう思うでしょ?」


 会長の言い分にも利はあるけれど、それを認めれば妹の為に入手した景品を差し出さなくていけなくなる。だが、ここで機嫌損ねれば僕は校庭にダイブしてしまうかもしれない。

 返答一つで運命が左右されるなんて、まさにデッドorダイだ。

 あれ、いけない。これだとどっちにころんでも死んじゃうじゃないか。


 生存ルートを模索している間に夕日が沈み、辺りが薄闇につつまれる。そんななかで九条さんの眼差しだけが鬼火のような輝きを放っていた。 

 学校でこんなホラー映画みたいな展開がおこるなんて、誰が想像できただろう?

 話はそう。

 すべてあの日から始まったんだ。



 □■□■□




 清々しい陽気につつまれた日曜のお昼。僕たちはとあるショッピングモールの屋上にいた。


「遥兄ぃ、急いで! はやくしないと座れなくなっちゃうよ!」

「大丈夫だよ凛、そんなに慌てると転んじゃうぞ!」


 妹の凛が、僕の腕を引きずって特設ステージの客席めがけて走る。

 焦るのも無理はない。今日はここで待ちに待ったショーが開催されるのだから。


「遥兄ぃ、もうすぐカルルピたちに会えるんだよね?」

「そうだぞ。凛が頑張ったご褒美に来てくれたんだぞ」

「えへへ、カルルピに会う為なら、凛はどんなことだってできるもん!」


 えっへんと、僕の隣で凛が胸を張る。たしかに朝は自分で起きるようになったし、ご飯の好き嫌いもしなくなった。このイベントに来る為に言い聞かせていたとはいえ立派だろう。偉いぞと、僕は姫カットの頭を撫でる。我儘盛りの幼児が自ら生活をあらためるなんて、カルルピの効果はすごい。


 カルルピとは日曜の朝に放送されているアニメの略称で、正式なタイトルは『カルテットルピルス』だ。選ばれし女子中学生たちが変身して悪と戦うという内容で、女児たちに絶大な人気がある。凛も毎週見ているし、清く正しいヒロインたちに憧れて、保育園では弱い者いじめをする男児を叱るようこともあった。ときにはしばきすぎて泣かしてしまい、僕らが園に呼び出されることもあるんだが……。


 この会場に来て改めてその人気を思い知った。

 開演まで一時間もあるというに客席は満席だ。

 ほとんどが親子連れで、皆が待ち望んでいる様子だった。


 ところが、どこからか言い争う声が聞こえ穏やかな空気に亀裂が走った。

 振り向くと座っている男性が一人の女性を怒鳴りつけている。どうやら座席をめぐって口論している様子だった。


「あの、ですので私、荷物を置いてこの席をとっておいたんですけど……」

「気付かなかったんだから仕方ないだろう、そもそも離れるほうが悪いんだろうが!」

「で、ですが……」

「そもそもアンタは一人だろう? いわゆる『大きなお友だち』ってやつか? こっちにはガキもいるんだから、そっちが後ろで見るべきだろう!」

「す、すみません、失礼しました……!」


 女性は遙か後ろにある立ち見スペースへ歩いていった。


「ねぇ、遥兄ぃ、あの人可哀想だよ?」


 凛の悲しげな声に僕も頷いてしまう。

 たしかに子連れのお客さんを優先すべきだが、あんな乱暴な言い方は間違っている。それに肩を落として足を引きずる彼女が気の毒で、僕は席を立ち上がっていた。


「凛、ちょっと暑いけど、僕の膝の上で見ることになってもいいか?」

「あのお姉ちゃんを座らせてあげるの? いいよ、一緒に呼んでこよう!」


 ぴょいっと、凛が椅子を飛び下りた。


「ねぇ、そこのお姉さん!」と、声をかける凛に女性が振り返った。


 僕も事情を説明しようと近づくも、彼女の姿を目の当たりにして声を失った。

 先程まで背を向けていたのでわからなかったが、コート姿の彼女はマスクにサングラス、そして帽子まで着用という、いかにも怪しげな服装だった。

 いや、でも外見だけで人を判断しちゃダメだ。

 きっと一人で来たのが恥ずかしくて変装しているんだろう。大きくなっても女児アニメに興味をもつ人がいるのは僕も知っている。



「あの、よかったら僕らと一緒に座りませんか? 僕が妹の座椅子になれば席が空きますので」

「え、本当ですか! っていうか座椅子って、そんなことしてよろしいんですか?」


 戸惑いながらも彼女は喜んでくれた。マスク越しに笑顔が見えたような気がして、思わず僕も微笑んでしまう。それはそうと、話してみるとこの人の声はそうとう若い。背丈も僕より低いし、ひょっとしたら同年代かもしれない。


