6話 紫は悩みの色、不安の色

 色部先輩に家まで送ってもらった翌日、朝美術室に入ると一番に青山部長が駆け寄り、昨日私がどこに行っていたのか聞いてきた。


「白居さん昨日どこに行ってたの。手塚先生がどこにも白居さんがいないって騒いでて。美術準備室にポスターだけあったからそれで先生は引き下がってくれたけど」

「すみません。ちょっと、虫が出てびっくりしてトイレに隠れてました」

「虫?」

「その……Gがつく」

「あ、ああ。それは災難だったわね。あとで殺虫剤まいておくわ」


 昨日のことをそのまま伝えても信じてくれないと思い、半分うそをまじえた。でもGに似た虫が出て驚いたのは事実なんだけど。


「もうそのことを聞いただけでやっと安心できたわ。常盤虹が美術室にかかったおかげで人が集まって白居さんを探せなくて、心配で。おまけに今朝は色部くんが何も理由を言わずに辞めちゃったしで」

「先輩入らなかったんですか」

「うん。少し目を離した急にいなくなったと思ったら、今朝一番に私に会って。「途中で帰ってしまったから自分には資格がない」って。私は怒ってないのにと言ったけど、答えは変わらずで。有望な人材取り逃しちゃった」


 私にかかわらないようにってこういうことか。本当に色部先輩一人であの色虫を退治するのかな。でも話からして色覚異常のままでも退治してきたはずだし。


「部長は落ち込んだらしないんですか。せっかく入ってくれそうな人に正面から断られて。色部先輩には部長期待していたのに」


 部長は少し目を閉じ、吐息がもれた。


「残念だと思う。でもその時の縁がなかっただけ。どんなにお願いや希望を伝えても、必ず受け入れてくれるわけじゃない。その子の事情や心情で急に気心が変わることだってあるわ。私の場合はちょっと急ぎすぎたのが悪かったのかも」

「急に心変わりするようなこと事情ってどんなことなんでしょうか」

「それはわからないわ。直接話をするか、人づてに聞くかでないと」


 どちらの手段も私にはできない。自分から話しかける勇気があったら今まで苦労しなかった。じゃあ他に事情を知れる手段はないの?


***


「このあたりはどうだろう」


 昼休み、色部先輩は校舎の中にある花壇で絵筆片手に地面の周りを振っては辺りをウロウロしている。たぶん色虫がどこにいるのか探しているんだ。


 昨日断られたばかりなのに、気になって先輩のあとを追いかけてしまった。


 だって、色部先輩今まで退治してきたと言っても、モノクロの世界しか見えないのに危ないもの。昨日のように取り逃して、先輩責任を感じるかも。だったら先輩の行動をみて何か私にもできることがあったらお手伝いできるかもしれない。だから校舎の影からこっそりと先輩の行動を眺めているのだけど、さっきから花壇のところをウロウロしては、花の裏をのぞくだけ。色虫はどこにいるんだろう、もうお昼休みも半分過ぎちゃってるよ。


 ……これ不審者に見えないよね。ううん。あやしくない。そう、これは間接的に先輩のお手伝いをしている。絵もまずは人の手本を見てからっていうし。


「何をしてる」

「ひゃっ!」


 少しよそ見をしていたすきに、色部先輩があきれた表情で私の前に立っていた。


「あ、あの。花壇に来たら先輩がいたので何をしていたのかなと」


 すみません不審者のようなことして先輩のじゃまをしてすみません。けど先輩は特に怒ったりすることはなく、優しい声をかけてくれた。


「昨日のことで思い悩まないでくれ。これはおれ自身の問題だ」

「でもその目だと色虫を見つけるには」

「それでも乗り越えなければいけない。いつかおれは家業を継ぐ。家を継いだら、建物の色を決めたり、虹の管理なんかの大きなことを任される。色虫退治は小学生のうちにできる仕事だ。他人の手を借りたら家業を継ぐにふさわしくないと言われかねない」


