第43話

 あっと言う間に子供が生まれ、孫が生まれ、ひ孫が生まれ、私たちはすっかりおじいちゃんとおばあちゃんになっていた。この歳になると年齢差の一つや二つ気にならなくなっていて、のんびりお茶をしながら砂糖菓子を妖精にあげたりする日々だ。楽隠居状態。場所は半年ごとに、旧男爵領と侯爵領を行き来している。代替わりも済んで、最初の頃は伯爵領から接触もあったけれど、王様に言い付けたら一部領地を没収されて爵位も落ちた。ざまあみろとは思っていない事もないけれど、それでも社交界から爪はじきにされてるのはちょっと胸がすく。


 今は、まだ若い孫の代だ。すっかりリョーリフ家とは縁が切れている。息子なんかはそんな諍いがあった事も覚えていないぐらいだ。その息子に日向ぼっこがてら編むのはマフラー。母さんのマフラーはいつも温かくて重宝している、とは、息子の言。嬉しいから妖精をふうっと多めに吹き込む。ちょっと運気を呼び込むものも入れて。

 孫もひ孫も私の編み物を付けている。夏はレースのショールが丁度良いらしい。遊びに来る時はいつも付けていてくれる。それが嬉しくて編み針も進む。勿論自分たちの物も作る。風邪一つひかない旦那様の為にもちょっと小さなブランケットを。日の当たる場所で居眠りするには丁度良いらしい。私は膝掛けを。やっぱり吹き込むのは火の妖精。温かくなあれ。でも出来れば、私の方が先に逝きたい。年寄りの我が侭だ。伴侶より先に死にたいだなんて。最後の希望、とはこの事だったのだろうか。いつかお爺様が言っていたのを思い出す。最後を看取ってやれる相手。置いて逝かない、相手。

 メイド達は増えて、ナターシャさんは新しいメイド長に家を託して去って行った。もう年だったからだろう。年金はたっぷり出しているので、たまにうちに遊びに来る。そのぐらいには仲良しだ。ナースチャさんやリリーさんは現役。でもちょっと節々が痛くなっているそうなので、やっぱり魔法のストールを送った。子世代孫世代にも妖精が見える子が何人かいるので、私も大盤振る舞いだ。今更の事になっている。私の編み物に魔法が掛かっている事なんて。


 でもみんなそれを気味悪がらないでくれるから、私もたまに地下の図書室から持って来た魔導書を読んではレパートリーを増やした。妖精たちにはお砂糖菓子を与えて、たまには町で買ったチョコレートなんかもあげる。子や孫たちもそうするので、こっちも仲良しだ。コスタス様は相変わらず見えないようだけれど、感じることも出来るみたいで、ストールやショール、マフラーや手袋、膝掛けなんかから妖精の気配を感じるらしい。出来損ないだな、なんて呟いているのを見ると、自分こそがそう言われて育った私は笑ってしまった。

 見えなくても感じていれば、そして好意を持っていれば、彼らは何でも助けてくれる。事実娘の一人が公爵家に嫁入り出来たのも、そのおかげだと思っている。さらにその子供は王家の末席と結婚した。とんとん拍子に爵位が上がったのも、私が何かしてしまった結果なのかもしれない。幸せになあれ。それはすべての編み物に共通して入れている魔法だ。


 そんな私たちは今日ものんびり日向ぼっこ。カウチに寝こけているコスタス様の隣に腰掛けて、ちょっと気分変えがてらにひ孫のスタイ作りだ。私の作るこれを掛けるとすぐに機嫌が直ってきゃっきゃとしだすらしいので、今でも需要はある。やっぱり妖精を含ませている所為だろう。小さい子ほど妖精は感じやすい。妖精の方も油断しているから、無理に身体を隠さないのだ。これほど良い子守りもいない、ふふっと笑って私は編み棒を滑らせる。

 編みダコも気にならない歳だ。手はしわくちゃで、髪も真っ白になった。水晶の髪飾りや金の櫛やアメジストの指輪は、素質のある子や孫にあげてある。私自身の魔力もすっかり少なくなって、聞こえる妖精の声もささやかなものになっていた。でもそうすると彼らは心の方に声を掛けてくれるので、寂しいとは思わない。こんなに家族に恵まれて、愛されて、寂しいだなんて贅沢が過ぎる。あの日から、あの結婚式から、否あの舞踏会から、私はずっと幸せなのだ。朝は相変わらず水を作って顔を洗うし、ドレスも自分のものが随分増えた。大奥様のお下がりは段々減って、今ではウェディングドレスを残すのみである。あればっかりは捨てることも出来ないし、若い頃の肖像画のモデルにもなっているから処分は心苦しい。


 勿論自分のドレスでも描いて貰ってそれは旧男爵宅の玄関ホールに飾ってある。号数も大分大きいから何か月も掛かって毎日ドレスとフルメイクをしているのは大変だったけれど、それも今は良い思い出だ。そんなメイクを頑張ってくれたリリーさんも孫が生まれたので、このスタイを作り終わったら彼女の孫の分も作ろう。ナースチャさんの孫はもうそんな歳じゃない。


 領地でたまに催されるバザーに手慰みで作った編み物を出すと、それは領民が買ってくれる。そして良い事報告を手紙にしたためてくれる人もいる。夜泣きが減った。好き嫌いが無くなった。勉強にちゃんと向き合うようになった。エトセトラ、エトセトラ。領民は私が魔女であることを知らないので、館にはきっと魔法使いが住んでいるんだ、とまことしやかな噂が流れているらしい。間違ってもいないので特に訂正はしない。いつか本当の事を話す日が来るかもしれないけれど、嫌われたりはしないだろうと思っている。

 楽観的になったものだなあと、スタイにリボンを縫い付ける。よし、完成。ふわ、と欠伸をすると、コスタス様もまだ起きそうになかった。私も一眠りしよう。最近眠る時間が多くなったのは疲れからだろうか。それとも歳からだろうか。どっちにしろぽかぽかと良い陽気だ。濃い色のドレスが日を含んで温かくなっている。


 すや、と私も目を閉じる。

 魔法の編み物は、もう少し増えて行くだろう。

 それを厭う人がいないところに嫁いでこられたのは、幸せだったと思う。

 お爺様。大旦那様。伯父様。アリサさん。

 ナターシャさん。ナースチャさん。リリーさん。

 執事さん。コックさん。

 もうこの世にいない人も多いけれど、私は幸せに包まれた半生を過ごせたと思う。

 さあひ孫たち、あなた達にも聞いてみよう。


 ――魔法の編み物は、お好きかしら?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法の編み物はお好きですか? ぜろ @illness24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