「はい。妹も貴女と一緒がいいみたいですし」

「あ、ありがとうございます――」と、お礼を言いかけたところで彼女の様子が一変した。


「あれ、あなた、根ぎ――?」

「え? どうかしました?」

「いえっ、やっぱりけっこうです。私、後ろで見ますから」

「いいんですか、僕らは平気ですよ?」

「はい、お気遣いありがとうございます……」


 彼女は逃げるように立ち見スペースへ走り出した。

 あんなに喜んでくれていたのに、なぜ急変したのだろう?

 僕らはしばらく呆然とするも、仕方なく座席へ戻った。


「あのお姉ちゃん、座らなくてよかったのかな?」

「さぁ。遠慮されたのかもしれないな」


 そうこうしている間にショーが始まった。

 特設ステージに司会者のお姉さんが立つと、テーマ曲とともに舞台袖から三人の乙女が飛び出した。レースやリボンで装飾されたドレスに、イヤリングやカチューシャを身につけた彼女たちこそが平和を守る戦士、カルテットルピルスである。


『情熱にこの身を焦がして――炎の輝き、ルビー!』

『すべてをつつむ癒しの光――新緑の輝き、エメラル!』

『変わらぬ想いを胸にこめて――、永遠の輝き、パール!』


 一人が名乗る度に歓声が上がり、全員で決めポーズをとると会場の興奮は極限に達した。


『『『カルテットルピルス、只今献上!!!』』』

『献上じゃなくて、参上だワン!』


 と、舞台の隅で突っ込みをいれるのは妖精のバロン。子犬の姿をしたぬいぐるみのようなキャラクターで、彼女たちに変身する力を与えたのも彼なのであった。


 三人のダンスや、ステージに乱入した敵とのバトルを終えると、ショーはクイズ大会へと移行し司会者によってルールが説明された。


『正解したお友だちは、会場限定の景品が用意されているので頑張って下さいね~~!』


 景品という言葉に会場が熱を帯び、凛も張り切っていた。


「凛に正解できるかな?」

「うん、カルルピのことならなんでも知ってるもん!」


 ステージには回答席が六つ用意され、カルルピ三人が等間隔に並んでいる。必死に手を伸ばす子どもたちだが、指名されても正解できなければ景品は当たらない。しかも、出題されるクイズは司会者のヒントが前提になっているのか、難しいものばかりだった。


「なんだが、想像以上の難易度だな……」

「ふっふっふ。遙兄ぃもまだまだだな。凛には全部わかるのに」

「本当か? すごいな凛!」


 でも答えられなくちゃ無意味だった。

 やがて最後のクイズになるも、僕らは指名されずに終了したのだった。


「残念だったな?」

「あ~~あ、ちゃんといい子にしてたのにぃ!」

「こら、やめなさい! 悔しいのはわかるけど股間に脛蹴りはやめろ!」


 凶暴化する凛に局部を蹂躙されるも、司会者の声が僕を救ってくれた。


『え~~、本日はこれで終了の予定でしたが、特別にもう一問追加したいと思います! まだ参加できていないお友だちだけ手を上げてね?』


「えっ、本当に? やりたいやりた~~い!」

「よかったな! ほら、元気よく手を上げろ! 僕を足蹴にしている時間はないぞ? 痛っ!」

「はい、はぁぁぁい! 凛ならわかりま~~す!」


 凛が僕の膝で跳びながら手を上げると、ついにその願いが通じたのだった。


『それでは、そこにいるピンクのスカートの元気な女の子、ステージまでどうぞ!』


「やった、やったよお兄ぃ! ほら、早く行こう!」

「ちょっと待ちなさい、こら、引っぱるな!」


 キャリーバックのように引きずられる僕の姿に、司会のお姉さんや他の親御さんが笑いを押し殺している。なんだい。僕は人間だぞ。


「やった、パールのお隣だ!」


 回答席の真ん中にはパールがおり、凛の頭を撫でてくれている。他の子どもたちも好きなヒロインの隣に立てた様子だった。


『席はあと一つですよ! 皆さん、元気に手を上げて下さいね!』


 残るは僕らの対面、パールの右隣だけだ。いったいどんな親子が来るのだろう?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る