 じゃあ、私が手伝ったら色部先輩が家の人に認められなかったかも。自分ができるからって余計なことをしちゃってたんだ。でも、色虫を退治するには色覚異常のままだと苦戦してしまう。手伝うとダメ、手伝わないと苦戦する。どうすれば……

 色部先輩が花壇に目を配らせるとふぅとため息ひとつついた。


「はずれだな。花壇ならとあたりをつけてみたが。色虫のことはおれが必ず退治するから絵に集中してほしい」


 そう言い残すと先輩は花壇をあとにしてしまった。


 花壇? 春の季節に合わせて花壇には紫、黄色、赤紫のパンジーが咲きほこっている。そうか、たしか花がきれいなのは、派手な色で虫をおびき寄せて受粉しやすくするためって理科の授業で習った。色虫もパンジーの色に引き寄せると思って色部先輩が狙っていたのか。


「なるほど、派手な色があるところを好むか」

「どんなのが好みなの」

「うーんと、赤とかの単色もだけど。水色とかの混色も……茜ちゃん!?」


 またしても背後から茜ちゃんが私の背後に立ち、手をあごにあててニンマリとしていた。こんな立て続けにバレるものなの? それとも私ゆだんしすぎ?


「オレンジのネクタイ。五年生でしょ。隅に置けないなぁ」

「え? なんのこと」

「先輩のストーカーしているんじゃないの?」

「ち、ちがうよ。たまたま花壇を見に行ったら、体験入部に来ていた先輩がいただけで」

「ふーん。たまたま来たら部活の先輩が……まあそういうことにしておくよ」


 ああもうにやにやして。ぜったいに私の言うこと信じてない。


「それで茜ちゃんはどうしてここに?」

「報告。この度私島波茜は常盤虹マラソンに出場することを決定しました」

「え! 抽選通ったの!」

「すごいでしょ」


 クルクルとその場で一回転してよろこぶ茜ちゃんにつられるように、私も手を握ってクルクル。ううぅ、目が回った。


 常盤虹マラソンは、毎年この町で行われているマラソン大会で常盤虹に沿った街道を走るコースを通る。この町の名物である常盤虹に沿って走る物珍しさから、全国から参加者が集まり、レース参加の倍率が毎年すごく地元の人でも選ばれないことなんてしょっちゅう。だから大会に参加できるだけですごいことなの。

 そういえば毎年マラソンコースに沿って虹がかかっているのが不思議だったけど、あれは色部先輩のレインボー工房がコースに合わせるように描いていたのかな。昨日も色部先輩の絵筆で常盤虹を美術準備室にまで向けていたし。


「そうだよ。テレビ中継付き。本大会のフルマラソンは規定で出られないけど、小学生の部の二キロマラソンはばっちり映るって。私箱根駅伝より先に全国デビューだよ。顧問こもんの先生のパソコンを借りてエントリー開始時間まではりついて、クリックし続けたかいがあったもんだよ」

「すっごい執念しゅうねん

「当たり前じゃん。この大会絶対に出たかったんだよ。開始直後より一分遅れでエントリーした方がいいとか、スマホよりパソコンの方が早いとかSNSで情報集めて」


 茜ちゃんはまだ興奮が収まってなく、しばらくエントリーに苦労した話を続けていた。

 ただすごくうらやましいと思ってしまう。色部先輩や茜ちゃんは自分のために行動を起こして自分の色を出している。けど私は常に誰かの手助けできることしか色を出せずにいる。でも


「応援には来てくれるよね」

「うん。もちろん来るよ」

「オッケー。じゃあ関係者枠でみうを入れてもらうよう頼んでみるよ。ゴールの真横。いっちばんの特等席を用意してあげるから、一着のシーン見逃さないでね」


 まぶしい。本当に茜ちゃんは輝いている。名前と同じく茜色にあざやかに燃え盛って大会に挑む元気な女の子そのもので、そのまま白を消しさってしまうように。

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