エピローグ

エピローグ

 あれから一年の月日が流れた。


 高校三年生になった拓人は相変わらず小説を書いている。

 なかなか結果が出なかった新人賞も初めて一次選考を通過して、少しだけ前に進めたような気分だ。まぁ、漫画家として活躍し続けている雪三郎や、音楽の才能に溢れている深月と比べると自分はまだまだだと感じてしまうのだが。


 友達の深月はと言うと、今は音楽系YouTuberとして知名度を上げていた。

好きなアニメやゲームの曲を弾き語りしたり、オリジナル曲を披露したり。時にはピアノ初心者のためのレッスン動画も上げていたりして、アニメ好きを中心にチャンネル登録者数を増やしている。


 姉の結衣子はますますカメラに興味を持ったようだった。よく拓人や深月を巻き込んで小旅行に出かけている。昔は風景ばかり撮っていたが、今は人の表情だったり、出会った野良猫だったり、思い出を形に残すのが一番の目的になっていた。

 ちなみに、星良からは「結衣子ちゃんコスプレの才能があると思うから、今後もどう?」と何度も誘われている。当然のように断る結衣子の姿をいったい何回見たことだろう。でも、それだけ似合っていたと拓人も思っている。



 ――『星の妖精』のルミエールのコスプレが。



(ルミエール、か……)


 今日は八月十二日。ペルセウス座流星群が観測される日だ。

 調が生きていた頃の最後の思い出。それがペルセウス座流星群だった。病院の屋上庭園で調と一緒に見た煌めきは、まるで昨日のことかのように覚えている。


 どうか、調の願いが叶いますように。


 必死に祈ったあの時の願いが叶ったかどうかはわからない。

 だけど幽霊になった調の姿が見られるようになって、皆でかけがえのない日々を過ごして、思い出を形にして――。

 その事実だけは、しっかりと胸に刻まれていた。



 午後十時。

 拓人は両親と雨夜姉弟とともに近所の河川敷に来ていた。知る人ぞ知る流星群の穴場スポットで、一年前、両親もここで『家族皆が幸せでいられますように』と願ったのだという。


「もう一年も経つんだな」

「……あっという間よねぇ」


 満天の星々に、幻想的に流れる光に、夜空を見上げる両親の後ろ姿。右隣を見たら優しく微笑む結衣子の姿があって、左隣を見たら真剣な眼差しで流れ星を見つめる深月の姿がある。

 非日常的な空間の中に、心に灯りがともるような気持ちもあった。

 だけど少し、ほんの少しだけ、寂しい気持ちが込み上げてくる。


 無意識のうちに両手を握り締めると、すぐにふんわりとした温かさに包まれた。右手は幼馴染で、左手が友達。どちらも拓人にとって大切で、大好きな存在だ。


「大丈夫。あなたにとって大切な存在は、ちゃんとここにもいるから」


 言いながら、結衣子は片手で抱き締めたくまのぬいぐるみを見せつける。


「そんな顔したら調ちゃんが悲しむと思うぜ。なんとなく……今、調ちゃんと再会してる気がするんだよ。だからぜってー泣けねぇ。俺も前に進んでるんだって、調ちゃんに教えなきゃいけないからな」


 深月は気恥ずかしそうに笑い、「また格好付けちまった」と漏らした。

 どこまでも優しくて強い二人の言葉が、拓人の胸を打つ。

 そうだった。一年前の夏、拓人は調からたくさんの思い出と勇気をもらったのだ。今、もしも調と再会できているのだとしたら、しょぼくれた顔などしていられない。


「たっくん、ほら」

「うん、ありがとう結衣ちゃん」


 結衣子からくまのぬいぐるみを受け取り、迷いなく夜空に掲げる。

 調の宝物が詰まったくまのぬいぐるみ。あの夏の日々をもとに書いた小説『星の妖精』と、雪三郎と調が二人で描いたイラストと、深月の作った音楽と、『星の妖精』に出てくるルミエールのコスプレをした結衣子の写真。

 少しでも思い出を残そうと駆け抜けた、拓人達の結晶。


「ねぇ、皆。変なことを言っても良いかな」


 ふと、拓人はそんな言葉を零していた。

 両親が振り返ってこちらを見る。雨夜姉弟が躊躇いなく頷く。何でもないことのように、拓人も頷き返す。

 自分には、こんなにも信頼できる人達に囲まれている。


 だからこそ、



「僕、思うんだよね。本当に……僕達の近くにはルミエールみたいな存在がいたんじゃないかって」



 思わず笑ってしまうような夢みたいな話を、真面目な顔で言い切れてしまうのだと思った。


「結衣ちゃんと再会できたのも、深月くんと友達になれたのも、父さんと母さんと本当の意味で打ち解けられたのも、幽霊になった調と思い出が作れたのも……。全部、奇跡みたいなものだけど、奇跡の一言じゃ片付けちゃいけないような気がするんだよ」


 言って、拓人は瞬く星空を見つめる。

 馬鹿みたいなことを言っていることはわかっていた。だけど、胸の奥に溜まったもやもやを吐き出した途端に、心がスッと軽くなる。


 ずっと、何かが足りない気がしていた。

 拓人達が調を大切に想うように、調にも大切な存在がいたのではないか。そしてそれは、拓人達にとっても大きな存在だったのではないか、と。


 何故か、当たり前のことのように頭の中を駆け巡る。

 すると、


「何だ拓人、お前ようやく気付いたのか」


 雪三郎がからかうような笑みを零した。

 楽しそうに、嬉しそうに、星良と顔を見合わせてはケラケラと笑う。


「私達の間には、幽霊の調と過ごしたっていう奇跡があるのよ? だったら少しくらい妄想したって良いじゃない。調の残した似顔絵の女の子。あれはルミエールちゃんみたいな友達だったってこと。……それくらい信じたって、罰は当たらないわよね?」


 星良は得意げに微笑み、拓人をまっすぐ見つめる。

 その瞬間、拓人は気付いた。雪三郎は漫画家。星良はコスプレイヤー。自分が心から楽しいと思えることを追い求めてきた二人が、こんなにも楽しい夢みたいな現実を信じない訳がない。

 そういう意味では、自分はまだまだだなと思った。


「確かにそうだね」


 頷き、拓人は笑う。

 気付けば、結衣子と深月も笑いながら流れ星を見つめていた。その笑みには、決して「いったい何を言っているの?」という気持ちは込められていない。


 拓人達の妄想に、二人は心から寄り添ってくれている。

 気持ちは一つだった。

 拓人と、雪三郎と、星良と、結衣子と、深月と。その中に調の姿もあって、もう一人の誰かもいて。

 年に一度の流れ星が、特別なものへと変わっていく。


(久しぶりだね、二人とも)


 きっと。いや、絶対に。

 拓人達は毎年、流れ星を通して二人に会いに行くのだろう。

 だから拓人は星空に向かって語りかける。願いごとはもうたくさん叶えてもらった。だからただ、あいさつをするだけだ。それだけで胸がいっぱいになってしまうのが不思議で、同時に納得してしまう部分もある。


 それだけ自分は、自分達は、二人に感謝しているのだと気付いた。



 ――ありがとう、二人とも。



 ペルセウス座流星群。

 調との思い出が詰まっていて、たくさんの願いを叶えてもらって、そして……。



 今は、感謝を伝えるための流れ星だ。



                                     了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幻想のエトワール 傘木咲華 @kasakki_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